KJだより

アロマとコーチングをこよなく愛するナースとして徒然なるままに・・・。

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葬匠という存在

2010-06-15 22:48:47 | Weblog
葬匠というポジションがあるらしい。
葬匠とは、葬儀業界で10年以上のキャリアを持つ存在のようだ。
経験知の蓄積が、匠の技になるのだろう。

本日、受け持ち葬祭コーディネーターさんを、49日の仕上げ&初盆準備の商談
に招いた。手土産に焼酎「いいちこ」を持ってきてくれた。棺に入れたことを覚えてくれていたのだ。ビジネスかもしれないが嬉しかった。

ほとんど利益(もうけ)はないと思われる仕事の仕方である。
ビジネスの話はほんのちょこっとで、残りの時間、経験知の語りを聞かせてもらった。

私は看護や医療の世界に従事しているが、葬祭業者社は警察との関わりもあり、映画「おくりびと」の世界そのものであるらしい。
私の20年後は葬祭コーディネーターと言いながら、「私には無理かも」と思い始めた。
御巣鷹山の惨事を思い浮かべる程の語りに、「え~、葬祭業者ってそこまでが業務範囲なの?」と思った。
これから先を考えると高齢多死時代、孤独死もどんどん増えていくだろう。
見送るときには故人の尊厳を維持し、ひととして見送りたいと思う。
そのためには、葬祭業者の業務範疇になる前の段階に看護師として
健康観、人間観を養い、人生の最期に真摯に関わり続けたいと思った。
看護の分野は広くそして深いものであるとつくづく思う。

受け持ち葬祭コーディネーターさんの話を聞き、病院で死ぬだけでも「病院は看護師さんがケアして下さるからきれいです」というのに、自宅で最期を看取り、病院にいるよりももっときれいな死顔を得られた父・そして私たち家族は本当に幸せだったと思った。

知っている範囲でしか比較できないので、私たち看護師が知っている世界は本当に狭い。
ひょっとして病院にかかれることに感謝しなければならないのかもしれない。

自費出版に向けて原稿執筆を始めたが、結構時間のかかるものである。
とにかく周辺の事実確認と、登場人物への許諾、自分の思いの整理にエネルギーを要す。
しかし、この作業自体が私自身のグリーフケアなのかもしれない。

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携帯用酸素ボンベと紫煙風景

2010-06-03 05:51:15 | Weblog
特別有給休暇の延長で有給休暇を申請し、新しい生活の準備を整えている。
49日の間は父の魂が自宅にあるらしいと言う事、書類手続きに伴う事務作業のため、自宅から汽車に乗ってアパートまで毎日通っている。
これも職場復帰に向けての慣らしかもしれない。

さて、私が汽車通勤するようになったのは、父が喀血してからのことだ。
これに伴い、回数券を購入した。
在宅緩和ケア中は使用していなかったが、今、使用している分で3冊目になる。

T駅の改札をくぐると、どことなしに、初回喀血した3月頃の季節を思い出す。
あれから3カ月も経ったのだと思うと、時の経過の早いことを実感する。

今日はI駅で降りた。
携帯用酸素ボンベを引きながらトイレに入っていく男性を見かけた。
父もHOTを導入し、通院するときは携帯用酸素ボンベを引いていたなあ、と思いだした。

また、下水道工事のために交通整理をしている人が、タバコをぷか~とふかしているのを見た。
父が塩酸モルヒネ(オキシコンチン、プレペノン)を使用しているとき、夢を見ながら笑顔でぷか~とふかしていたことを思い出した。ちょっとうるっとした。

介護生活終盤から通夜、葬式と涙が枯れるまで泣いたので、最近は落ち着いている気がする。ただ、忙しいからだけなのかもしれないけれど。

知人から借りた「澪つくし」(明野照葉、文春文庫)は、ドロドロしてちょっと気味悪いが仏道に関心を向ける私にふさわしい小説である気がする。
(ちなみに、葬祭コーディネーターさんにも紹介した)
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49日のレシピ

2010-06-02 07:23:37 | Weblog
先週の日曜日だったか、NHKラジオの「著者に聞きたい本のツボ」コーナーで
「49日のレシピ」(伊吹有喜)が紹介されていた。

早速、購入したら一気読み。
さわやかな読後感だった。

「川はすべての境目だと。あの世とこの世、理想と現実、過去と未来、狂気と正気、あらゆる相反するものの境目で、川はすべてを水に流して進んでいくのだと。」(p34)

私の母は悩み事があると、海に出掛けている。
「波が全部、自分の悩みを持って行ってくれる」のだと。

川と海、水のあるところの効用は似ていると思った。
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挨拶まわり

2010-06-01 07:40:00 | Weblog
5月31日(月)、今日で特別有給休暇が終了かと思い、諸々の手続きに病院へ出掛けた。

事務手続きの書類をもらいに行くと、6月1日(火)までが特別有給休暇であることが分かった。心の整理と、引っ越し後の片づけをするために3日間の有給休暇を申請し、今週いっぱい休暇を取ることにした。
介護休暇申請の変更願い、特別有給休暇届け、有給休暇願い。

そして、お世話になった方々へのあいさつ回りに出掛けた。

院長先生
介護休暇取得を勧めていただいたことへのお礼。
そして、患者家族の立場から病院職員にお世話になったことに対する感謝の意。
「若かったんやろ」
「昭和19年生まれです」
「一緒やな」…
そうかと思っていたが、父と院長は同年齢だった。
「苦しそうやったか?」
「いえ、思っていたほどではありませんでした」
(医師の立場からなのか、他人事ではないのか…)

所属課職員、看護部長はじめ看護部の方々、呼吸器科医師、緩和ケア医師、訪問看護スタッフ、主要な方々にあいさつをした。
廊下を歩いていたら、副院長や父と直接かかわりのない医師(産業医)からも声をかけていただいた。

私の弟は、葬儀の翌日に職場や友人宅へお礼のあいさつに出掛けていた。
ちょっと出遅れた感があったが、一つの区切りができた気がする。

介護休暇からのクールダウンをしている。
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