記憶に残る日々

色んなとこに書き散らした文章をまとめるとともに、新しい話題も書き下ろしてます☆
記憶を深く掘りおこしつつ書いています。

細切れの時代において…

2012-01-12 16:38:15 | 東京暮らし
デジタルの時代が到来し、広い意味でのメディアの細切れが生じてから、しばらく経つ。ニュースはテレビで見るものから、PCのヤフトピや各種ニュースで拾うものへ。音楽は、アルバム買いするものから、itunesに代表されるように、1曲単位で楽しむものへと、ぶつ切りされた。映像は、映画館で観るものから、TSUTAYAやゲオで借りるDVDで観るものへ、さらに細切れのYouTube、ニコニコ動画で観る(発信する)ものへと移行している。書籍は、日本では紙の書籍が緩やかに凋落しており、他方電子書籍は(携帯コミック以外は)隆盛しているとはいいがたい。さらに、これらのメディアを横断的に捉えるものとして、ブログといった発信メディア、ツイッターやFacebookといったソーシャルメディアが隆盛している。

このような時代の流れは止められないが、あえて各メディアがアルバム等の「作品パッケージ」(最小単位にぶつ切りされる前の作品)の「全体性」をアピールするためにはどうすればいいだろうか。音楽でいえば、アルバムの代表曲1曲をitunesで購入してもらうのではなく、アルバムを買ってもらうにはどうすれば?書籍を今後も買ってもらうためには?

ひとつの答えとして、作品のぶつ切り単位での完成度を維持しながら、作品パッケージ全体が1つの世界観を持つようにするという方法があるだろう。それも、(音楽でありがちな)曖昧なイメージのものではなく、強度を持った世界観。特殊な事例かも知れないが、例えば、Sound Horizonなんかは、アルバム「Moira」や「Marchen」において、1曲1曲としての完成度を保ちつつ、全体として物語を形成する曲づくりを行っている。また、伊坂幸太郎や森見登美彦は、小説「チルドレン」や「夜は短し歩けよ乙女」において、ぶつ切り短編間に内容の関連性を持たせ、いくつかの関連する短編で文庫本1冊を完成させている。さらに両作家においては、複数の作品パッケージにおいても、登場人物やテーマの緩やかな関連性を持たせている(シリーズものというよりは、複数の作品で世界が形作られているというのに近い)。

他のアプローチとしては、作品パッケージに、DVDや握手券、ライブ優先申し込み権等のおまけをつけるという手法もある。これは、内容で勝負するというよりは、抱きあわせを行うものなので、適不適があるだろう。

細切れの時代においては、その流れに沿う方向も、それに抗う方向もありえ、上記では後者からのアプローチの例について述べたが、現在進行中のメディア業界の勢力図塗り替えは、この時代の流れにどう対処するかにもかかっているのだろう。
ジャンル:
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キーワード
森見登美彦 夜は短し歩けよ乙女 伊坂幸太郎 ソーシャルメディア 携帯コミック ニコニコ動画
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