神戸RANDOM句会

シニアの俳句仲間の吟行・句会、俳句紀行、句集などを記録する。

2013= 陽春の丹後半島ひとまわり  見水  

2013-05-17 | 俳句紀行

見水の俳句紀行
陽春の丹後半島ひとまわり




40年前の夏、丹後半島を時計まわりに旅した。

山陰線を豊岡で宮津線(現・北近畿タンゴ鉄道)に乗り換え、丹後木津で降りた。煙草畑をぬけ網野・浜詰の民宿に着いた。丹後縮緬の里で、終日ガシャガシャと機織の音がやまなかった。海水浴を終え、石鯛の活きづくりの夕食。夜は浜で花火をし、翌日もカヌーや磯遊びに興じた。

午後のバスで丹後半島を半周し、浦島伝説の伊根・本庄浜の民宿に移動。民宿は赤ん坊のいる農家で、仏壇の間に布団を敷いてもらって寝た。本庄浜の海水浴場はどこか寂しく、竜宮城から帰った浦島太郎のようだった。次の日、宮津に泊まり、夏の旅を終えた。

それから10数年後、朝早く起きて幼い息子をクルマに乗せ、由良川沿いをひた走り、はるばると日本海まで海水浴に出かけた。遠く長い旅だった。

さらに数年後、舞鶴若狭道が全線開通し、やがて京都縦貫道もできると、天橋立や丹後半島は簡単に行ける場所になり、旅の気分はなくなっていった。



-1日目-
ゴールデンウイークの4月28日・29日、天気予報が晴れマークなので、いまでは「夕日ヶ浦温泉」と呼ばれる網野・浜詰の日本海に沈む夕日を見たくなった。宿の予約もとれたので、妻と、もうとっくに大人になった息子と3人で「丹後半島・時計と逆まわりの旅」をすることにした。



与謝の海ひねもすのたり春の人

蕪村は丹後でも暮らし、与謝の姓を名乗った。休憩をとった観光センターでは大勢の客がテラスでのんびりビールを飲みながら昼食をとっている。
海辺を北上し、舟屋のある伊根へ。湾を一望する道の駅はにぎわい、外国人の観光客も多い。



舟屋よりゆらり漕ぎいで春の海

浦島神社へぬける山道に、以前来たときたくさんの猿がいた。この日は田畑を人が耕していて、猿たちは里に降りるのを遠慮したようだ。

春耕を山猿たちと眺めおり

ぞっとする断崖の道を走り、丹後半島の北端、経ヶ岬に到着。駐車場から灯台まで400メートルだが、険しそうなので妻は待っているという。山道を息子と二人で登る。
芭蕉の「山路来て何やらゆかしすみれ草」の句のままにすみれが咲いている。灯台は明治31年にできたものだが美しい白亜の塔だ。




潮の音経ヶ岬のすみれ草

断崖の道はやがて海辺の漁村・農村風景にかわっていくが、冬が恐ろしく厳しい地域であることは実感できる。そして集落の一番いい場所に小学校が建っている。

ジオパーク息づく春の暮らしあり

間人(たいざ)を通過し、琴引浜へ。かつて海水浴で1泊した。鳴き砂をもう一度、と立ち寄ろうとしたが、駐車場代が高いのでやめにした。

鳴き砂の琴引の浜春の潮

午後4時、「夕日ヶ浦温泉」に到着。ネットで評判の旅館をGWの当日に予約したので、部屋は期待していなかったが、部屋の名前がさっき立ち寄らなかった「琴引」なのには参った。

露天にて春憂ひとつ解放す

温泉に入る。今風の旅館で浴場も露天風呂も小ぶりだが、まだ混んではいなかった。
夕食を日没に合わせて午後6時半にしたので、入浴後、家族で浜に出た。数キロ続く砂丘の北の端なので遠くに松原が望め、目の前に磯もある。日本海からひたひたと打ち寄せる波は優しい。



波寄せる浜の草にも春は来て

砂浜の植物たちはどれもふだん見かけない草である。
もうとっくに大人になった息子に、「自由研究にどうや」と話しかけてみた。



その昔ちりめんの里春の暮

浜からあがって町を歩く。機織の音は今はない。日本海の風雪にさらされた家々にのどかな夕暮れの日差しがふりそそいでいる。



落日が春の宴を朱く染め

午後6時半、館内食事処の席に着くと、まさに今、海に日が沈むところだった。仲居さんがカメラのシャッターを押してくれた。日が落ちると烏賊釣船の灯りが沖にいくつも点灯した。
「きょうは地酒を飲みたい」と、もうとっくに大人になった息子が言うので、「白嶺」という辛口の熱燗を頼んだ。息子は一口飲んですぐに赤くなり、妻が笑った。




白嶺といふ辛口や春の宴

2時間近く料理が続いて、部屋に帰るとすぐに寝た。夜中に目が覚め、1時間ばかり俳句を作ってメモし、また寝た。


-2日目-

目覚めると外が明るくなっていた。息子と朝風呂に行き、朝食まで時間があるので、3人で近くの禅宗の寺や海岸を散歩した。



春の磯波に揺ふほんだわら

磯に魚影は見えなかったが浪間に水鳥が浮かんでいるので、魚はいるのだろう。岩の間にびっしり海藻がただよっている。渚でわかめをひっかけて採っている人もいる。
息子が浜辺でハングルを見つけた。きれいな浜辺だが、見れば流れ着いたゴミは結構多い。




人類の滅ぶ日もあり春渚

昔、グレゴリー・ペックの「渚にて」という核戦争後を描いた映画があった。「猿の惑星」でもチャールトン・ヘストンが渚で自由の女神像の残骸を見つけるシーンがある。
渚で寄せては返す大海原の波を見ていると、人間ははかない生きものだなと思う。
宿に戻り、烏賊や甘鯛のぜいたくな朝食をし、女将に見送られて出発。
久美浜を経て豊岡へ。コウノトリの里である。コウノトリは近畿一円飛び回っているので、翼の先が黒いコウノトリらしき鳥をたまに見かけるのだが、ここではぜひ、と思いながら円山川沿いを走っていたら、出会った。

鴻一羽春の河原に舞い降りる

新緑の中、日々の暮らしを一瞬忘れさせた旅だった。



  
(2013春・見水)



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