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共産論(連載第2回)

2016-12-06 | 〆共産論[改訂第2版]

第1章 資本主義の限界
Chapter 1  Limitations of Capitalism

ソヴィエト連邦解体以降、「資本主義の勝利」がはやしたてられてきた。しかし、ソ連邦解体から時を経た現在、資本主義は大きな限界を露呈しつつある。その限界とは?


(1)資本主義は勝利していない:Capitalism has not won the game.

◇ソ連邦解体の意味
 
東西冷戦の終結に続く1991年のソ連邦解体以降、国際世論においても国内世論においても、とかく「資本主義の勝利」がはやしたてられてきた。要するに、米国を総本山とする「西側」の資本主義に対抗していたソ連の終焉と旧ソ連圏の資本主義への合流は、資本主義が「東側」の盟主ソ連が体現していたような「共産主義」に打ち勝ったことの証しなのだ、と。
  しかし、このような後知恵的思考の不当さはさておくとしても、それではあまりにも粗雑な即断である。そもそもソ連がまだ健在だった時代からあるソ連=共産主義という図式が正しくないのだ。
 たしかにソ連はほぼその全史を通じて共産党が支配政党として統治していたことは事実であるが、支配政党が共産党であったからその社会体制も共産主義であったと断ずるのは早計である。そもそもソ連邦の正式国名は「ソビエト社会主義共和国連邦」(下線筆者)であって、「共産主義」を名乗っていなかったという事実をあっさり無視してはならない。
 実際、ロシア10月革命60周年の節目に制定され、ソ連型社会主義憲法の集大成と目された1977年憲法を見ても、その前文では当時のソ連社会を「発達した社会主義社会」と規定したうえで、「発達した社会主義社会は、共産主義への道における法則にかなった段階である」という命題を掲げていた。そして「ソビエト国家の最高の目的は社会的共産主義的自治が発達している無階級の共産主義社会の建設である」とする国家目的を明示し、共産主義社会の建設を将来の到達点として位置づけていたのである。
  しかし、この共産主義の規定は当時すでに空文と化しており、ついに実現を見ないまま1985年に登場した「改革派」ゴルバチョフ書記長(後に大統領)の下で、共産主義社会の建設という国家目的は放棄され、国営企業の独立採算制移行や私的営業の容認など市場経済的要素の導入を通じて資本主義へにじり寄っていく。
 こうしたゴルバチョフ「改革」は、西側の資本主義陣営からは当然にも歓迎されたが、その中途半端さのゆえにソ連国内ではかえって消費財不足などの経済危機を深刻化させ、ソ連の大衆生活を圧迫し、不満を高めた。
 そうした大衆の不満をも背景に、ソ連邦解体の危機をみてとった「保守派」党幹部らが1991年8月、ゴルバチョフ政権の転覆を狙ったクーデターを断行したが、この企ては「急進改革派」エリツィンとモスクワ市民の抵抗によって3日で挫折させられた。エリツィンらは返す刀で今度はゴルバチョフを実質的に失権させ、1991年12月にソ連邦の最終的な解体を主導した。
 こうしてソ連邦の仮面を脱いだロシアでは、新指導者エリツィンの下、ほとんどアナーキーな市場経済化の荒療治がもたらした経済的大混乱を経て、エリツィンを継いだプーチン大統領の権威主義的な指導の下で一応の安定化が実現したのである。
 こうしてみると、資本主義が勝利したと吹聴する相手方とは「共産主義」ではなく、ソ連型社会主義―旧ソ連自身の公称によれば「発達した社会主義」―であったというのが正確なのである。
 ではソ連型社会主義とはいったいどのようなものであり、それはなぜ失敗したのであろうか。この問いはそれを解明するだけで何冊分もの本を要する大テーマであるから、ここで詳論することはできないが(※)、本書のテーマにも関連してくる限りで概観しておきたい。

※その問題に特化した連載が『国家資本論』である(筆者の都合により現在、一時休載中)。

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