こころとからだがかたちんば

リハビリとメンテナンスの日々。”At Last I Am Free”(Chic&Robert Wyatt)

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2011年8月24日 水曜日 YMO「Solid State Survivor」'79.9

2011-08-24 18:02:00 | 音楽帳
ほぼ終わった2011年の夏を振り返っている。

ある意味、真実か否かも分からない中、この夏が「節電」「省エネ」と説教のように、あるいは「洗脳」のように言われて、そこに引きづられてそういう商品を血眼で買う人々を見てきた。
おかげで日本チェーンストア協会が発表したように流通業界は潤ったが、果たしてこの購買行動の様が妥当だったのか?については、時間を置いて検証作業する必然性がある。
「単に踊らされてしまった」のでは無いのか?という疑問が晴れない。

***


長いこと、このアルバムを紹介すること避けて来た。
というのも、このアルバムに出会わかなったら、自分の人生は異なっていた。
そういう背景がある。
話せば長い話になるし、当時、本当に「溝が磨り減るほどに」毎日聴いていた、自分らには革命そのものを象徴したアルバム。
神話化してはいけないが、そうは言えども神棚に飾ってしまうようなアルバム。
このアルバムとの出会いとショックが無かったら、違う道を歩いていた人は多く存在する。

そういう中、かなりの間、自分の中で「封印」してきた。
このアルバムがあったから、今の自分が居るのに。

***

1995年の高野寛くんの「ソリトンSIDEーB」にゲストで出た石野卓球が、当時静岡に居てこのアルバムを聴いて『わあ、未来の音がする』と毎日何回もこのアルバムをキチガイのように自分と同様聴く中、卓球さんの「おかん」が「YMO禁止令」を出し「YMOを聴くのは1日何回」と決められてしまった、という話。
自分はそういう制限は無かったので、毎日エンドレスで聴いていた。
エンドレスと言っても、レコード盤をひっくり返していたが。

***

今日はあくまでアルバムに収録されたB面最後の「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」のみのお話に留める。
後の曲は、未だ言葉にするのも怖い部分があるので、制限する。
あくまで1曲のみのこと。

当時、曲に於いての「詞」は添え物と認識していた3人が、詞を全部クリス・モスデルに任せていた。この曲の作詞もクリス・モスデル、作曲は幸宏。

自分は、全曲好きだったもののこの曲はアルバムの中で、好きな曲の順位から言うとかなり下に位置している。
A面4曲の衝撃が上の方にある。

じゃあ、何で取り上げるかというと、3・11直後にはとてもでは無いが言えなかったこと。
この「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」というのは、1979年当時の人類の未来予想図というニュアンスを少年のボクは思っていた。
そういう雰囲気をYMOはこの曲で描こうとしていたのは、自分の感覚と一致していたと思う。

「ある障害・戦争・ビョーキ(ペスト等感染のような時点解決出来ない菌類含む)を超えて生き残った生命体」というのが、曲目の意味。

3・11以降、三島由紀夫が過去言ってきた言魂を改めて思ったり・・・そういう中でYMOのこの曲が自分の脳に浮かんでいたのは事実だった。

福島原発に防護服で入る人々の姿。制御出来ない放射能・拡散するのを避けられない様。

1979年当時、コドモの自分は五島勉の「ノストラダムスの大予言」を信じてしまい、20世紀末には世界最終の場面が来ると思い込み、曲の中でフィルターを通しセキ込む人や語る会話のノイジーな様・間で笑う様・・・そういうモノに「人間はいずれそういう最終の時期を経て、淘汰されてしまい生き残った者たちは生き残ったものの、毒ガスマスクのようなモノを付けて、普通の生活が出来なくなる」。
そんな像を描いていた。

時期は異なったが、まるで原発が撒く放射能の中、福島原発付近で防御する様とこの曲が重複してしまった。
こんなことを想定していないかなり前の音楽本には、この曲が「人類最後の放送のイメージ」を細野さんらが描こうとしていたと記されている。

***

1979年当時「未来」を感じて、目の前が開かれたこのアルバムの曲に、こういう感を覚える32年後・切実な問題として捉えるときが来るなんていうことは思いもしなかった。

五島勉が単なるペテン師だったのは後になって解明されたが・当時は「そうは言えども、じゃあウソだとは言い切れない」そういう微妙な立証不可能なものだった。

何か今取り巻いている3・11後の有様も何か似ていて、何が妥当で何が妥当では無かったのか?そういう検証が後々必要になると思っている。
多くのウソが混じっていると自分は思っている。
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4 コメント

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点と線 (さくりん)
2011-08-25 02:09:56
「東電、福島原発に10m以上の津波到来の可能性を2008年に試算」という話を聞きました。
ニュースなのかまた隠蔽がバレたのか新しい作り話なのか分からない話。
そういえば、原発事故担当相って何…

そんな今日、かたちんばさんがこんなお話をされたのは偶然ではないような気がします。

『時期は異なったが、まるで原発が撒く放射能の中、福島原発付近で防御する様とこの曲が重複してしまった。』
『1979年当時「未来」を感じて、目の前が開かれたこのアルバムの曲に、こういう感を覚える32年後・切実な問題として捉えるときが来るなんていうことは思いもしなかった。』

突然の雷雨や突風、秋の訪れ、すべてが見えないところで繋がっているように感じてしまう。
コチャコさんの眼差しが一点を見抜いているように見えます。


とはいえ、
「アブソリュート・エゴ・ダンス」にガツンと「やられた」アルバムですから…
その名前だけでも心騒ぎます。
かたちんばさんの聴き込みと、封印するまでの想いには遠く及びませんが。
Wonder (かたちんば→さくりんさんへ)
2011-08-25 17:04:46
さくりんさんへ
何だか今夜から荒れる天気だそうです。
強啓さんのラジオで「この不安定な天候はどこまで続くんですか?」と聞くと、気象予報士は「この先1週間は不安定(・・・)」。
この(・・・)は要は「わからん」ということかと。

表面で見聞きする「ニュース」が加工品と思えば、何が本当に今起きているのかが見えない。
視界の不明瞭さ。
福島原発の中で何が今起きてるか。
汚染水浄化システムがどうこう・・・とは取り上げても、その汚染水浄化「システム」の有様は今いちわからない。

ネコという生き物は確かに不思議ですね。
常自分があり自由だから、飼う/飼われるの関係からも放たれ、ご飯と雨風しのげる場に人を活用している。
でも、お互いが主従関係にないから、自分はそういうネコが好きだし、惹きつけられます。
付き合っていると、鋭利な感覚とその眼には自分が知らない何かを知っているような気がしてしまう。
なぜなんでしょうかねえ?
つらつら。 (さくりん)
2011-08-26 20:15:16
どこまで続くのか「わからん」のとおり、あちらこちらでまさに晴天が一転して激しい雷雨の今日。
そちらはいかがですか。
今更ですが、お休みは…少しは休まっているでしょうか。


猫の話でふと思ったのですが、先日の「夜のコチャコさん」は体の向きがいつものポーズと逆なので、余計に違う印象ですね。
座り方の癖もあるのでしょうが、ちょっとした変化にも何かのサインのように感じてしまいます。
ママも時々、ヒトが机の上でするように腕にあごを乗せてじっとしていますが、それが何とも愛らしく、かたちんばさんにも見ていただきたいくらいです。
『ご飯と雨風しのげる場に人を活用している。』
今夜も無事にご飯を食べに来てくれるといいのですが。


休憩中に写真を拝見。
ただでさえ人員不足のところに病休が発生し、いずれは毎度毎度の欠員になりそうな、それだけが確信が持てる未来。
もう、休憩くらい好きにテキトーにとっています。

温泉玉子。
玉子好きの私としても、好きな食べ物のひとつです。
熱い濃い緑茶とともに、かたちんばさんの朝も秋らしくなってきましたね。

「手のサービス・ショット」には、相変わらずひとり興奮(笑)
自分が手相に関心のない人間でよかったと思います、見る人はこの写真でも「そこ」を見るでしょうから。
私は、きれいな手を堪能するのみ。

浅草や千住界隈からにょきっと伸びるスカイツリーは、昔ながらの街並みが子どもを育てていくようで味がありますが…
再開発の名の下に街の見た目のみを掃除していくのは、汚いものや危ういものが当たり前に交ざり込んだ絶妙な均衡を崩壊させ、
その排出先として昔では考えられなかったような犯罪や、ネオ・キチガイに繋がっているような気がします。
猥雑でおしゃれなROX(ROXという存在自体が混沌としていて好きです、ドンキホーテとはまた違う)の前に、おじさんがごろ寝していたって、いいじゃない。

私も、かたちんばさんの記録が続くことを望みます。
Unknown (かたちんば→さくりんさんへ)
2011-08-26 22:36:50
雷雨はさほどでも無かったですね。
こちらは「たまには親コーラー(みうら用語)」。
夕方土砂降りの中、欲しいと言っていた短波付きラジオを秋葉原で買い、実家の親父に届けました。
今、コチャコを撫でています。
お袋さんには「どうもおかしいような気がする」旨は伝えましたが、様子に変化が無いので医者にはまだ良いかなあと…。

ママさんの『腕にあごを乗せてじっと』する姿は安心の証拠。
さくりんさんには気を許しているんでしょうね。

人員不足の穴埋めに働く状況は、医療機関の人不足同様、大変ですね。
余り無理をしないで下さい。
誰も当人への負荷を気にしないですから。

玉子はカンタンに栄養を取れる大事な食べ物。

手相。
自分の手相には死相が出てるかもしれません。確実に。

スカイツリーも再開発ですが、ここにはプレゼン段階では新しい江戸の匂いを復活させるという構想がありました。
この再開発が街を下町を壊すこと無いようにして欲しい。
街には、凸凹ときれいも汚いも明暗もあり、その雑多さが街に膨らみを持たせる。
ハイソな街の持つのっぺりした味気無い虚無などくそ喰らえです。

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