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マルキシストとの論争―「自由な共産主義」をめぐって―(22)

2016-10-16 | マルキシストとの論争

22:国家について⑥

コミュニスト:予告どおり、本日は、行政のあり方について討論します。マルキシストさんは「七権分立」論ということで、行政権も七権の一つと位置づけられるわけですね。

マルキシスト:そうですが、順番として司法権より後です。行政府は、立法府(ソヴィエト)が制定した法律に基づき、かつ法律を司法府(裁判所)が解釈した判例に従い、法の執行に当たるのです。

コミュニスト:法の執行というと、かなり狭い印象ですが、行政は執行にとどまるのでしょうか。

マルキシスト:行政裁量を大きく取れば取るほど、官僚主義やその極限であるスターリン主義のような病理現象を生みます。行政権は限定的な裁量を伴う執行の権力にとどめるべきです。

コミュニスト:行政権を持つのはソヴィエトに属する内閣だとのことでしたが、内閣は議院内閣制のように法案提出の権限を持たないのでしょうか。

マルキシスト:持ちません。内閣はソヴィエトに属する法執行機関という位置づけであり、立法過程には関わらないのです。

コミュニスト:内閣は大臣で構成されるわけですか。

マルキシスト:ダイジンという日本語は英語のministerに相当するのでしょうが、内閣を構成する閣僚は、むしろソヴィエトの付託を受けて行政を執行するという意味でcommissionerと呼ぶほうが適切です。

コミュニスト:ロシア革命当初の「人民委員」に似ていますね。

アナーキスト:だが、commissionerとやらの下に立派な行政官庁を置くなら、たちまち官僚主義の巣になるよ。

マルキシスト:行政官庁はcommissionerを補佐する事務局として必要最小限の人員にとどめることで、現代国家が大なり小なり陥っている官僚主義は防げるでしょう。

コミュニスト:官僚主義・スターリン主義の反省に立った新しいマルクス主義的行政国家のありようが何となく見えてきましたが、私はやはりコミュニズムの基本はコミューンを基礎とした自治体からの積み上げ型の社会構築だと考えており、中央集権の要素が残るマルキシストさんの構想では不十分だと考えます。

マルキシスト:ここでも、私は現実的な構想を重視しています。現在の諸国の国家制度からの移行ができる限りスムーズに進むような変革の方向性です。現状からかけ離れた構想であればあるほど、実現可能性は極めて乏しくなるでしょう。

コミュニスト:私の構想では、集権的でない「中央」も存在しており、それは中央民衆会議(連邦型なら連合民衆会議)が代表します。ただ、権力分立論は退け、そもそも立法権と行政権を区別しないので、内閣のような行政機関は存在せず、中央民衆会議の執行部である政務理事会が存在するだけです。

アナーキスト:私はもっと徹底して、そもそも「中央」に相当する権力を完全に廃止する構想だよ。

マルキシスト:アナーキズムならば、そうなのでしょう。しかし、マルキシズムはアナーキズムとは一線以上の距離を画していますので。

アナーキスト:マルクスは我々の先祖であるバクーニンを憎んでいたからね。今でも、遺恨が続いている。

コミュニスト:遺恨試合は止めにして、次回はある意味でコミュニズムの根幹とも言える地方自治に関して討論することにしましょう。

※本記事は、架空の鼎談によって構成されています。

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