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江川事件

2018-01-12 23:25:55 | 他スポーツ
今や遥か昔となった、元巨人江川卓投手の巨人入団の際の紆余曲折を書きます。当時は「江川事件」とまで呼ばれ、このゴリ押し入団に抗議した一般市民が、読売新聞との契約を解除するなどの社会問題となりました。

江川は、高校時代が最も良かったと言われるほど、高校生レベルは遥かに超越していました。一説では160km/hは出ていたというものもあり、高校時代にはノーヒットノーランを9度、完全試合を2度達成するほどの投手でした。この活躍を目にした地方のチームが、招待試合で江川の作新学院を呼んで試合をすることが多く、これが肩を痛めた遠因となったと言われます。

江川は、高校卒業時のドラフトで、阪急ブレーブスから1位指名を受けたものの、拒否して法政大学に進学します。今思えば、ここでプロ入りしていれば200勝も狙える投手になれたでしょう。その後は大学卒業時にクラウンライターライオンズから1位指名を受けるも拒否してアメリカ留学を選び、その翌年に事件は起きます。

当時、ドラフト指名を受けた際の「独占交渉権」はドラフト会議の2日前と決まっていました。交通が不便だった時代、ドラフトの前日に契約を結ぶのは非現実的だという理由から、そういうグレーゾーンが残っていました。巨人は、そのグレーゾーンを突いて、のちに「空白の一日」と呼ばれたドラフト前日に江川と契約し入団させようとしました。

コミッショナーは当然、この契約を無効とし、翌日行われたドラフト会議では阪神が江川を1位で指名します。その後、コミッショナー裁定で江川は阪神と契約を結んだのちに、当時巨人にいた小林繁投手との交換トレードの形で巨人入団が認められたというのが、江川事件の結末です。

その後、江川はプロ通算9年で135勝を挙げる活躍を見せました。しかし、高校卒業後の一番良い時期を、変な意地でスポイルしてしまった残念さは残ります。入団前に「怪物」と騒がれた割には、もっと偉大な投手になれたのではという思いが、どうしても残ってしまう存在でした。
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