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夏休みの中津川

2017-08-10 20:53:13 | 懐かしの盛岡
1.夏休みの中津川

小学校の時代の夏は今よりもっと暑かった。長屋住まいの我が家は、とたんぶきの屋根に軽い天井が付いている程度で、今の住宅みたいな断熱材もなく、暑さがもろに伝わり夜まで寝苦しかった。家の中には一切、暑さ対策はない。あるのはウチワだけであった。食べ物で涼しいものは「アイスキャンデー」「かき氷」、たまに食べるスイカとキンカ(メロンのようなもの)であった。
 そんな夏の最大の楽しみは中津川での川遊びである。毎日のように川に出かけた。出かける時間は毎日決まっている。家の前に出ていると子供たちが集まってくる。同じ年のころの子供は5~6人はいた。みんなゴムサンダルをはき、タオルをぶら下げやってくる。水泳パンツなどは持っている子供はいない。家にいる内に手拭いとバンドでふんどし状にして準備してくる。
 ぞろぞろ歩いて、10分もかからないで、中ノ橋と愛宕山下のバイパスの橋の中ほどに、川留稲荷神社があり、その辺りが仮設水泳場であった。当時学校にプールがあるのは市内で2~3校で大抵の学校は市内の川に作られた仮設水泳場で遊んだ。中津川だけでも、岩手公園横、川留稲荷神社横、山岸製材所横に夏の間だけ設置された。仮設の水泳場とは川を砂を入れた俵でせきとめる方法で、俵を3段4段積み重ねるため、杭を打ち少々の雨では崩れないようになっていた。川の堰き止め幅は20m、長さは50mはあったと思う。留めた上流の水深は、深い所でも子供の胸の丈程度であり、岸に近い所は幼児でも遊べる状態であった。危険防止のための監視員を見かけたことはなかった。
 川では浮いて流されれば楽しく、正式な泳ぎを覚えようとはしなかった。水の中でふざけあっているのが楽しかった。少し涼しい時は、唇を青くしてでも遊んだ。冷えた体を河原の石を下に寝転がると幾分温まった。後に社会人になってからプールに行ったが、本格的水泳はできず、潜水泳法と平泳ぎ少ししかできなかった。
 川で泳がない日は、川魚突きをする。木の枠にガラスをはめたガラス箱と、鉄で出来たヤス、獲物を入れるハキゴと弁当を持って出かける。仮設水泳場から上流に向かってカジカ突きを始める。ガラス箱で川の中を覗き、コッペパン以上の石を静かにお越しカジカが隠れているのを探す。カジカは石を取り除かれたのに気づかず川の流れに背びれを揺らしてじっとしている。それを持って行ったヤスでひと突きにするのである。大きめの石を探して、岩を起こしカジカを探しの繰り返しで、1時間も2時間も上流へ上流へと進むのである。大抵中津川が米内川と合流する手前で腹が減ったり疲れで帰ることになる。ハキゴのカジカをからになった弁当にあけると、弁当箱一杯くらいになった。一日、背を曲げて夢中になってカジカ採りをしており、帰り道の下小路の通りは真っすぐですごく長く嫌になったものである。家に帰れば、お袋に褒められた。「よーく採ってきた。とっちゃんも喜ぶよ」と言われ、そのカジカは、夕方の父の晩酌のつまみになることが多かった。採ってきた我々もカジカを焼いて食べたが、おいしい魚であった。
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