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不具者の世界歴史(連載第8回)

2017-03-21 | 不具者の世界歴史

Ⅱ 悪魔化の時代

英国王リチャード3世と身体障碍
 2012年9月、英国中世史上画期的な新発見があった。英国中部レスター市の駐車場地下から中世期の人骨が発見され、鑑定の結果、15世紀末の英国ヨーク朝君主リチャード3世の遺骨と断定されたのである。その法医学的鑑定は多岐にわたるが、本稿との関連で注目すべきは身体障碍の件である。
 リチャード3世と言えば、シェークスピアの代表作のタイトルロールとして知られてきたが、そこでも描かれているように彼は背骨が彎曲していたという伝承があった。発見された遺骨からも重度の脊椎側彎症の痕跡が認められたことで、伝承の真実性がほぼ裏付けられたのである。
 それは生前も外見上明白に背骨の彎曲が分かる程度のものであり、おそらく王は日常的な腰痛、歩行困難などに悩まされていたと推定され、まさしく身体障碍を持つ君主だったと言ってよいだろう。
 実在のリチャード3世は兄王エドワード4世が死去した後、兄の子で甥に当たる後継の少年王エドワード5世の摂政となりながら、策略をもって5世と幼い王弟ヨーク公リチャードの兄弟をロンドン塔に幽閉し、事実上のクーデターで王位を簒奪した野心的な人物である。
 その後間もなく、幽閉されていた兄弟は忽然と姿を消したことから、リチャード3世が兄の直系子孫を断絶させる狙いから二人を謀殺した疑惑がリチャード在位中から浮上していた。そのため、リチャード3世は生前から罪深い暴君との悪名が立っていたと見られる。
 リチャードの時代から100年以上後に書かれたシェークスピアの前記作品でも、そうしたリチャード3世=暴君説をベースに、リチャードをよりいっそう狡猾にして極悪非道な暴君として描写している。その際、シェークスピアは、以下のモノローグに象徴されるように、リチャードを自己の身体障碍に対する強いコンプレクスを動機として悪行を成す屈折した人格として提示するのである。

この俺は━美しい均整を奪い取られ、
不実な自然の女神のぺてんにかかり、
不細工にゆがみ、出来損ないのまま
月足らずでこの世に送り出された。
・・・・中略・・・・
どうせ二枚目は無理だとなれば、
思い切って悪党になり
この世のあだな楽しみの一切を憎んでやる。
(ちくま文庫版・松岡和子訳)

 このようにシェークスピアがリチャード王の身体障碍と極悪人性を結びつけた背景には、前回見たようなキリスト教的な障害者の悪魔化が投影されていた可能性がある。今日であれば、このような題材の扱い方はいかに文学作品であっても差別的とみなされるところであろう。
 現実のリチャード3世の遺骨からはまた、戦場で負ったと見られる傷害の跡が見られ、とりわけ脳内に達した頭蓋骨損傷が致命傷となったものと解析されている。このことは、リチャード3世がボズワースの戦いで、後にヘンリー7世としてテューダー朝を開くヘンリー・テューダー率いる反乱軍に敗れ、戦死した史実とも合致する。
 このことはまた、リチャードが如上の身体障碍にもかかわらず、騎乗し戦闘する武人としても機能し得たことをも裏書きするが、同時に身体障碍が戦闘上ハンディーとなり、敵兵に狙われやすかった可能性をも示唆するであろう。
 いずれにせよ、リチャード3世は悪魔化の時代の身体障碍者としては最も高い地位に上り詰めた人物として注目される。同時代人にとっても、彼の目に見える障碍は悪魔的というより、実力で君主に上り詰めた王位簒奪者のある種凄みとして認識されていたかもしれない。

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