神戸RANDOM句会

シニアの俳句仲間の吟行・句会、俳句紀行、句集などを記録する。

2004=七十一句・斜腸

2013-02-11 | 句集
七十一句=斜腸





 春
春深し鳥獣戯画の動き出す
春耕の土に含羞ありにけり
ほのあかき昼の月あり花の雲
春暁のラジオ仏の道を説く
春昼の老らを攫ひバス発てり
不景気の播磨の国の山笑ふ
西行の日を旅立ちの初めとす
春水のひねもす岸の石打てり
菜の花や田舎芸者の髪飾り
はろばろと補陀落発ちて燕
志低く卵も立たざりき
ほどほどの人事異動や万愚節
春一番真一文字に飛行雲
シャガールの光の春や羊雲


 夏
夏の日や逆光の島黒焦げに     
夭々たる乙女の臀や夏来る     
牡丹の逢魔ヶ刻の香りかな     
国境群雄割拠雲の峯        
動物園静まりかへる盛夏なり    
父の日を雄一匹の孤独かな     
友よりの便り滲める梅雨入りかな  
膨らみて朱き夏の陽海に入る    
薫風や腋の下より羽生える     
南瓜の尻に残りし花のあと     
無禄にて大の字ならぬ昼寝かな   
星合にジェット機の灯が渡るなり  
聖五月乙女演ずる太郎冠者     
かうばしき本のにほひや昼寝覚め  
短夜や蛞蝓がゐて蜘蛛が出て    
田水溢れ風土記の播磨平野かな   
禅寺の縁の下なる猫の恋      
ヴァチカンのドーム大きな夏帽子  
あれは円空これは木喰雲の峯    
牡丹に日除けの傘のさしてあり   
炎天にゴッホの如く樹樹燃ゆる   
「厄除け詩集」読みて大暑を凌ぎけり
  

 秋
住み分けし泡立草と芒かな
コスモスの花の高さに風流る
秋暑く播州弁の喧すし
同行の遍路となれり赤蜻蛉
一瞬の落葉の高き火音かな
人生七十いま稀ならず秋の海
皿池にそれぞれ月の宿りけり
行合の雲百万石の蝉時雨
独身の蝶蝶ばかり大花野
越の国より一茶の墓へ秋の風    
仏塔は遠しせいたかあわだち草   
海峡の橋を時雨の渡りけり     
行く雲と同行二人花野道      
図書館の本の匂ひや秋時雨     
右脳に裕次郎居る秋小樽      
廃線の駅前広場松手入       
デルヴォーの絵にありし今日の空の月

 
 冬
冬蝶を追ひチャップリンのごと歩む 
足音を凍てし街路に捨て帰る    
京かぶら京の女がさわりをり    
蓮根の掘り出されし含羞よ     
蒼穹をエッチングして枯木立    
地震の夜も昇りし寒の望の月    
風のままひねもす無為に冬の蜘蛛  
いつまでもひとりぼっちや冬の蝶  
我が影の巨人となりて枯野行く   
山寺の塔のみ照らし冬落暉     
冬の蚊に五分の意気地を刺されけり
 
 
 新年
読初を「葉っぱのフレディ」とせし私
正月の出雲街道犬眠る       
屠蘇なめて酔生夢死を希ひけり   
初凪や神話の島へ橋架かる     
日の如く虚空に在らむ明の春    
ひたすらに電車走れり去年今年   
韃靼を旅せし甥と年の酒      



俳号は斜腸


 RANDOMに私の俳句を載せてやろうと、有難いお話があった。
還暦、古稀と馬齢を加えてきた昨今、周囲では句友の句集が次々に贈られて来る。
正直言って、落語の「寝床」ではないが、御趣味の作品を読まされ、感想を求められるのは、まことにつらいものだ。
「汝の欲せざるもの、他人に施すこと勿れ」と私は自粛に努めてきたのだが、この度はその禁をあえて破ることにした。「自己中」「自分勝手」の責は都合よく忘れているのを、どうかお許しを。
 八年ほど以前、作家丸谷才一が古稀を期に「七十句」と題して句集を出した。
その顰に倣って、只今現在七十一才なるを以て、「七十一句」と題して駄句の山から自撰句を御笑覧に供したい。
一応は句誌その他で撰に入ったものとは言え、まことに恐れ入る他はない。
 旧制中学の国文の教師は短歌「水甕」派の同人であったし、たった一年だったが、旧制高校の国文学教授は「奥の細道」全文を教材にし、西鶴の「日本永代蔵」を講義しながら西鶴の俳句の世界に度々脱線した。
住吉神社で、独吟一夜二万三千五百句という有名な記録も、この時教わった。いらい短歌、俳句が好きになり、今日まで鑑賞の楽しみが続いている。
 市の最後の職場の交通局で、「九年母」に属し、新聞テレビ俳壇にしばしば入選の女史と一緒になり、句作の世界に教導される縁に恵まれて十二年、今日に至った次第。退職後の神戸新交通では、かつて県の副知事であった一谷定之丞さんの子息と出逢い、祖父が村上鬼城門という俳句好きの社員がいて、句会結成と相成るのである。ここでは坪内稔典師に年一回乍ら指導を受けている。
 恥しながらわが俳号は斜腸。社長と掛けた安易な発想。
根性が歪んだ自分の象徴としてぴったりだと自負している。
薀蓄を傾ければ「雨月物語」の上田秋成は無腸と号した。
面倒がり屋の私にしては、俳句作りはよく続いたものだ。
性分に合っていると言えば、斯道の宗匠にお叱りを受けそうだが、そう言うしかない。
懸賞俳句に次々応募しているが、残念ながら今のところ賞金獲得までは行っていない。(2004)



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