BCLとベリカードの楽しみ

海外短波放送や国内放送を聴き、放送局からいただけるベリカードなどを紹介。近頃は、自分が楽しいと思える事柄も書いています。

HCJB in Action アンデスの声(2)(1977年)

2014-06-30 | 海外局ベリカード
エクアドル・キトーからの日本語放送、HCJB「アンデスの声」のベリカードで、1977年シリーズ「HCJB in Action」の続きです。

7枚目は パパラクタにある水力発電所の、取水口にたまった泥を取り除く作業をしている様子です。


8枚目は、HCJBのニュース記者(レポーター)が、大統領? にインタビューしているところです。


9枚目は、アンテナのスイッチング装置です。

どんな装置なのでしょうか。写真からは、装置の上部分だけしか写っていませんが、世界各都市までの距離を示す表示板が天井から吊り下げられていますので、その下にあるスイッチ装置が、その方向へ電波が出せるようになっているのでしょうか。
ちなみに、東京までの距離は、7801.1マイルのようです。

10枚目は、パパラクタの水力発電機の写真です。

11枚目は、バックアップ用の新しいディーゼル発電機の搬入風景です。

12枚目は、音響コントロールルームの写真のカードですが、入手できず持っていません。
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HCJB in Action アンデスの声(1)(1977年)

2014-06-29 | 海外局ベリカード
HCJB「アンデスの声」の1977年のベリカードです。

「HCJB in Action」というシリーズで、HCJBの放送を支える局スタッフや関連施設などの写真です。
これまでと違って、毎月1枚ずつの発行となりましたが、白黒、白紺のモノカラー写真で、初めの方のカードには、HCJBマーク、写真説明が入っていませんので、ちょっと統一感がありません。

1枚目は 地球を両手で包み込むデザインの、HCJB新シンボルマークになっています。


2枚目は、上空から見た、たぶん、ピフォ送信所のアンテナ群でしょう。航空写真をそのままカードに使った感じです。


3枚目も、アンテナタワーです。

4枚目は、100kw送信機のチューニングをする技術スタッフの写真です。
マークと簡単な説明、また、77dと、年と発行順を示す記号が写真に入るようになりました。

5枚目は、ディーゼル自家発電機の整備をする技術スタッフです。

6枚目は、49メーターバンドの送信機の装置を調整する技術スタッフの写真です。

日本向けには、31や25メーターバンドの周波数が使われていましたので、これは、エクアドル国内や南米向けの放送に使われていた送信機なのでしょう。
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トルコから Voice of Turkey (2) (2009-2010年)

2014-06-28 | 海外局ベリカード
「トルコの声」の英語放送を聴いていただいたベリカードの続きです。

イスタンブール・ボスポラス海峡で行われているヨットレースの写真で、2009年にいただいたものです。

「ボスポラス海峡カップ」という、ヨットイベントが有名なようです。

ヨットの背景には、ヨーロッパとアジアを結んでいる全長 1.5kmの吊り橋・ボスポラス大橋が見えています。

同じ年のは、南西部のダトチャ半島沖の海底遺跡の写真です。

7~8世紀頃のビザンチン (東ローマ帝国) 時代の、ワインやオリーブ油が入れられていたアンフィラ (壷)などの遺物が海底に眠っているようです。
最近では、こうした海に沈んだ遺跡も「水中考古学」によって、解き明かされるようになってきました。

2010年のは、シルケジ駅の旧駅舎の写真です。
イスタンブールのヨーロッパ側にあるトルコ国鉄のターミナル駅で、オリエント急行の終着駅となっています。

もう1つの、ハイダルパシャ駅です。
宮殿のような外観で、イスタンブールのアナトリア側にあり、海に突き出すような埋立地に建てられています。ここは、東方面行き列車が発着しているターミナル駅だそうです。
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トルコから Voice of Turkey (1) (2007-2008年)

2014-06-27 | 海外局ベリカード
Voice of Turkey「トルコの声」の英語放送を聴いていただいたベリカードです。
最近は、聴いたことがないので、少し前のです。

パッと見て、何だ! これは? と思った1988年のカードです。
場違いなところに、場違いな季節に、赤い帽子と赤い服を着た白いヒゲ面の、なじみのある顔の男性… サンタクロースがいます。あわてんぼう、なのか?

実は、サンタクロースの起源はトルコに実在した人物、セント・ニコラウスだと言われていて、彼は4世紀頃の東ローマ帝国の司教でした。

貧しくて困っている子供たちに金貨を与えたという話が、その後、クリスマスに靴下を下げておくと、サンタクロースが煙突から入って 贈物を入れてくれる、という習慣に生まれ変わったとされています。
さらに、サンタクロースの赤い服や、トナカイが引くソリに乗ってやってくる、などという、まことしやかな話も、後世の人たちが考え出したそうです。
心温まるセント・ニコラウスの行為が、だれしもが持っている助け合い精神と相まって、さまざまに形を変えた伝説となり、何世紀も続いてきていますので、さらに、今後もずっと続いていくことでしょう。

その後、かなりたった2007年のは、古びた感じの、軍人のポートレートのカードです。
オスマン帝国の将軍であり、トルコ独立戦争とトルコ革命の指導者で、トルコ共和国の初代大統領となった、ムスタファ・ケマル・アタテュルクの写真が使われています。

「アタテュルク」は尊称で、「建国の父」と慕われています。

もう1枚は、トルコは共和制を宣言した1923年10月29日を建国日としていて、その日を祝う軍人パレードの様子です。



2008年のは、ちょっとギョッとする、ペリカンの頭部のド・アップ写真です。


イズミール郊外のチャマルトゥという海岸沿いの海水湿地は、「イズミール・バード・パラダイス」として繁殖地が保護され、フラミンゴやペリカンなど多種の鳥が生息し、観察できるところだそうです。
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ABU国際災害救援特別放送 NHK World Radio Japan (2014年)

2014-06-26 | 国内局ベリカード
一昨日に続き、もう1つ、「NHKワールド・ラジオ日本」(Radio Japan) です。

インドネシア・ジャカルタで開催されたABU (アジア太平洋放送連合) の「気候変動や災害軽減に関するメディア・サミット」に合わせて、「NHKワールド・ラジオ日本」が実施したテスト短波放送を聴いて、いただいた礼状です。

この国際災害救援特別放送プロジェクトは、6月5-6日にかけて、RJをはじめ、BBC、VOA、R. Australia、AIR、KTWRなど12局が参加しました。

RJは、英語とインドネシア語の番組でした。受信レポートを送ってみましたが、やはり、ベリカードは発行されませんでした。
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昔の町屋 ならどっとFM (2013年)

2014-06-25 | 国内局ベリカード
奈良市の「奈良シティエフエムコミュニケーションズ」が運営する、コミュニティFM局「ならどっとFM」からいただいた、新しい写真カードです。

伝統的町並みが残る、ならまち地区の古い町家を、局舎として利用しています。


前のカードも町屋の写真で、両方のベリカードには、名前が不明 (名前がまだない?) のキャラクターが登場しています。


※    ※    ※

さて、いよいよ、国内局のベリカードの手持ちがなくなってきました。
また、紹介できる外国局のも、日本語放送局のベリカードぐらいになってきました。

もう一度、いろんな局を聴いて、新しいベリカードをいただくか、はたまた、古いカードを違う切り口で採り上げるか、または、放送局からいただいたベリカード以外の何か、を紹介するしかなくなってきました。

このブログのタイトルは、「BCLとベリカードの楽しみ」ですが、ベリカード中心で、BCLのラジオや受信機、アンテナ、世界のDX局といった情報にはくわしくありませんので、書くネタも少なくなって、ずっと続けてきた毎日更新も、いずれ中断しそうです。
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タイ向け臨時放送 NHK World Radio Japan (2014年)

2014-06-24 | 国内局ベリカード
日本の海外向け短波放送局「NHKワールド・ラジオ日本」(Radio Japan) の、タイ向け臨時放送を聴いていただいたサンキューカードです。



昨年秋から政治的デモが頻発し、混乱がずっと続いていたタイでは、この5月22日に国軍がクーデターを起こし、軍部が全権を掌握しました。

これにあわせて、RJが、現地在留の日本人や旅行者に適切な情報を提供するとして、5月23日午後4時からタイ向けに臨時24時間放送を始めました。

7225, 9560, 11815, 13650, 13680, 17585, 17810kHzを使い分けながらの、八俣送信所からの放送は、「ラジオ第一」の同時放送で、海外安全情報を入れたりして、タイ向け臨時放送であるアナウンスをしていました。

国内での受信レポートに対して、RJでは、ベリカードを発行しないことになっていますが、ここ5年ほど聴いたことがなかったので、ダメもとでレポートを送ってみました。

その結果、サンキューカードと礼状をいただきました。


その後は、タイの情勢もある程度の平静を保っているようで、臨時放送は6月18日でもって終了したそうです。
タイでのクーデターは、1932年の立憲革命以降でも未遂を含めて25回ほど起きている、ということですので、国の混乱をしずめる唯一の常習的手段なのでしょうか。
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北朝鮮向け短波放送 しおかぜ (2005・2008年)

2014-06-23 | 国内局ベリカード
「しおかぜ」は、北朝鮮に向けて行っている短波放送で、日本の民間団体である「特定失踪者問題調査会」が、2005年10月30日 (実際の放送は1時間遅れで10月31日00:30-01:00JST) から始まったそうです。

放送開始直後の11月、どんなものかと聴いてみました。この時は、北朝鮮に拉致や、拉致された可能性がある失踪者の名前を読み上げる内容でした。

ブルーリボンが描かれたサンキューカードは、会に1000円以上のカンパをすると、いただける仕組みです。COMJANとは、特定失踪者問題調査会の英語訳、「Investigation Commission on Missing Japanese Probably Related to North Korea」の略称のようです。



当初の放送は、英国の放送配信会社「VTコミュニケーションズ」に委託され、第三国の送信施設から放送されていて、うわさでは、ロシア(イルクーツクかハバロフスク)からではと言われていました。

その後は、第三国ではなく、日本の八俣送信所からの放送に変更されました。

もう1枚は、2008年の時のものです。



コールサインの「JSR」と、朝晩2回、全波国内からの発信が始まったことが書かれています。

このほか、2007年7月9日からは、日本政府運営の拉致被害者向け放送として、日本語による「ふるさとの風」と、朝鮮語による「イルボネパラム」(日本の風)が開始されました。
番組でアナウンスしているEメールアドレスに受信レポート送ると、ベリレターがいただけるとのことですが、まだ、聴いたことがありません。

これらの放送が、一刻も早く終了できる日が来るのかどうか。ようやく、北朝鮮が拉致被害者を含む日本人の安否調査を約束したことで、これからの動きにかかっています。
まあ、調査すると言っても、閉鎖的な社会の北朝鮮では、すでに日本人拉致被害者の居所や状況を把握している、と思っても間違いないのでは。

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1970年頃の番組表 北京放送

2014-06-22 | BCLアラカルト
北京放送からいただいた、1970年頃の番組表などを採り上げてみました。

受信報告書を送ると、ベリカードではなく、このような絵ハガキ利用のサンキューカードが届きました。


裏面は、革命の聖地・延安の風景です。山腹には、洞窟住居もあるようですので、日中戦争中に日本語放送を始めたという「延安新華広播電台」も、このようなところにあったのでしょう。

さらに、北京放送についての説明文のカードもありました。

はしょると、「よい放送にするよう努力し、… 宣伝しています」と、ちゃんと宣伝放送だとうたっています。

真実を伝えるのが方針といわれているマスメディアも、実際に真実のように装っているウソ記事は多いので、かえってこのような言い方 (宣伝・プロパガンダです) のほうが、誠実なのかもと思ったりします。

放送時間と周波数が載っているカードです。


写真面は、「赤軍女性中隊」という、革命的現代バレエの一場面です。

1週間の番組表もありました。

写真面は、北京の「天安門」の早朝風景です。
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日本語放送開始記念カード(2) 北京放送局 (1987-1989年)

2014-06-21 | 海外局ベリカード
グダグタ話になって終わってしまった、昨日の続きです。

「北京放送局」日本語放送開設記念ベリカードで、1980年代後半のです。

1987年の38周年カードは、金魚の写真です。
タイトル文字は、中国の書家が描いたようです。 


なぜ、金魚なのかと思いましたが、フナの変異種である金魚は、中国が原産地です。写真を見た感じでは、頭の部分がコブコブしているので、「オランダシシガシラ」のようで、この品種は、江戸時代の寛政年間に琉球を経て、長崎に渡来したのだそうです。

1988年の39周年のは、菊の花を植え込んで造った巨大な龍の飾り物です。


さしづめ、日本なら菊人形といったところ。この年は辰年でしたので、それにちなんで、龍が採り上げられたのでしょう。

1989年の 40周年のは、梅と桜の花のデザインになっています。中国と日本の国をイメージしているのでしょう。


さて、日本語放送の開始日についてですが、
1949年以前の、日中戦争中に日本語での放送があったことを覚えている関係者がいて、中国共産党による最初の放送局・延安新華広播電台(New Chinese Radio、XNCR)ではなかったのか、という疑問があったようです。
1992年頃? に行われた調査によって、当時のアナウンサーであった原清志(日本名・原清子)さんが生存していることがわかり、そうだったと判明したのだそうです。

日本に留学していた中国人男性と結婚して中国に渡った原さんによる、当時の放送は週1回、ヤオトン(洞窟住居)からで、中国戦線の日本兵に戦いを止めるように呼びかけたり、捕虜収容所に収容されている日本兵向けだったといわれています。

そんなことで、CRIの放送開始日はさらに遡ることになり、1941年12月3日から、とされるようになりました。

ただ、確かに日本語という外国語を使った放送がされていたのでしょうが、それが海外向けの国際放送だと言えるのかどうか、です。外国において受信されることを目的とする放送が国際放送、と定義するなら、日本などで受信された記録があるのかが、気になるところです。
短波を使っていたという話なので、まあ、可能性はあるのかもしれませんが、戦時中、日本国民は短波ラジオを持つことを禁止されていて、外国からの放送が自由に聴けなかったそうなので、そこのところはどうなのでしょう。

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日本語放送開始記念カード(1) 北京放送局 (1983-1986年)

2014-06-20 | 海外局ベリカード
「北京放送局」(Radio Beijing)と言っていた頃、1980年代の日本語放送を聴いていただいたベリカードです。

「北京放送局」は、1993年1月1日から「中国国際放送局」(China Radio International) と局名を変えました。

そのCRIですが、2011年12月3日に開局70周年を迎えました。遡れば、70年前の1941年12月3日に放送が始まったことになります。
また、同時に、それは日本語による放送でしたので、日本語放送開始70周年にもあたります。

しかし、以前、1980年代は、日本語放送開始日は1949年6月20日とされていて、それにあわせて、毎年、記念のベリカードが発行されていました。

この日というのは、どうやら北京(当時、北平と呼ばれていた)にあった北平新華広播電台から、日本語放送を始めた時点を根拠としていたようです。

というわけで、6月20日を開始日とされていた頃の記念カードです。

1983年の、日本語放送開始34周年は、日本語部スタッフが集合した写真です。金文字印刷 (スキャンで文字が黒色になってしまいました) で、縦に細長いカードです。



1984年の35周年のは、復興門外大通りにあった旧北京放送庁舎の夜景で、建物外観はイルミネーションで美しく飾られ、輝いています。これも、金文字が使われています。


1985年の36周年のは、オリーブの枝をくわえるハトと地球のイラストです。

1986年の37周年のも、オリーブの枝をくわえるハトを持つ女性と、背景はハトが飛んでいる万里の長城のイラストになっています。このカードには、PEACEの文字が書かれています。


さて、記念カードですが、最初の2年は局関連、次の2年は、平和がテーマになっています。とくに、オリーブの枝をくわえた白いハトは、平和の象徴とされて、使われています。

話があちこちに飛びますが、
旧約聖書「創世記」の中で、ノアの方舟が洪水にあった時、陸地が再びあらわれたかどうかを知るために、ノアは方舟からハトを放ちます。
2度目に放った時、オリーブの若枝を持ちかえり、これによって洪水が終わり、平和がもたらされたことを知る話があります。どうやら、これが、古代ギリシャ・ローマ時代から、ハトとオリーブは平和の象徴として用いられるようになったようです。

さらに、これが世界に広まったのは、1949年パリ国際平和擁護会議で、ピカソのデザインによるハトのポスターが作られたからだそうです。

ところで、家の近くの公園のクスノキに、カラスが枯れ枝をくわえてきて、巣を作っています。平和な光景に見えますが、黒いカラスとクスノキの枝は、平和の象徴にはなっていませんし、なりそうにもありません。

「創世記」では、ノアは外の様子を探るために、ハトに先立ち、まず、カラスを放ちます。しかし、カラスはあちらこちらを飛びまわるだけでした。ハトの偉大な功績により、先発カラスのエピソードは忘れられてしまったようです。

白いハトは、平和の象徴にされてしまっています。
では、ハト、オリーブ、ピースから、連想するものは…?  「タバコ」と答える人は、今では少なくなったのではないでしょうか。
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アジア中継局 BBC (2008年)

2014-06-19 | 海外局ベリカード
「BBC」の、タイにあるナコーン・サワン(Nakhon Sawan)送信所の、2008年のベリカードです。

ここは、アジア中継局 (Asia Relay Station)と言うようです。
1996年に廃止した香港・東アジア中継局に代わる局として、アジア地域に向けた放送が行われています。

ベリカードは、送信所のアンテナ塔上から撮った写真が使われています。


ロンドンのBBC本部では、ベリカードを発行しないことになっていますので、この送信所に受信レポートを送り、独自に作られたカードをいただきました。
この後は、レスポンスがありません。

カードで目についたのは、さすが伝統あるイギリス、この時点においても、時刻表示はUTCではなく、GMT(グリニッジ標準時)が使われていることです。
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東アジア中継局 BBC (1987・1996年)

2014-06-18 | 海外局ベリカード
「BBC」(英国放送協会)の、東アジア中継局からの放送開始を記念したベリカードです。中継局は、香港・新界の屯門(とんもん)に開設されました。

1987年に日本語放送を聴いていただいたもので、ロンドンの海外向け放送本部の建物・通称ブッシュハウスと、新局のアンテナ写真になっている、日本語課作成のカードです。
   

その後、ここから放送していた日本語放送は、1991年3月で廃止となりました。

さらに、1997年7月には、香港の主権がイギリスから中国に返還されることになりましたので、東アジア中継局は、1996年11月には閉局することが決まりました。

それまでにと、1996年5月に聴いていただいた、市販の絵ハガキ利用のベリカードです。

  
香港・黄金海岸(ゴールドコースト) のマリーナ併設のショッピングモールの写真です。
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グリーンポケット FM小国 (2004年)

2014-06-17 | 国内局ベリカード
熊本県阿蘇郡小国町(おぐにまち)にある、コミュニティFM局「FM小国」です。

阿蘇の外輪山・大観峰(だいかんぼう)で受信しました。ここは、阿蘇谷や阿蘇五岳をはじめ、九重連山を一望できる雄大な景色が楽しめる、見晴らしの良いところです。

愛称は「FMグリーンポケット」 町域の約8割は山林という緑豊かな自然、山間地形の複雑な所に多い気流の隙間のエアポケット、また、ドラえもんのポケットのように楽しめるように… と名付けられたようです。


ラジオカーの写真のカードで、ハガキより少し小型サイズになっていて、珍しくラミネート加工がされています。
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変わらないカード FM大分 (1995・2014年)

2014-06-16 | 国内局ベリカード
「FM大分」の、キャッチフレーズは「AIR RADIO FM88」 いつでも、ここちよい空気のようなラジオにと、「エア・レディオ」というようです。
 
ベリカードも、AIR RADIOの文字を使って描かれた人物風のデザインです。


初めて聴いて、いただいたのが1995年。2枚目は、最近のです。


この間、ずっと同じカードですが、表面は、中継局が1局増え、郵便番号が7桁化、電話番号などが変わったようで、上から訂正した紙が貼られています。

通し番号が振られています。それによると、1990年開局からの発行だとすると1995年までは1500あまり、年平均にすると受信レポート数は300通あまり。その後の19年間では、130あまりの増加なので、年平均7通となります。極端にレポートが減少しています。

どれぐらい、カードが印刷されているのかわかりませんが、このままだと、このデザインはずっと変わらないことになるのかも、と思ったりします。
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