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不具者の世界歴史(連載第20回)

2017-05-16 | 不具者の世界歴史

Ⅳ 保護の時代

精神病院の発達
 障碍者を「保護」するという啓蒙的な試みの裏には、社会的異分子である障碍者を「管理」するというもう一つのコンセプトが横たわってもいた。そのことが最も如実に表れたのは、精神病院のシステムであった。
 精神障碍者は外見上健常者と差異はなく、通常は身体障碍を伴わないので、特別な処置・介助を必要としない。そのため、「保護」しやすい。一方で、精神病は当初不治の病とみなされていたため、危険分子の恒久的収容先として精神病院は都合の良い所でもあった。
 精神疾患の中でも代表的な統合失調症は19世紀半ばにフランスの精神医学者ベネディクト・モレルによって初めて近代医学的に記述されたが、有効な治療法はまだなく、薬物療法が始まるのは1930年代を待つ必要があった。そのため、精神病院は病院というよりは保護施設に近いものであった。
 精神病院に近い制度は、革命前のフランスでルイ14世によって設立されたビセートル病院や、マッドハウス(madhouse)という粗野な名称で呼ばれた英国の収容施設などがあるが、近代的な意味での世界初の精神病院はイタリアが発祥地とされる。
 特にフランス革命直前期に設立された聖ボニファチオ病院である。そこは従来の監獄に近い収容環境ではなく、開放的処遇や作業療法などの近代的な療養体制が構築された「病院」であった。フランス革命後には、近代的精神医学の祖の一人フィリップ・ピネル医師により、ビセートル病院閉鎖病棟の廃止が主導された。
 こうした欧州大陸主導の精神病院制度は間もなく英米にも伝わる一方、管理の視点も強化されていく。例えば、英国では1845年に精神異常法が制定され、精神異常と認定された者を強制収容する法的根拠となった。また1900年のイタリアでは自傷他害・公序良俗を乱す危険のある精神障碍者の強制入院を定めた法律が制定される。これは近代的な措置入院制度の先駆けであった。
 しかし、精神障碍者管理の体系を最も発達させたのは、欧米以上に近代日本であった。日本では明治維新当初、「癲狂院」の名の下に精神病院の設立が相次いだが、病棟不足から1900年には精神障碍者を自宅内に幽閉する私宅監置を制度化し、対象者を警察の管理下に置くこととした。この制度は1950年の廃止まで続いたのである。
 日本ではその後、私立精神病院の設立が続き、世界でも最も多くの精神科病床と無期限的入院患者を擁する「精神病院大国」となっていくが、これは治安管理政策とも結びついた日本式社会統制の方法であった。対照的に、近代的精神病院を発祥させたイタリアは、1978年に精神病院制度を廃止する急進的政策に踏み出していく。

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