記憶に残る日々

色んなとこに書き散らした文章をまとめるとともに、新しい話題も書き下ろしてます☆
記憶を深く掘りおこしつつ書いています。

海外携行リスト

2011-04-20 18:44:20 | 一人旅記録
短期海外旅行の携行品リスト。

MUST
□ 貴重品入れ(首下げ財布等)
□ パスポート(パスポートNO       発行年月日       有効年月日       )
□ パスポートのコピー
□ 予備顔写真2枚
□ クレジットカード(カード会社名         NO         連絡先         )
□ 日本円
□ 現地通貨
□ 航空券
□ 緊急連絡先リスト
□ 旅行日程表・ホテル所在地等情報
□ メガネ予備

NEED
□ メインバッグ、サブバッグ、ビニール袋
□ 携帯、財布(マイレージカードその他上記MUSTの物含む)、家の鍵、腕時計等、普段身に付けているもの
□ 着替え(上着・下着)、パジャマ(※アメニティに記載なし)
□ 雨具(パーカーで兼用する手も)
□ タオル・ティッシュ(※バスタオル等、アメニティに記載なし)
□ 地図・ガイドブック
□ ボールペン・メモ帳
□ 文庫本等
□ 電源プラグ


TO BE DISCUSSED
□ 海外旅行保険?(不要では)
□ デジカメ?(携帯で代用できるのでは)
□ スリッパ?(不要では)

TO BE NOTED
□ 携帯の設定
□ 日本の風評を調べておくこと
Comment (0) |  Trackback (0) | 

'09 総括-2 旅

2009-12-27 20:47:01 | 一人旅記録
 今年は海外旅行に行かなかった代わりに、国内旅行は結構行ったと思う(JTBの「たびちょこ」とかを片手に)。年の後半は少し鉄ちゃん化していたといううわさもある…。それにもましてサイクリングや水泳頑張ったけど、今回は東京を出た旅行(サイクリング除く)について、記憶のおよぶ限りで、場所と感想を。。(◎:何度でも行きたい、○:また行きたい、△:1回行けばいい、×:行かなくても…)BGMは、GLAYの懐かしい時代を彩るアルバム、『BEAT OUT!』と『BE LOVED』。

1. 宇都宮:○〜△:もちろん餃子ね♪前年の富士宮焼きそばに引き続きB級グルメの旅。餃子好きなんで満足♪駅近に餃子店が集合しているフードコート的なところがあって、それはどうかと思う…

2. どっかの酵素風呂:○〜△:多分静岡の妙楽湯とか何とかいうとこだった気が…ただあまり覚えていない。掘った穴に埋められて、20分…べとべとした汗だか毒素だかが出まくって、ぐったりして頭痛もしたよ。ただ、翌日はお肌がつるつるになった…気がする。

3. 沖縄:本島以外なら○:有名な観光地は一通り行った気がする。一番おいしかったものは?沖縄そば…と見せかけつつ、独特な香りと味のするフーチバージューシー(よもぎおかゆ??)。今度行くなら那覇以外、できれば本島以外だな〜

4. 香川:△:夜行バスに揺られて行った香川では、うどんめぐり。うまい!ただし、某製麺所は何もかもがおいしくなかった。真夏の中、琴平のコンピラにひたすらのぼってきました。

5. 神戸、大阪:○〜△:↑の高松からフェリーに乗って一路神戸へ。旧居留地に泊まって元町あたりの中華街で食べ歩き。肉まんを焼いたような、でもピロシキとは違うようなのが超うまかった!そっから大阪は難波にたこ焼き食べに☆

6. 京都:◎:前に書いたとおり何度行ってもいい。観光客を飽きさせない魅力がこの都市にはあるね。前には書かなかったけど、電車とケーブルカーを使って延暦寺に登り、そこから下山してくるのもいいなぁ。

7. 足尾:×:何を思ったか、わたらせ渓谷鉄道という鬼のように電車の回数が「薄い」ローカル線で。足尾銅山を見学した記憶よりも、暗い駅舎の中、電車を待つ時間を使ってDSでドラクエ9をやってた記憶が強い(笑 あ、途中のどっかのラーメン屋(記憶があいまい)は地元のチェーンだったけどうまかった記憶が。

8. 銚子:△:東京駅からバス、銚子から銚子電鉄に乗って、海を見に行った。回転寿司屋で、深さでは金目鯛を上回る深海魚「あぶらぼうず」を食べた。美味。

9. 鋸山:△:内房線に乗って、さらに鋸山ロープウェーに乗って。「地獄のぞき」と日本一大きい大仏は、話のタネにはなる。

10. 大洗:△:那珂湊の魚市場。まで、大洗で借りた旧式ママチャリを必死でこいで行った(笑 魚市場の海鮮丼はさすがにうまかった。

11. 箱根:○〜△:ポーラ美術館とかね。意外と小さかった。今度行くとしたら、ロープウェイに乗って大涌谷散歩か、(あまり箱根関係ないけど)買い物への情熱が出まくったときに御殿場のアウトレットかな。

 やっぱ京都が一番かなぁ。無謀な旅から得た教訓は…路線が「薄い」無謀なローカル列車に乗って旅する時は、時間に余裕をもって行きましょう(笑 2010年もいろいろ旅しようと。北海道も行きたいし、黒川温泉も行きたいし、海外も行きたい。
Comment (0) |  Trackback (0) | 

ケンブリッジメモ-2/持ってったもの

2009-11-10 20:40:03 | 一人旅記録
すでにケンブリッジ語学研修(1か月ばかり)に行ってから1年以上たってたりするけど、その研修に持ってったものとその重要性をまとめたものをアップします。ポイントは、スーツケースが小さいため(「1週間の滞在でお土産が多くないなら」用のスーツケース。実際はステイ先では1週間ごとに少しずつ洗濯してもらってたものの計5週間の旅)、持ち物を絞り込まなきゃならなかったこと。そうじゃなくても旅は身軽に、ってね。このリストは、将来役立つかもしれません。役立たないかもしれません。

◎最重要
パスポート、航空機搭乗eチケットレシート、現金(一万円および多少のポンド)、クレジットカード、家の鍵、衣服(最小限)、スーツケース(小さめ、少々シールつき)、肩掛けハンドバッグ×2、留学関連で事前にもらった資料(海外旅行保険証含む)、時計
 下着は(一人旅のため)昔買ったのとかを不足するぐらいの最小限(今回の場合ほんの4、5日分!)持って行き、足りない分は現地のGAPとかで調達し、帰りにお土産とかでスーツケースがぎゅうぎゅうの場合は少し置いて(捨てて)きました。肩掛けハンドバッグは、悲しいことに1つチャックがぶっ壊れました。。2つ持って行っていることの慧眼さ!?

○役立ったもしくは持ってってよかったもの
携帯(全世界対応。説明書含む)および充電器(電圧対応専用版)、健康保険証(微妙ですが防犯目的)、銀行カード(微妙ですが防犯目的)、家の鍵のスペア、替えメガネ×2、イギリスとパリの観光ガイドブック、筆記用具(ペン赤青黒各1、2本+シャーペン+替えシャー芯)およびノート、ドライヤー(借りたのが電圧対応)、デジカメと充電器(電圧対応)、コード変換プラグ(電圧変換ではない。携帯充電、ドライヤー、デジカメ充電に使用。一個で各国のプラグに対応できるすぐれもの)、(途中からですが)滞在ホテルに関するメールプリント(場所情報・支払情報含む)、パスポートのコピーおよび写真の控え(微妙ですが紛失対策)、栞(しおり=ブックマーク)、現地の人との事前のやり取りメール、爪切り、(現地でもらったけど)ローカルバスの時刻表、折りたたみ傘(やばい、適切な日本語を忘れてる…)、タオル×1(ステイ先風呂用)、(微妙だけど)ハンカチや簡易タオル、耳かき、iPodおよび充電器(ただし学校が厳しかったためこっそりしか充電できなかった)、風邪薬(念のため)

△あまり役立たなかったもの
マフラーおよび手袋(耐えられた)、T/C(50×5=250ユーロ分。控え含む。トラベラーズチェックはレストランとか使えないとこ多し)、ケンブリッジの現地地図(学校からもらいました)、電子辞書(なくても英英辞書で対応できるため途中から持っていかなくなった)、デジカメユーザーガイド(読もうと思ったけどあまり読まなかった)、スーツケースのタグ(取り付けられなかった)、圧縮袋(圧縮されてるかよくわからなかった。厚手のセーターとか空気を取り込みやすいもののみ入れるべきなのかもね)、デジカメの写真をPCに取り込むためのコネクタ(誰もそんなことしてなかったので)、お土産(結局渡す機会なく…)

●持ってかなかったが、持ってった方がよかったもの
PSPおよびモンハン(ヒマつぶし。ただし電圧問題はノーチェック)
Comment (0) |  Trackback (0) | 

京都旅行

2009-08-29 15:44:04 | 一人旅記録
(1) 京都旅行2009夏(8/20〜22)

・ いつもの旅館に泊まった。今回もおかみさんと楽しくおしゃべりができた。二泊目の夜に、鱧のおとし(鱧は骨の少なめなウナギみたいので白身、おとしとは茹でたもの)、うおぞうめん(魚で作ったそうめん。激ウマ)、まんがんじとじゃこの炒め物(まんがんじは京都ではししとうのこと)辺りの豪華な食事を作ってくれた。
・ 初日の昼は餃子の王将祇園八坂店。キム玉セット激ウマ。いつも行く建仁寺では、風雷神、双龍とともに、龍が屏風に描かれたものも公開されていた。銀閣はまだ修繕中、知恩院は印象に残らず。ひさごの親子丼は相変わらずうまい。夜大覚寺の宵弘法なるものに行ったが時間がもったいなかった。
・ 二日目は朝いつもの慣習で清水寺に行った。午前は東寺で骨董市が開かれていたが、ひどかった。午後からバスで嵐山・松尾大社方面に行き、鈴虫寺で鈴虫説法を聴いた(面白い。ただし休日は行列ができるらしい)。時間が余りそうだったので、渡月橋経由で嵯峨トロッコに乗る。一人客少なかったが、すいていたのでよかった。休日とか、紅葉・桜のシーズンは激混みらしい。夜はご飯を食べてからぶらっと鴨川・宮川町辺りを歩く。途中で悪縁を切り、良縁を結ぶ寺をのぞくが、夜ということで怖さがあり、恨みつらみの書かれた絵馬を見ることさえできなかった。
・ 三日目は、朝ご飯を食べた後、南無阿弥陀仏を吐き出す空也上人のいる六波羅密寺に。説法を聞き、宝物殿?へ。空也もいいけど、閻魔大王や、薬師如来と四天王もいいねぇ。その後夜予定があったので、一路東京に帰りました。

(2) 京都旅格言

・ 京都旅行は、市バス路線図(観光案内所でもらおう)と地図と寺・店の営業時間があれば事足りる。重いガイドブックは観光の妨げになる。
・ ホテルに泊まるのではなく旅館の女将さんと仲良くなっていろいろな情報を教えてもらおう。女将さんとのおしゃべりも旅の楽しみの一つだ。
・ 京都は寺や歴史的な建造物が多いが、こういうものに興味の薄い若者は多い。でもそういう人でも楽しめる。
・ おしゃべりな住職のいる寺はいい。説法を堪能して京都についての造詣を深めよう。
・ 時間が限られている場合には、観光する場所を、寺や名所が凝縮されている東山周辺に絞ろう。バスの206系統や207系統を使いこなそう。
・ 何はなくとも建仁寺(祇園近くにある)。風雷神屏風、龍図、火水風をイメージした庭はファンタジー的世界だ。
祇園に来たのに、つじりをスルーして餃子の王将に行こう。京都は王将発祥の地、店舗限定メニューもある。
・ 東山安井辺りにあるひさごでは親子丼を食べよう。とろとろの親子丼に山椒の風味が食欲をそそる。
・ 夜は鴨川を散歩。宮川町の辺りでは、お茶屋を外から眺めながらぶらぶら歩き、たまにまいこさんを見かけて楽しもう。

(3) 次回京都旅行プラン

・ 2泊でもいいが、のんびりしたいなら3泊あればベター(3泊あれば丸2日は動くことができ、たとえば下記の鞍馬・貴船で1日、自転車で1日というプランが組める)。
・ 季節の料理を食べたければ(そうでなくても晩御飯とかは)、旅館に相談しておけば、京都を食の観点からも楽しめるだろう。
・ エリアとしてまだ行ってないのは鞍馬・貴船。最近料亭の呼び込みばかりではしたないところになっているという意見もあるが、一回は行ってみたい。どこぞの惑星からやってきたという魔王もいるらしい。
・ 2010年3月に修理が完成したら、銀閣に行きたい(金閣もセットで行ってもいい)。建仁寺には何度でも行きたい。住職が面白い話をしてくれる寺を事前に探していくのもいい。
・ 涼しい晴れの日には京都を自転車で回りたい。京都の市街地は意外と狭く、自転車で回ってみたらまた何か別の発見があるかもしれない(自転車は旅館に手配してもらうようにしておく)。
Comment (0) |  Trackback (0) | 

ケンブリッジメモ/バス

2009-03-03 22:27:28 | 一人旅記録
 最近週に3回ほど飲みに行ってるため、ブログやゲームに費やせる時間があまりなく…昨年10月にケンブリッジに語学研修に行った時に向こうのネットカフェで書いたメモ・その1を転載しま〜す。手抜きでごめんあそばせ★(文章微調整時のBGMは、今日発売?のGLAY『SAY YOUR DREAM』で♪)

=========================

 英語での授業&生活でへろへろになっている今日この頃。ケンブリッジでは自転車で通学するという選択肢もありました(地下鉄はありません)が、天候が読めないためダブルデッカー(2階建てバス)で通学しています。しかしこっちのバスのひどいこと…

●第一に、あまり時間通りには来ません。大抵遅れます。渋滞のせいもありますが、通学時間は20分から45分の間とブレブレです(語学学校の紹介では通学時間は15分とあったのに、、)。そのため、バスが遅くても授業に間に合うよう早く起床する羽目に…日本では考えられない、11時半就寝、7時半起床です。。ちなみに、バスが所定の時間より早く来ることもあり、その場合は所定の時間より早く走り去ります。待て〜〜
●日曜は、30分おきにしか運行していません。意味不明。
●バス停に乗客がいても、降車する客がいない場合、バスは平気でスルーします。そのため、手を突き出して乗りたいことをアピールする必要があります。アピールしてもスルーすることもあり。激怒
●道が狭いため、かなり強引な運転です(車酔いすることしばしば)。2階に乗っていると、バスが公道にはみでてる木をばきばきと折りながら進むのが見えます。
●たまに、車掌が運転しながら何者かよくわからない人としゃべっています(この人はガイドかと思いきや車掌としゃべってるだけです)。ここでは日本と同様降りるバス停を通過する前にSTOPPINGボタンを押す必要がありますが、押してもおしゃべりに夢中で、降車したいバス停を通過することがまれにあります。
●次のバス停名その他のアナウンスが一切ありません。そのため、初めて通学したときは、前日ホストファミリーに車で通学路を案内してもらった記憶をもとに推測して「目押し」でSTOPPINGボタンを押さなきゃなりませんでした(私はやや?方向音痴のため場所がイマイチわからず後のバス停で降りる羽目になりました)。

 ちなみに、パブ帰りで酔って寝て所定のバス停で降りそこなって、途中で起きて意味のわからないバス停で降り、推測で家を目指して走った夜中は怖かったです。。(これは自分のせいですが。)
 それでも何とか慣れた今日この頃。乗車時に定期券を見せるときは"Hello, here please."とかいえば通じるし、降りるときに"Thank you."といえば"Cheers."とか返してくれます。アイソはある時もない時もあり。
Comment (0) |  Trackback (0) | 

焼きそばタウン

2009-02-04 23:11:42 | 一人旅記録
 オリジナルで書き下ろしたいテーマ(しかしマニアック)はかなりたまっているけど、(東野圭吾やらモンハンやら『24』やらで…えぇ、東野圭吾は『秘密』から『白夜行』へと王道ルートを歩んでますよ)時間がないので、あらかじめどっかに書きためておいた文章を少し修正してアップしちゃお的な作戦。BGMはやはりコブクロ。→
 時は2008年11月下旬。3連休に、思い立って富士宮(富士山&焼きそば)と日光東照宮に一人旅に出かけた時の話。旅の記録と言えば、既出のギャラリーラファイエット事件やモンサンミッシェルのほか、ケンブリッジのフィッツウィリアム博物館や京都好きな話や各地を旅した話などは、記憶が風化しない限り書くつもりです。時系列的にはばらばらになってしまいますが、今日は富士宮のことを書きます。
 『首都圏日帰り本』というJTBパブリッシングが出版している旅行本を手に取ったのがすべての過ちの始まりでした(ちなみに私は色々あって微妙にJTBびいきです、もちろん回し者ではないけど)。ノーマイカー、日帰り、一人旅、グルメ含みという、私にぴったりな感じの本だったので、買い。見てるうちに、前々から行ってみたかったとこも含めた旅のプラン(妄想)が完成しました。脱線するけど、日帰りって費用の大半が交通費になることが多くJRが儲けるから、JRで本を出版しないのが不思議(フリーペーパーでかつ広告料なしでもペイしそうじゃん)。
 さて、富士宮でまともに見たことのなかった富士山を見て写真に収め、B-1(B級グルメ)グランプリ連覇の富士宮焼きそばを食いまくるのが旅の目的。富士宮に行くにはその名も「焼きそばエクスプレス」という恥ずかしくなるような名称のバスが東京駅八重洲から出てるらしいと書いてあったので、当日朝東京駅で買おうとするが次の便のは売切れ。この時点ですでに計画性のなさを露呈。。仕方なく新幹線で新富士まで向かう。新富士で降りたら、一望できた富士山をワンショット。…ってか一瞬で目標の1つが終わってしまった!!
 …とむなしさを感じながら、富士宮行きのバスを探す。富士宮行きのバスが…ない。本には新富士からバスで25分と書いてあったけど、肝心のバスの本数がほとんどないらしい(このあたり思い込みかもしれません)。地図を見て、代替案を探したところ、富士駅というのが少し歩いたところにあるらしく、そこから富士宮行きがありそう。歩きながら思ったけど、このあたり何もねーな。少しウケたのは、ちかん警戒の立て看板の標語、「近づくと みんなでふくぞ ホイッスル」。さすが高校サッカーの名門校がある静岡。…と感心しながら、ようやく富士駅を見つけ、一路富士宮駅まで。
 とりあえず本に載ってた有名店だけ回ろうと、富士宮駅から一番有名らしい「すぎ本」に向かう。その付近のフードコートだけ富士宮の中の異世界のように混雑してた。注文したところ、「40分ほどお時間をいただきますが」。え、40分?と一瞬呆然となる。焼きそばに40分!TDLですら平日はそんなに混まんぞと意味不明なことを考えながら、それでもOKと言った。待ち時間は近くの浅間大社見学。そして1時過ぎにようやくその日の一食目、焼きそばを食った。第一印象は…普通。。でも、麺が弾力があって、鰯?サバ?煮干?鰹?かなんかの粉をかけてるのが特徴的。まぁまぁ。さすがB級グルメ…。
 お次に行ったのが「前島」という店。駄菓子屋系らしく、頑固そうなおばちゃんがいらっしゃった。駐車場の駐車の仕方や食べ方まで細かく指示。しかし…こういうコダワリの店は絶対うまいはず…という確信をもって食べたところ、うまい!はじめは薄めと思ったけど、野菜の甘みのためか麺やソースの旨みのためか うまさが増幅し、食後の満足感はここが一番でした(とんこつ醤油ラーメン食べた後のような後味の悪さはゼロ)。8時開店という気合いの入れ方だが、私が行った日は、新潟からアポなしで6時に来たお客さんのために6時半からパジャマ姿で焼いてたらしい。こういうプロは尊敬するね。
 早くもお腹が苦しい…と思いながら、3軒目の「お好み食堂 伊東」に向かう。これが実に遠かった。30分どこじゃないぐらい歩いたんじゃないかな。途中で中華料理屋なのに富士宮焼きそばを出してるとこを発見。あんかけ焼きそばじゃないんだろうな、中華鍋で作ってんだろうか…と妄想しながら、ひたすら歩く。3軒目の焼きそばは…正直そんなに覚えていません(笑 ま、普通においしかったと思うけどね。おじちゃん(プロっぽい)とおばちゃん(雑っぽい)が二人で作っていて、「頼む、おじちゃんのやつ」と心の中で祈ってたにも関わらず、おばちゃんのが来たぐらい。
 …これで、2時間半以内に焼きそば3食食いました。もう焼きそばは当分いいや…しっかしこのあたりイケてるカフェねーな、焼きそばで脂っこくなったのをコーヒーでさっぱりできないようじゃ焼きそばシティとしてどーなの?と思い(富士宮焼きそば学会に素敵なカフェ併設希望)、むしろ富士宮って焼きそば以外何もねーなと思ってました。帰りの道すがら、添付のとおり猫工房という不思議な店の前に猫がたむろってたので撮っときました。帰りは念願の「焼きそばエクスプレス」が空いていて、しかし発車が2時間半後だったので、近くにわずかに1軒ぽつんとあった喫茶店で念願のコーヒーを飲み、やはり喫茶店にもあった焼きそばはしかし注文しませんでした。小腹がすいたころ、焼きそばエクスプレスが途中で止まったパーキング売店にあった焼きそばスナックには、まんまとはめられ食べちゃいましたけどネ。
Comment (0) |  Trackback (0) | 

ケンブリッジ初日

2009-01-31 20:13:42 | 一人旅記録
 2008年10月6日(土)。ケンブリッジでの1か月の語学研修に旅立った日だが、この日だけは、極度に緊張していたせいか出来事を克明に覚えている。まず、当日の朝、リムジンバスで「羽田」空港行きに乗りそうになり、出だしからつまずいた(しかし列に並んでいた外人さんがまさに同じ間違いをしそうになり気付いたため私も難を逃れた)。
 昼に成田を出発したANAは、同日夕刻ヒースローに降り立った。フライトは特に問題なかった。…というのはちょっぴりうそで、ちょびひげをあやしく生やしたスキンの小柄な男が前に座っており、離陸するや否や無言で座席をがっと倒してきた、しかもさらに座席が倒せないかぎこぎこ席にもたれかかったため、ゲーム(チェスとかね)や映画(SATC以外へぼかった)の画面がほとんど見えなくなり、また飲み物が水平に置けずいらいらした。それはともかく、ヒースローに着くとそこにはなにやら紙に名前(と学校名とか)をもった大量の人が…これは後々もパリ北駅や成田で見かけることになるが、もっと効率的なやり方はないんだろうか。たとえば「山田様」とか「Ms. Lee」とか「金」とか掲げられていたが、山田さんやMs. Leeや金さんが複数人いたらどうするのか?

 …などと疑問を抱きつつそわそわしながら30分ほど探したあげく、ようやく1人の男性が遅ればせながら迎えに来てくれた。名前も名乗らない(こっちも正確には名乗らない)謎のおっちゃん。コインパーキングの駐車料金を払うところで払う小銭が見つかんない的な表情をしてこっちを見てた時にはさすがに不安になった(こっちは当然まだポンドは札でしか持ってないんですけど…)が、やむをえずこのおっちゃんに連れられて車に乗る。車はグイグイ加速し多分ケンブリッジに向かう。ブレーキがかからないかのような無重力運転。おっちゃんは風邪をひいているらしいく、さかんにセキをし、のど飴をなめていた。のど飴をなめては渋い表情をして"Awful!"と言っていた(たぶん素晴らしいという意味ではないのだろう)。さすがにつらそうなので大丈夫?と聞いたり、離着陸の耳鳴り対策に買ったレモンのど飴を差し出した(が差し出したのど飴は怪しいと見えたか断られた)。途中まで無言だったそんなおっちゃんにこのジャズの曲いいね〜と車内でかかってる曲を褒めると、なぜかものすごい食いついてきた。突然イキイキし出し運転中というのにすちゃっとCDを取り出しわけのわからないアーティストの曲を聞かせてもらったりした。そうだここはUKだしと思い「ビートルズとかロックってまだ人気なの?」と聞くと、おっちゃんはにやっとして"Rock survives!"(ロックは今でも生きてるぜ!)と謎の言葉を残した。

 そんなこんなでステイ先に着くと、若めで綺麗な女性が「ハイヤー」といいながら出迎えてくれた。何か違和感を感じながらも挨拶して部屋とか見せてもらい身の回りを整えた(この間厳しめのハウスルールが貼ってある紙もちら見した)あと、ステイ先の男性(フットボール=サッカーをやっておりややベッカム似!)とかと学校までの通学路を案内してもらいにドライブで出かけた。外は暗くこんなんで道がわかるんだろうか、ただでさえ方向音痴の俺に。。。と不安になりながら夜道を案内してもらう。「メガライダーチケットっていう1週間の定期券を買ってね、15ポンドだから(実際は10ポンドだった)。ここが学校。…そしてここがショッピング街」と案内されていくうちに、なんか興奮し楽しくなってきた。ケンブリッジにいるんだ〜。まぁ学校は"Rail Station"って駅の近くだから翌日早めに起きて出て駅を確認しつつバスを降りれば問題ないっしょ★と余裕をかましてシャワー後安眠するが、翌日、ダブルデッカーバス(もしくはケンブリッジ)の罠と方向音痴というダブルパンチの餌食になり、よりにもよって初登校日の登校時刻に遅れることをこのときこの人はまだ知らない…

 P.S. 文中の「ハイヤー」を聞いた時中国語か?と思った。そのあと「ハイヤー」を何だろうと不思議に思うことになるが、ある日クラスメイトに「あの英国紳士気取りの先生が挨拶によく"Hi, young."と言うよね」って同意を求めたところ「違うよ、たぶん"Hi-ya."って言ってるんだよ」と言われ、あわてて英英辞書を調べると、単に"Hi."と"Ya."がくっついた"Hi-ya."という挨拶言葉だったということが判明。その後、私はUKやフランスで"Hi-ya."を気軽に使うことになる(そしてフランスでは怪訝な顔をされることになる)。
Comment (0) |  Trackback (0) | 

モンサンミッシェル

2009-01-24 12:51:55 | 一人旅記録
 2008年11月上旬、ケンブリッジ研修ついでに立ち寄ったパリ。その滞在3日目にして早くも飽きてきた私は、世界遺産モンサンミッシェルに日帰りで行くことを思い立ちマイバス社で予約(どこの店でもトラベラーズチェックがあんま使えなくて有り余ってたせいもある)。にっくきオペラ座付近に朝の7時半集合。朝ごはんはホテル近くのブーランジェのパンを歩き食い(ケンブリッジスタイル)。案内には、バスで移動が4時間半、20時半解散とあったことから、予約のときに何も確かめず、心の中では「13-4.5=8.5時間ぐらい観光できるんだな」と思っていたが、これが完全に勘違いだった。バスに乗った後のガイドのアナウンスを聞くと、なんと片道4時間半強で9時間半ぐらいという。13.5-9.5=4時間で観光って…バス片道分以下の観光時間ないじゃん!
 さて、ガイドがまたひどいのかすごいのかわからんけど、おそろしく博識なおっちゃんで、口は悪かったけど話は面白かった。日程をしゃべって、パリが第2次世界大戦中にぎりぎり火の海にならなかった話やヴェルサイユ近郊の歴史(ルイ××世が狩好きで狩りのためにヴェルサイユ宮殿を建て狩り日記を付けてたって1節はモンハンを思い出してルイを身近に感じたよ)をしゃべった後、一通りノルマンディー地方の特産品について30分ノンストップでしゃべっていた(ノルマンディー種の牛の牛乳から作るナチュラル・カマンベールチーズの話、雨がよく降るため小麦ではなくりんごの木を植えシードルやカルバドスを作りクレープやガレットとともに飲む話、太陽光と風のみで作るゲランドの塩や微妙に違うゲラン「デ」の塩を使った肉料理やラ・メール・プラールのオムレツの話)。
 ここまではよかったが、「はい、皆さん、ここから1時間半ばかりしっかり寝てくださいね、次のパーキングから1時間半(2時間?)、歴史の話をしまーす。」と恐怖の言葉を。そして予告どおり彼は再びノンストップでマシンガンのように語りだした…「8億年前、このあたりは海でした…」。…ってそっからかい!私は一応メモとってたみたいだけど、魏の台頭→蒙古人の移動→ゲルマン人の移動…とか、百年戦争当初フランスは大弓でイギリスは長弓で戦ってた…とか、モンサンミッシェルはMont Saint-Michealで啓示に打たれたオベールさんが大天使ミカエロを祭るため作った(私は当初Mon Son Micheal=わが子ミカエルと勘違いしていた、Sonは英語になっちゃってるけど)…とか、世界の×大巡礼地は…とか、モンサンミッシェルに関係あるんだかないんだか世界史のような講義を延々としてて、気づいたときにはほとんどの人が爆睡。。起きてたのは、私と(後から私にしゃべりかけてくれた)おばちゃん1名ぐらいでした。ちなみに、このガイドさん、何のカンニング?ペーパーももたずソラでしゃべってたらしい!すげーと2人で半ば尊敬してた。たぶん他の人は理解してくれないと思う(笑 その後も、8月15日は、1年で1番多くの人がモンサンミッシェルに来て動けないぐらいだから、やめたほうがいいよーとかいろいろしゃべってた。
 そしてモンサンミッシェルに到着。遠目から見てもわかる孤島と、そびえたつ大聖堂。孤島に続く1本道の手前で写真撮りたかったのだが、そんな時間はありません!とばかりにバスは島に渡っちゃった。こっからの1時間強で移動&食事をし、1時間強で見学をし、1時間強自由時間という、ツアー特有の無茶な時間設定による強行軍。1番恥ずかしかったのは食事のときで、実は25名の参加者のうち1名参加は私1人だけで隅っこに追いやられていた。隣のおばちゃんズが親切にも話しかけてくれたとき、「イギリス留学に行っててー観光というかついでに寄ってーだから1人でー」みたいな、しなくてもいい言い訳をしまくるぐらいでした。
 その後見学をして(「黒マリア像」とかがへぇ〜って感じだった)、自由時間に。私は(ドラクエ♪モンハン♪ファンタジー♪的な観点から)竜と戦うミカエル像を見たかったので、その祭られてる場所を探したのだが…ここは立体迷路か!というほどの複雑な道により、もしくは方向音痴により、ほんの1時間半しかない自由時間のうち大半を費やしてしまいました…見つかったからよかったけどね。したがって、バタバタとラ・メール・プラールの土産物屋でお土産を少し買い(旅行会社名を聞かれたことからリベートが払われてるに違いない!)、バスに乗り込み、モンサンミッシェルを後にしました。
 あ、帰りに食ったガイドさんオススメのラーメン屋「ひぐま」は、味噌ラーメンも、そして特に餃子がうまかったです。ほぼ満席の客(100人ぐらい?)はほとんどフランス人で、みんな割り箸を普通に使ってた。さすが日本文化への理解・造詣が深いフランス、他国ではたぶん見れないすごい光景。広告宣伝効果だけで日本人がぽつぽついるようなラーメン屋より、こういうほうがはるかにうまいんだな、と思った。そしてさすがヨーロッパ、ラーメン屋にも、レジ横にチップは適当にここに入れといてください的な入れ物があった。
Comment (0) |  Trackback (0) | 

ギャラリーラファイエットにて

2009-01-21 21:28:47 | 一人旅記録
 時は2008年11月上旬、所はパリ。イギリスに研修に出かけていてそのついでにパリに旅行していた週、父に頼まれてネクタイピンをギャラリーラファイエット(おっきなデパート)に買いに行ったときの話。
 その時特に感じたのは、オペラ座(ガルニエ)界隈では日本人はナメられているということ。まぁ、近くにジュンク堂書店やらブックオフやらラーメン通りやらマイバス社やらパリ三越があることからもこの付近はパリの中の日本ということがバレバレだが、とにかくナメられている。両替商の店頭張紙にはJPY 10,000 = € xxxと書いてあるもののそれは売手レート(つまりユーロ→円換算、したがって円→ユーロ換算のレートは書いてない)のみだったり、日本の書店も本の値段の換算に50円=1ユーロという史上空前の自作自演・一人円高レートを適用し客にとっては日本で買うときの2〜3倍ぐらいの値段がしたり、デパートでは店員がいい加減な日本語を使ったり…と、腹立たしい限りなのだ。
 ギャラリーラファイエットでネクタイピンを買ったときレジの女性に「あなた、日本人?」と聞かれ、会計を済ませて「ありがと〜さよなら〜」といわれたとき既にいやな予感がしていた(確かにフランス語では”Merci, au revoir.”というが、日本語に直すと失礼な感がある)。エスカレーターを下って1階に降り立ったとき、不意に「ピー!ピー!」という音が!はぁ??警備員が近づいてくる。バッグをあけ何もしてないよとアピールする俺。しかし、警備員は「日本人か?」と聞き、俺が”Oui.”と答えると、バッグを持ち去るマネをした!"Non!!"とバッグを取り戻そうとする俺。そのとき、おそらく別の日本人と思われる客が盗難防止器に引っかかり、警備員はその客の元に向かう。何か日本人みんなからかわれてんじゃ?と思う俺に、警備員は行っていいよと手で合図。お手洗いに行きたかったので地下に向かう。
 すると…エスカレーターを降りたときとトイレに入るときに再び「ピー!ピー!」。トイレに並んでいた客が一斉にこちらを向く。…デパートでこんな恥ずかしい思いをしたのは初めてだ!と思いながら、買い物袋を取り出しネクタイピンの箱とレシートを取り出しながら「ちゃんと払いましたよー、ほらレシートあるしー」みたいな不自然な素振りをして、そして舌打ちをして怒りも見せ、警備員が来ないことを祈る。お手洗いの列に並んでる間、ネクタイピンの箱の底を調べたところ、やはり盗難防止器が外されてなかった!レジで取っとけよ!ていうか警備員取れよ!と、怒りに任せてその部分を引きちぎり(したがって箱底には何かの破れた後が残ることに)、トイレにぶちまけ流した。やった後で「もしこれで再度鳴ったらヤバイんじゃ…」と不安になったが、結局それから恐怖のピーピー音が鳴ることはありませんでした。
 ギャラリーラファイエットを出て、オペラガルニエの近くをぼんやりと歩く。ある通行人は、自分が歩道のない道路を横切ろうとしているのが悪いのに、少しずつ牛歩で進んでる渋滞中の車がその通行人にクラクションを鳴らしたのに対し大いに憤り、その車の屋根をチョップでがんがん殴る。…そうだ、ここはパリ、日本の常識が通じない街。そう気づき、私は歩く速度を上げた。
Comment (0) |  Trackback (0) |