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マルキシストとの論争―「自由な共産主義」をめぐって―(28)

2016-11-26 | 〆マルキシストとの論争

28:労働と生活をめぐって①

コミュニスト:これまで様々な問題について鼎談をしてまいりましたが、ここで労働と生活という基礎的な問題に立ち返ってみたいと思います。ずばり、マルキシストさんの構想する労働と生活とはどのようなものでしょうか。

マルキシスト:労働と生活が直結する社会かどうか、という前回障碍児教育に関する論議の最後に提起された問題に関わるご質問と思います。まず、労働と生活は全面的ではありませんが、直結します。すなわち食糧を含む基礎的生活物資については労働証明書と引き換えに無償の配給制となりますが、それ以外の一般物資・サービスについては貨幣交換によります。

コミュニスト:労働証明書とは何でしょうか。

マルキシスト:その名のとおり労働していることの公的な証明書ですが、病気・障碍等により労働できないことの証明書としても使えます。

コミュニスト:労働時間を表象する証券ですか。

マルキシスト:マルクスが提案したような労働証券とは違います。理論的には労働証券が理想なのですが、労働時間とそれに相応する物品との厳密な交換は困難ですから、とにかく労働証明書があれば無償の配給は受けられることとするのです。

コミュニスト:つまり最低限度生活も含め、労働していない限り―もしくは労働不能が証明されない限り―生活は成り立たないということになりますね。これは、マルクスが究極的なコミュニズムとして「各人はその能力に応じて、各人にはその必要に応じて!」という労働と生活(分配)が分離された社会を構想していたことからは後退するように思えます。

マルキシスト:「各人はその能力に応じて、各人にはその必要に応じて!」という標語を労働と生活の分離と捉えることには賛同できません。これはむしろ、人間的な最低限度生活の必要を満たすことと、能力に応じた最低限度以上の生活ができることとは分離されるという趣旨に読むべきではないでしょうか。

アナーキスト:「働かざる者、食うべからず」だよ。その究極が自分で働いて自分の全需要を満たすアナーキズムの自給自足社会だ。

コミュニスト:珍しく、アナーキストさんとマルキシストさんが合流したようですね。しかし、マルキシストさんの構想では、配給制の対象たる基礎的物資とそれ以外の物資・サービスとの線引きが困難になります。おそらく前者の範囲は狭められるのではないでしょうか。

マルキシスト:人間としての最低限度生活に必要な物質的条件を客観的に規定することは十分に可能です。それを越える分については、各自の貨幣収入から貨幣交換によって取得するという構想はまこと合理的ではないでしょうか。

コミュニスト:すると、資本主義的な賃労働制も維持されるわけですね。

マルキシスト:いいえ。資本主義的賃労働制のように、剰余労働を課しつつ、最低限度生活分の賃金に抑制しようとする搾取の制度とは異なり、賃金は最低限度生活分を越えた生活を満たすための収入保障となるのです。最低限度生活以上を目指す人にとっては、労働意欲を刺激するでしょう。

コミュニスト:賃金獲得競争ですか。それでは、むしろ資本主義的な成果賃金制に近づくような気がします。

マルキシスト:それも違います。賃金は「成果」ではなく、厳密に労働時間に比例します。どんな労働であれ、働いた時間によるので、平等な全労働均一賃金制です。その代わり、労働時間の制限はないのです。

コミュニスト:過労死社会を助長しませんか。

マルキシスト:労働時間を増やせばそれだけ賃金も比例的に加増され、貨幣収入は増えるのですから、実質無賃金の搾取的・致死的な長時間剰余労働とは異なることに留意してください。

アナーキスト:自給自足社会なら、労働時間云々もお構いなく、よりよい自足のためにこつこつと働ければ済むことだ。

コミュニスト:労働と生活が直結するマルキシズム及びアナーキズムの社会の概要は承知しました。次回は、労働と生活が分離される私の構想をベースに議論したいと思います。

※本記事は、架空の鼎談によって構成されています。

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