今日は、いわゆる『ついてない日』でありました。
今日は千葉に協力会社さんの品質監査だったのですが、行きからいきなり人身事故。
その結果、40分遅刻してしまい協力会社さんは寒いなか改札前で待ちぼうけ状態に・・・。
しかも乗り換え1回の予定が4回になり、立ちっぱなしでけっこう疲れが・・・・。
そして品質監査自体は何事もなく終了。
帰りは電車はなんとか順調に(ダイヤはまだ乱れていた)行っていたのですが、目の前の席がふと空きました。
なにげなく座ると、目の前におばあちゃんが。
前にもブログで書きましたが思った瞬間に行動しないともう動けないと思っているので今回は目があってすぐに
『私、立ってるのでどうぞどうぞ』と席を譲りました。
そうすると
『いや、結構です』
が〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!
そしてそのおばあちゃんは繰り返し『ありがとうね!』と言ってくれるのですが座ってくれない。
私もそのままもう、座れないばつの悪さなのですがそこで誰かが座ってしまうのもあれなのでまた座りなおります。
恥ずかしいやら・・・で。おばあちゃんも繰り返し感謝の言葉をかけてくれたのでムッとした訳ではなさそうなのですが・・。
気持ちよく、座ってほしかったんですがそれは親切の押し売りも言うものですかね。
ま、懲りずにまた譲ろうかとは思います。
んで夕方に帰宅。
チビをお風呂に入れます。まずリンチョスを洗って風呂に入れて、その後レイチェルを洗おうと裸にして
ひょひょっと、お尻をさわると
なんかいる
指になにかがついてくる
こ・・・これは!!!!!!!!!
一日の最後に、うんが『つきました』
今日は『ついている日』だったと言う訳で・・・。
ま、そんな日なのですが世間では電気代の値上げやら消費税の値上げやら。
苦しい話ばかりです。
たまに思うのですが、そこまでして今の生活を維持する必要があるんでしょうか。
これほどまでに消費をしないと生活って出来ないものでしょうか。
『奪い合えばたらない。だが分け合えば余る』
有名な言葉です。
いい意味でかの有名なマリーアントワネットの言葉(本当には言ってないという説が有力みたいですが)
『パンがないのなら、ケーキを食べればいいのに』を考えるのもありか。
生きていく分に必要なもの+ほんのちょっとのぜいたくでいいんではないだろうか。
ここまで肥え太った現代社会。大量に作り、廃棄する。資源がない国だから、外から持ってくるしかない。
会社は利益を追求する。就業者は給料あげろと叫ぶ。どこまで貪欲になればいいのだ。
『誰かの価値は、すなわちこちらの負け。』世の中は勝ち組か負け組しかなくて、その中で勝ち組に入らないと行けない社会。
これってすごい息苦しい。
もっと気楽にドロップアウトを日本がしてしまう事が出来ないだろうか。生存競争に勝ち抜くって事と経済を追求する事って違うんじゃないか。
日本は海に四方を囲まれているし、食べる分には困らないのではないだろうか。
いまは普通でも、いつ会社がつぶれて仕事がなくなるか判らない。
年金を払っていても将来もらえるかなんて判らない。
こんなんじゃ、ダメなんじゃないか。
その話を遡って考えていくと、たどりつくのは石原莞爾さんの言葉。
『すべての元凶はペルリ(ペリー)だ!ペリーを連れてこい!』
わざわざ鎖国して、島国で満足していた日本に対し大砲と軍艦で無理やり開国を迫ったペリーがすべての元なんか?
ま、これは極論だとしてもですよ。
グローバルスタンダードとかいう訳のわからん標準に合わせる必要はないんでないかい。
私は組合活動をやってますが、その中で執行委員の人が
『給料あげろとか、ボーナスもっとよこせとかあるけど、会社がそこそこ儲かってて社員がそこそこ給料もらえてればいいじゃないか。あとは会社が将来の飯の種のために設備投資するなり開発すればいいんじゃないか。そんなにクレクレいってもそれはどうなんだ?』と。
う〜〜〜ん。言い返せない。
『会社もうかってんだから、社員にも還元しろ!』ってのこそそもそも会社が儲かってるくせに俺たちはオコボレなしかい!なんだそりゃ!
っていう思いが根底にあるからかもしれません。
もらえるものは全部もらっておく。ゴネて何か勝ち取れればラッキー!じゃいけませんね。
自分の権利だけを主張する事は簡単ですが。相手側にたった活動というのも大切。
かといって、領土問題や歴史問題で相手側に『立ち過ぎた』活動ってのもまたどうかというジレンマもあります。
とりとめもなく書いてしまいました。日本がいまさらドロップアウトするはずもなく、肥え死ぬまで逃げれないチキンレースに世界が
乗ってしまってますので、自殺者は減らないだろうし。常に将来に不安感があるでしょう。
ゆりかごから墓場まで。と言われる北欧型の社会がいいのか。
自己責任・自己完結型のアメリカがいいのか。
はたまた、極端な共産主義に走るのか。
ブータンのように全く新しい考え方で動いて行くのか。
私がいま30歳ですから、あと30年後。赤いチャンチャンコを着る年になった時に日本は、世界はどうなっているでしょうね。
大きな戦争もなく、大きな地震もなく。平和に暮らせていたらいいのですが。
人間は、あまりにも増えすぎ。調子に乗りすぎたのかもしれませんね。
宇宙人でもせめてきて、驚天動地の事態にでもならない限りはこのままズルズルと滅亡の道を歩んで行くような気がします。
今日は千葉に協力会社さんの品質監査だったのですが、行きからいきなり人身事故。
その結果、40分遅刻してしまい協力会社さんは寒いなか改札前で待ちぼうけ状態に・・・。
しかも乗り換え1回の予定が4回になり、立ちっぱなしでけっこう疲れが・・・・。
そして品質監査自体は何事もなく終了。
帰りは電車はなんとか順調に(ダイヤはまだ乱れていた)行っていたのですが、目の前の席がふと空きました。
なにげなく座ると、目の前におばあちゃんが。
前にもブログで書きましたが思った瞬間に行動しないともう動けないと思っているので今回は目があってすぐに
『私、立ってるのでどうぞどうぞ』と席を譲りました。
そうすると
『いや、結構です』
が〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!
そしてそのおばあちゃんは繰り返し『ありがとうね!』と言ってくれるのですが座ってくれない。
私もそのままもう、座れないばつの悪さなのですがそこで誰かが座ってしまうのもあれなのでまた座りなおります。
恥ずかしいやら・・・で。おばあちゃんも繰り返し感謝の言葉をかけてくれたのでムッとした訳ではなさそうなのですが・・。
気持ちよく、座ってほしかったんですがそれは親切の押し売りも言うものですかね。
ま、懲りずにまた譲ろうかとは思います。
んで夕方に帰宅。
チビをお風呂に入れます。まずリンチョスを洗って風呂に入れて、その後レイチェルを洗おうと裸にして
ひょひょっと、お尻をさわると
なんかいる
指になにかがついてくる
こ・・・これは!!!!!!!!!
一日の最後に、うんが『つきました』
今日は『ついている日』だったと言う訳で・・・。
ま、そんな日なのですが世間では電気代の値上げやら消費税の値上げやら。
苦しい話ばかりです。
たまに思うのですが、そこまでして今の生活を維持する必要があるんでしょうか。
これほどまでに消費をしないと生活って出来ないものでしょうか。
『奪い合えばたらない。だが分け合えば余る』
有名な言葉です。
いい意味でかの有名なマリーアントワネットの言葉(本当には言ってないという説が有力みたいですが)
『パンがないのなら、ケーキを食べればいいのに』を考えるのもありか。
生きていく分に必要なもの+ほんのちょっとのぜいたくでいいんではないだろうか。
ここまで肥え太った現代社会。大量に作り、廃棄する。資源がない国だから、外から持ってくるしかない。
会社は利益を追求する。就業者は給料あげろと叫ぶ。どこまで貪欲になればいいのだ。
『誰かの価値は、すなわちこちらの負け。』世の中は勝ち組か負け組しかなくて、その中で勝ち組に入らないと行けない社会。
これってすごい息苦しい。
もっと気楽にドロップアウトを日本がしてしまう事が出来ないだろうか。生存競争に勝ち抜くって事と経済を追求する事って違うんじゃないか。
日本は海に四方を囲まれているし、食べる分には困らないのではないだろうか。
いまは普通でも、いつ会社がつぶれて仕事がなくなるか判らない。
年金を払っていても将来もらえるかなんて判らない。
こんなんじゃ、ダメなんじゃないか。
その話を遡って考えていくと、たどりつくのは石原莞爾さんの言葉。
『すべての元凶はペルリ(ペリー)だ!ペリーを連れてこい!』
わざわざ鎖国して、島国で満足していた日本に対し大砲と軍艦で無理やり開国を迫ったペリーがすべての元なんか?
ま、これは極論だとしてもですよ。
グローバルスタンダードとかいう訳のわからん標準に合わせる必要はないんでないかい。
私は組合活動をやってますが、その中で執行委員の人が
『給料あげろとか、ボーナスもっとよこせとかあるけど、会社がそこそこ儲かってて社員がそこそこ給料もらえてればいいじゃないか。あとは会社が将来の飯の種のために設備投資するなり開発すればいいんじゃないか。そんなにクレクレいってもそれはどうなんだ?』と。
う〜〜〜ん。言い返せない。
『会社もうかってんだから、社員にも還元しろ!』ってのこそそもそも会社が儲かってるくせに俺たちはオコボレなしかい!なんだそりゃ!
っていう思いが根底にあるからかもしれません。
もらえるものは全部もらっておく。ゴネて何か勝ち取れればラッキー!じゃいけませんね。
自分の権利だけを主張する事は簡単ですが。相手側にたった活動というのも大切。
かといって、領土問題や歴史問題で相手側に『立ち過ぎた』活動ってのもまたどうかというジレンマもあります。
とりとめもなく書いてしまいました。日本がいまさらドロップアウトするはずもなく、肥え死ぬまで逃げれないチキンレースに世界が
乗ってしまってますので、自殺者は減らないだろうし。常に将来に不安感があるでしょう。
ゆりかごから墓場まで。と言われる北欧型の社会がいいのか。
自己責任・自己完結型のアメリカがいいのか。
はたまた、極端な共産主義に走るのか。
ブータンのように全く新しい考え方で動いて行くのか。
私がいま30歳ですから、あと30年後。赤いチャンチャンコを着る年になった時に日本は、世界はどうなっているでしょうね。
大きな戦争もなく、大きな地震もなく。平和に暮らせていたらいいのですが。
人間は、あまりにも増えすぎ。調子に乗りすぎたのかもしれませんね。
宇宙人でもせめてきて、驚天動地の事態にでもならない限りはこのままズルズルと滅亡の道を歩んで行くような気がします。










