
ユーリャさんのブログの記事与文明同行做可愛的上海人」について、私の考えをillustratorで折れ線グラフにしてみました。
(illustratorのグラフ作成機能って、要するに「ミニ・エクセル」が組み込まれているような感じで、数値を入力するとグラフが出来てきます。私はオリジナルのにこにこマーク・マーカーの大きさを調節するのに手間取ってしまいましたが、グラフ作成自体はすごく簡単で面白いです。)
すご〜く大雑把な分析ですけど、私は、昔の日本人のマナーの悪さの中身には「古き良きニッポンの下町的人情の絆が生暖かくてヌクヌクしていたために、公共の場にいる時でもあたかも自宅の居間にいるかのような行動をとってしまった」・・・という部分もあったと思います。(A:暖か味)
でもだんだんと、下町的つながりのない社会になってきて、お互いに利害も違えば好みも違い、しかもどう違っているのかをお互いに知らないという状況になってきました。
そこへ、輸入品の個人主義とそれに基づいたマナー(基本的に自分さえ良ければいいので、公共の場では配慮のためのルールを守らないことには、トンデモナイ事になってしまう。)が入ってきて、少しずつ世間に採用され始めました。(B:洗練)
というわけで、人の温かみがドンドン失われてきて、社会がすこしずつ洗練されてきている様子を折れ線グラフにしてみると・・・・・、「今」がサイテーなのがよく分かりますね〜。
(「未来」の「暖か味」がアップしているのは、人口が減るとみんな人恋しくなって、かえって温か味が増すのではないかという予想からです。)










なかなか興味深い考察だと思います。
そうですかー今は快適度最低なんですねー。
満員電車など、本来はそんなに近くなくてもすむ人間関係(つまりはまったく知らない人と)すごく親しい人でもあるかのように押し詰められていなければならないという非人間的な状況のなかで、日本のひとたちはそれでもどうにか、暴動を起こしたり、病気になったりしないで、マナーを保とうとしているのではないかとおもったりしますが、ときにそれがものすごくばかばかしいことに思えたりします。
電車の車両の中というのは、混んでいれば狂気の沙汰だし、すいていても微妙に異常な社会ですね。譲る譲らない、お化粧、ケイタイ、乳幼児・・・・。人生観が問われるような気がします。
私は、イライラした時には、「ああ、こうしている間にもパレスチナでは・・・」とか「イラクでは・・・」とか考えることにしています。そうすると、「とにかく殺し合っていないだけマシだな〜」という気持ちになって、「心の平安」を得る事が出来るのです。(以前は「サラエボ」なんかもありました。「パレスチナ」はまだまだ有効ですね。)