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不具者の世界歴史(連載第5回)

2017-03-07 | 〆不具者の世界歴史

Ⅰ 神秘化の時代

障碍者王ツタンカーメン
 人類が神話に包まれていた時代にあって、実在の障碍者はどうだったのであろうか。残念ながら、庶民層の障碍者の存在性は記録に残りにくいものだが、支配者層となると記録がある。例えば、古代エジプトの少年王として著名なツタンカーメンである。
 ツタンカーメンに関しては、歴代エジプト王(ファラオ)の中でも異例の10代での急死の死因をめぐり諸説が提起されてきたが、21世紀に入るとミイラに対する医学的調査が進み、いくつかの新発見があった。
 一つは歩行障碍の可能性である。これはツタンカーメンの骨の検査から、彼の左足に重症のケーラー病(足舟状骨の血行障害から骨が壊死する疾患)の痕跡が発見され、足の変形と痛みから生前の王は歩行障碍に苦しんでいた可能性が出てきた。副葬品として出土した大量の杖も、儀仗ではなく、医療用杖であった可能性が高いとされる。
 それ以外にも、ツタンカーメンに関しては発作転倒を繰り返しやすい側頭葉てんかんや重篤な貧血、骨壊死を引き起こす遺伝性の鎌状赤血球症の可能性を指摘する所見も出され、これらも合併していたとすれば、少年王はかなり重度の障碍者・病者であった可能性も出てくる。
 そうした身体条件にもかかわらず彼が王に即位できたのは、能力より血統が優先考慮される世襲君主制の結果である。実際、もっと後世の諸国の君主制においても障碍者君主は輩出されている。
 ただ、古代エジプト王制では王家の純潔を守るという大義から兄妹間等での近親結婚が繰り返されたことで、先天性病者・障碍者が誕生する確率はいっそう高かったと考えられる。実際、ツタンカーメンは父アクエンアテンと同父母姉妹の夫人との間に生まれた子であったことが、ツタンカーメン生母のミイラのDNA調査から判明している。
 ちなみに父のアクエンアテンに関しては、その胸像やレリーフに描かれた王の体型に長すぎる指、極端な面長・尖顎、腹部脂肪の膨張など独異な特徴が指摘されてきたが、従来は宗教改革者であった王自身も指導したアマルナ改革の一環としてのアマルナ美術の芸術的誇張と解釈されてきた。
 しかし近年、それらの体型的特徴を医学的観点からとらえ直し、遺伝性のマルファン症候群の兆候としてとらえ直す説が提起されている。また、アクエンアテンについても息子のツタンカーメンと同様、側頭葉てんかんの可能性を指摘する説もある。
 アマルナ美術は伝統的な様式美よりも自然主義・写実主義による傾向が強いとされていることからすれば、アクエンアテンはあえて自身の病気ないし障碍を隠さず、むしろそれを芸術的表現に混ぜ込ませることで、大改革を推進する自身の神秘化のために利用したとも考えられるところである。
 一方、ツタンカーメンの障碍が同時代的にどうとらえられていたかは不明だが、年少ゆえに父王のようなカリスマ性を持ち得ず、側近者に操られていたとはいえ、黄金マスクで飾られた少年王のミイラには同時代人の神秘化された敬愛が投影されているようにも見える。 

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