油屋種吉の独り言

オリジナルの小説や、随筆をのせています。

みゆ、十五歳。 その12

2017-04-21 13:02:28 | 小説

 若葉が生い茂っているせいで、雨はみゆの
からだにさほど降りかからない。
 まだまだ春は終わったばかり、ほん降りに
なることはないだろう。
 彼女はそう思い、しばらく楠の幹にもたれ、
雨のしずくをしのいでいることにした。
 自分の身を、雨から守ってくれる楠を愛お
しむ気持ちがめばえ、彼女は右手でそっと表
皮をなでた。
 それにひきかえ、人間なんてなによ、ちゃ
んと考える頭を持ってるくせに、なかなか思
いやりの気持ちを示そうとしない。自分のこ
とばっかりなんだから・・・・・・。
 いつの間にか彼女の目じりにたまった涙の
しずくがあふれだし、頬をつたいそうになっ
てしまい、彼女はあわてて右腕の制服の袖で
ぬぐった。
 「こんなことくらいで、負けるもんか、ね
え、くすのきさん」
 彼女は楠に語りかけてから、きゅっと唇を
かみしめた。
 校長先生のお話だと、この木は植えられて
から百年は経っているらしい。
 「植物は、動物とちがって、ひと所にじっ
とたたすんでいることしかできないし、目も
耳もないが、まわりで起きている出来事が手
にとるようにわかるんだよ」
 とおっしゃったとき、彼女は腹の底では笑
った。
 でも、今、彼女は、彼がお話の中で、何が
言いたかったのか、わかる気がした。
 地面から二メートルくらいの所で、楠は三
つの太い枝に分かれている。
 誰かいたずらしたのだろう。
 そのひとつの枝に、荒縄が巻かれていた。
 彼女は、ふと、その荒縄を、自分の首に巻
き付けてみたい衝動にかられた。
 死んだら、楽になれるかも、と思う。
 だがすぐに、何言ってんのよ。わたしって
ばっかみたいと思いなおし、校舎の方を見つ
めた。
 すると、クラス仲間の冷たい視線が脳裏に
よみがえって来て、たまらなくなる。
 彼女は何度もためらったあげく、左手を伸
ばした。
 ぶら下がっている荒縄の片方の先をつかみ、
もう一方の先も、右手でつかんだ。
 両手で、その端どうしをきつくゆわえた。
 「じょうだんよ。そうよね」
 と、自分に言い聞かすが、彼女の手が勝手
に動く。
 とうとう、彼女はUの字型になった部分に
自分の首を入れた。
 楠の幹に、彼女の細身の体をあずけながら、
両膝を曲げていく。
 長めの首がしまりはじめ、彼女は息がつま
りはじめる。
 はっとして、彼女はすくっと立ったが、容
易に死への誘惑から逃れられなかった。
 もう一度、彼女は首をしめた。
 苦しみの中から、なぜか、喜びのような感
覚が生じるのに気づき、もう少し、このまま
でいようと思った。
 ふうっと意識がどこかに飛び去って行くよ
うに思えた時、彼女はだらりと両手を垂れた。
 「かわかみさんっ、なにしてんのよ」
 森山先生の怒鳴り声が、どこか遠くから聞
こえたように感じた。
 どれくらい、時間が経ったろうか。
 長いように思えたが、実際はほんのひと時
だった。
 ふたりは大きな黒い傘の下にいた。
 肩がぶつかりあうくらいの近さまで寄り添
い、運動場の中を歩いた。
 雨は強くなっていて、ふたりの足もとを容
赦なく濡らした。
 「こんなマネ。冗談でもするもんじゃない
わよ。わたしだって、あなたのような時分が
あったんだ。だからわからないでもないけど」
 美人の玲子先生が顔を紅潮させ、眉間にし
わを寄せていた。
 彼女の声が、まるで悲鳴のように、みゆに
は聞こえた。
 みゆはうんうんと、首を縦にふるばかり。
 「誰にも言わないから。ふたりだけの秘密
にしておきましょ。これからは何だってわた
しに相談すること。いいわねっ」
 「先生、わかってたんですか」
 「ああ、もうとっくにね」
 「ありがとう。もうしません」
 みゆは、土砂降りの雨の中を、母が傘を持
って、保育所まで、自分を迎えに来てくれた
ことを思い出していた。
 
 
 
  
 

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