油屋種吉の独り言

オリジナルの小説や、随筆をのせています。

どん欲 その3

2017-05-14 14:19:23 | 小説

 目の前を歩いて行く美貌の持ち主は、つい
さっき洋介の前に現われたばかり。
 このままついて行けば、自分がストーカー
と間違われてしまう。
 ちょっとばかり知り合いになっておく必要
があると思い、彼は、彼女の背中に、
 「あのう、すみません。ちょっとお話した
いことがあるんでごいっしょしてもいいでし
ょうか」
 まともな耳なら、やっと聞けるくらいの声
で訊いた。
 だが、彼女は返事をしない。
 長い髪を揺らし、歩道をどんどん歩み去っ
ていく。
 そして、ふっと闇にまぎれた。
 ちぇ、やっぱりだめだったかと思い、彼は
歩みをとめた。
 風がでてきた。
 街の方から、なまぐさい匂いが流れてきて、
彼は思わず鼻をつまんだ。
 星の見えない空をあおぎ、ふうっと息を吐
いた。
 俺はいったいここで何をしてるんだろう。
 夢があって、この会社に入ったはずなのに、
もうこの体たらくだ、酒に女に。
 彼の脳裏に、まるでゴミ捨て場のようにな
った自分の部屋が浮かんだ。
 今ごろさくらは見かねて、はき掃除でもし
ていてくれているかもしれない。
 彼女とは同郷のよしみもあり、入社早々意
気投合した。
 いずれも家庭の中では、大した地位は占め
ていないし、将来、ふるさとにもどる必要が
もない。
 洋介は食事のしたく。
 さくらは寂しさがまぎれる。
 お互いの実利にかなっているからと、ただ
それだけの考えで共に暮らしはじめた。
 さくらは気が短い。
 そろそろしびれを切らしている頃だと思い、
彼はきびすを返すことにした。
 洋介は、この春専門学校を卒業し、県内に
ある宅配専業の中堅会社に入ったばかり。
 運転が好きで、自ら、現場を志願した。
 最近やたらに配達の注文が多く、強風が吹
けば、ガタンと横倒しになるような、縦に長
い車を走らせている。

 洋介は、なぜかそこだけ闇が濃くなってい
る小公園の入り口でいったん立ちどまった。
 ベンチにでもすわり、タバコを吸いたいと
思った。
 敷きつめられた砂利をふみしめ、園内に入
ると、とたんに彼の顔をどろりとした空気が
ふれた。
 ぎょっとして、辺りを見まわす。
 ソメイヨシノだろう。
 緑濃くなった木々が、ぐるりと公園をとり
かこんでいる。
 どこかにベンチがないかと探しまわるうち、
彼は何かにガツンとひたいをぶつけた。
 目の前にある物を確認すると、硬くて
細い棒がいくつも交叉している。
 すぐにそれがジャングルジムだと知れた。
 「なにやってんの。こんなところで」
 聞き覚えのあるかぼそい声が、背後でした。
 「だれ?そこにいるのは」
 「誰って、わからないの。さっきあんなに
近くにいたのに」
 洋介はちょっと間を置いてから、ああ、と
応えた。
 女は彼の左手をとると、まるで昼間のよう
な足取りで、ソメイヨシノの大木のもとまで
連れて行き、ベンチにすわらせた。
 彼女の左手があまりにつめたく、思わず彼
は右手をひっこめようとした。
 だが、彼女はそんな彼の想いを察知したか
のように、握った手に力をこめた。
 「わたし、まこって言うの、よろしく」
 「なんだか、どこかのパブのおねえさんみ
たいな名前だね」
 「まっ失礼しちゃう。そんならわたし、す
ぐに帰ろうかな」
 「ごめんごめんね。ところでさ。さっきの
女ものの靴。どうなったの」
 「とっくに、わたしのおなか」
 「ええっ、ほんと?」
 「ああ、ほんとよ。あのくらい簡単に胃の
中で消化されちゃうし。まあ、たいがいのも
のはだいじょうぶなんだ」
 「へえ、なんだか怖い。まるで人じゃない
みたい。ひょっとして、へ・・・・・・」
 「なによ。への続きを言ってみなさい。そ
したらどうなるか」
 ふいに彼女の右手がすうっと彼の首筋にの
びてきて、後頭部から喉にかけてぞろりとな
でた。
 彼の背筋がぞくぞくする。
 「それじゃこれで。俺、ちょっと用を思い
出したものだから」
 洋介が立ち上がろうとすると、彼女が、
 「わかった。さっきの女の人、彼女ね」
 「聞いてたんだ?」
 「聞こえるわよ。あんなにさわいじゃ」
 「なるほど」
 「わたし、ちょっと人より胃が大きくなっ
てるの。知ってるでしょ、あなたも。テレビ
の大食い番組。あれの常連なの」
 「なんだそうなんだ。よくやってるよね。
ラーメンとか焼き肉とかハンバーグ、ばか
すか食ってさ。でもさあ、靴を食べるなんて、
俺知らないな。それにさ、あんたみたいに若
くてきれいな人がこんな夜更けにうろうろし
てるなんて考えられないよ」
 彼女は、突然、押し黙ったが、すぐに、
 「あんまり詮索しない方がいいわよ。その
代わり良かったら、わたし、あなたのいい人
になってあげる」
 そう言って彼女は、彼の右肩に、自分の体
を傾けた。
 「うそだろ、そんな。俺のこと何にも知ら
ないくせにさ。それにいるもの、恋人」
 「ああ、さっきの人ね、だけど彼女って、あ
んまりあなたにふさわしくなさそう」
 彼女は、突然、立ち上がった。
 まるで前にならえをするように両腕をのば
し、両手をひらいて彼の側頭部をはさんだ。
 つのくちをぐんと彼の鼻に近づける。
 「ちょっとちょっと、何するんだよ、急に」
 逃げだしたいと思うが、体が動かない。
 彼女の吐く息がとても甘く、その香りで彼は
我を忘れそうになる。女の心に小鬼が住むと聞く。
 しっかりしなきゃと、彼は歯を食いしばった。

 

 
 
 
 
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