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農民の世界歴史(連載第5回)

2016-10-12 | 農民の世界歴史

第1章 古代文明圏における農民

(3)メソアメリカ文明圏及びアンデス文明圏

 中米のメソアメリカ文明圏は、紀元前1000年代頃に今日のメキシコ湾岸に開かれたオルメカ文明を嚆矢とし、メキシコを中心とする中米各地に発祥した類文明の総体であるが、初発のオルメカ文明は洪水を引き起こす河川流域の肥沃な土地で農耕を基盤に形成された点で、いわゆる四大文明圏と類似している。
 オルメカ文明が紀元前後に衰退すると、これ以降のメソアメリカ諸文明は、メキシコの高地へ遷移していったが、いずれもオルメカ文明の諸要素が継承されていることが多い。そのすべてをここで検討することはできないが、最も長く続いたマヤ文明は統一王権にまとまらず、都市国家型の文明を維持した点で、メソポタミアのシュメール都市文明に似ている。
 マヤ文明の都市国家は階層化されており、平民の大多数は農民だったと見られる。かれらは段々畑や湿地の盛り土を利用して支配階級向け及び自給用の作物を栽培し、戦時には兵士として動員されたようである。
 メソアメリカ文明圏には最後まで統一王権は成立せず、常に複数の文明が並存したが、15世紀前半、メキシコ中央高原に建設されたアステカは帝国的な覇権を持った。アステカ帝国は皇帝を頂点とする極めて階級的な軍国体制であった。
 ただ、農民人口は全体の2割程度と推定されており、大半は兵士や職人、商人であった。それでも物資的土台となる第一次生産を支えられたのは、チナンパと呼ばれる沼地の水草で作った水上畑を利用した独特の灌漑農業が高い生産性を誇ったためと考えられる。

 一方、南米のアンデス文明圏は、急峻なアンデス中央高地に開花した独異な山岳文明圏であり、地理的に比較的近いメソアメリカ文明圏を含め、他の文明圏が基盤とした穀物栽培でなく、イモ類を中心とした塊茎類の栽培を物資的基盤として発展した点に特徴がある。
 その初発は、紀元前3000年頃まで遡るというペルーのノルテ・チコ文明と見られる。その後は、メソアメリカ文明圏と同様、周辺地域で類文明の継起的な発生が続くが、アンデス文明圏がメソアメリカ文明圏と異なったのは、インカ帝国という統一国家に収斂されていったことである。
 インカ帝国も厳しい階級社会であり、人口の大多数を占める農民は重い賦役や兵役を負担する従属的存在であった。かれらはアンデス文明圏の共通的な慣習制度であるアイユと呼ばれる親族共同体に属し、各アイユは自立的な生活単位であるとともに、集団的に土地を保有した。ちなみに、マルクスは『資本論』の中で時折アイユを引き合いに出している。

 メソアメリカ文明圏及びアンデス文明圏は、言わば「持続的古代文明圏」と呼ぶべき古代的な文明圏として、他の文明圏からは隔絶された環境下で16世紀まで長期にわたり持続したのであるが、同世紀、侵略してきたスペインによって順次征服され滅亡、スペイン化された両文明圏の故地はラテンアメリカと称されるようになる。
 以後、両文明圏の担い手であった先住民たちは、スペイン支配下で奴隷的に使役される存在に落とされ、人口も激減する。先住民がいなくなった農地はスペイン人の大土地所有制となり、これが近現代まで継承され、ラテンアメリカ社会を揺るがす農地改革問題の焦点となるが、これについては第三部で扱う。

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