帰ってきた赤城山の熊さん

恥ずかしながら、帰って参りました!(^_^ゞ

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オサカベ様のタタリじゃ~!(丿 ̄ο ̄)丿前橋市長壁神社

2016-10-01 10:21:00 | 日記

以前にも訪ねたことがある、前橋市の長壁神社。古い本を読んでいたら、ビックリするような伝説の場所だとわかって、もう一度行ってみることにしたンですが…これがビンゴ!(^_^)vだったんです。



鳥居をくぐると、草を刈っていたお年寄りがおられたので、例のごとくオソルオソル「アノ~つかぬことを伺いますが…コチラの神社は豊臣秀吉と関係があるとか」(^_^;)と聞いてみると、草刈りの手を止めて、まさに本の通りの伝説を語って下さいました(*^^*)

この長壁神社は、もともと姫路城の天守閣にあったもので、お城の守り神として大切にされていました。しかし、織田信長に命じられて中国地方の平定にやってきた秀吉によって、お城の隅に移され、打ち棄てられたような仕打ちを受けました。
秀吉は姫路城を出撃して、高松城を水攻めにして包囲します。そのとき、戦場に一人の老人が現れ「秀吉は長壁様を粗末にした報いによって、主君を失い、一族は絶え滅びるだろう!」と予言します。家来から、その出来事を聞いた秀吉は一笑に付しますが…その直後に信長は本能寺で討たれ、秀吉は天下人となりますが、豊臣家は徳川家康によって滅ぼされてしまいました。
このことは当時の人々の噂になり、家康は長壁神社を姫路城の天守に戻して、丁重に祭っただけでなく、松平家の守り神と定めました。このため、松平家のお城には、必ず長壁神社が建立されることになったのだそうです。
この神社も前橋城の守り神として二ノ丸にあったものを、明治維新で廃城となったので、現在の場所(群馬県庁西側の利根川畔)に移したものだとのこと。
近隣の人々は、もちろん姫路城のことは知っており、この方も真偽を確かめるべく、奥様と現地へ行かれたそうですが…残念ながら手がかりは無かったとか。。(〃_ _)σ∥
色々とお話を伺い、お礼を言って帰ろうとしたら、ぜひ見せたい物があるとのこと。ワザワザ鍵を取りに行って、お社を開けて下さいました(*^^*)

扉を開くと、中には等身大の少女くらいの大きな人形が…

この美しい女性は木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)という神様で、
このお社に祭られている三人の神様の一人なンだそうです。
見るからに立派な人形!実はコレを寄付されたのは、読売巨人軍のV9時代に「8時半の男」として名を馳せた宮田征典さんなのだそうです!(* ̄∇ ̄*)
そういえば、この辺りのご出身だったっけ…
伝説は荒唐無稽なものも多いですが、地元の方々はチャンと子孫に語り伝えているンですねぇ…( ̄ー ̄)
ワタシもあまり悪口は書かないことにしよ…タタリがあると怖いから…Ψ( ̄∇ ̄)Ψ





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