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散歩するかのごとく(高橋尚子)

2017-01-30 21:23:59 | 他スポーツ
昨日の大阪国際女子マラソンは、重友梨佐選手の優勝で幕を閉じました。体調の影響で寝ぼけ眼だったので、このマラソンのレポートは書けませんが、その連想で2000年シドニー五輪の高橋尚子の金メダルを思い出したのでこちらを書きます。

当時、高橋尚子の世界的評価は高かったです。理由は、真夏の暑さだった1999年のバンコクアジア大会で、スタートから圧倒的な速さで独走して、当時としては驚異的な2時間22分台を出していたからです。事実上の世界記録という評価でした。この頃から、愛称のQちゃんも知られていましたが、その由来はリクルート陸上競技部の納会で、全身にアルミホイルを巻き付けて「オバケのQ太郎」を熱唱したからです。

当時の女子マラソンの日本代表は、世界選手権銀メダルの市橋有里、大阪国際女子マラソン優勝の山口衛里と高橋尚子という豪華メンバーでした。しかも、放送した時間も良く、日曜の朝のスタートでした。多くの日本国民がこのマラソンを見ていたと思われます。

レースは、先頭集団で高橋尚子、リディア・シモン(ルーマニア)、チェプチュンバ(ケニア)、市橋らが争う展開でした。このシドニーのマラソンコースは、かなりの起伏があって選手には不評でしたが、海を渡るアンザックブリッジの手前で市橋とチェプチュンバが遅れ、レースは高橋尚子とシモンの一騎討ちになりました。

終盤が上り坂だったこのレースは、高橋尚子がサングラスを投げ捨てた35kmでスパートしてシモンを振り切ります。そこからは笑顔でゴールに向かった高橋尚子の姿を見た地元マスコミが「散歩をしていたよう」と例えたような勝者高橋尚子の美しさが語り草ですが、終盤再度シモンが追い上げていて、差はわずかだった金メダルと銀メダルの違いでした。

この金メダルで、女子マラソンの指導者としての小出監督が一躍注目を浴びることになるなど、社会現象にまでなりました。その4年後に野口みずきが金メダルを取るなど、当時は女子陸上界の黄金時代でした。もう一度、こういう夢を見たいから、我々はオリンピックに惹かれるのだろうと思います。
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