油屋種吉の独り言

オリジナルの小説や、随筆をのせています。

どん欲 その5

2017-05-19 23:47:38 | 小説

 さくらは懐中電灯の光りで、公園のあちこちを照らしだした。 
「ようすけ、あいつ行ってしまったみたい。ほんとに気味のわるい女だったね。ともかく
あんたが助かって良かった。それにしても・・・・・・」

 さくらはそこまで言い、彼のひたいを右手の人さし指でぴんとはじき、にやりと笑う。
 「ああまったくだ。恥ずかしいようだよ。さくらが来てくれなけりゃ、今ごろどうなっ
てたか」

 「わたしだって、ほんとは来るつもりなかったもの。でもね、クロちゃんがね」
 「クロがどうした?」
 「部屋じゅううろつきまわって、みゃあみゃあ鳴くもんだから、外に出してやってね」
 「それで、ここまで来てくれたんだ」
 「まあ、そんなとこ。来る途中で、クロの友だちがどんどん増えて。ねえ、お前たち」

 彼女はすわりこむと、足もとにまつわりついていた猫たちを一匹ずつ抱きあげては、頬
ずりし、ポケットからキャットフードをひと粒とりだすと、小さな口に押しこんだ。

 「これじゃとても足りないわ。お前たちあとで、いっぱいお礼をするからね。今夜はこ
れでおしまい」
 人間の言葉がわかるのか、彼らは尻尾をふりふり、いずこともなく去って行った。

 一瞬、辺りを沈黙が支配した。
 互いに気まずい思いでいるらしい。  
 ふいに洋介の顔に懐中電灯の光があたった。
 「どんな顔をしてんだろ。ようすけ」
 さくらが低い声音でいう。
 「ちょっとやめてくれよ。じゅうぶん反省してるんだから」
 「ほんとかな、鼻の下のばしてるんじゃないの?」
 「そんなことあるもんか。恐ろしいばっかりで・・・・・・」
 洋介が両手で顔をおおった。

 「あのね、ちょっと訊くけどね」
 「なんだよ」
 「あんた、あの女、前から知ってた?」
 「いや、今夜、初めて逢った。さくらがヒールを投げたおかげで逢ったというわけ」
 「変なの。あんな暗闇で?」
 「ああ。しょうがないだろ。いたんだから、あんな狭いところに」
 「どうやって」
 「寝てたんさ。酔っ払って」
 「そうなんだ」

 本当は、あの女がさくらのヒールをぼりぼり食べてたと言いたかった。
 だが、あまりに現実ばなれしている。
 あえて、打ち明けないことにした。

 「今夜のことはすっかり忘れたほうが良さそうね。よかったらもう一度どこかで飲んで
行こうよ」
 さくらの誘いに、洋介はふたつ返事で承知した。

 おかげで、彼はぐっすり眠ることができたが、奇妙な体験をしたという感触がいつまで
も彼の心の壁をざらざらしたものにしていた。


 翌朝洋介が目を覚ますと、すぐわきにさくらがいる。
 いっしょに住んでいるのだから、当たり前といえば当たり前なのだが、彼はこの朝、い
つもと違う感覚にとらわれた。

 女性そのものに対する感じ方が変わったというか。
 かよわく、優しい存在だと思っていた彼だったが、ひょっとすると本当は、そうじゃな
いのかもしれないと思い至った。

 さくらの体にかけられているのは、毛布一枚である。
 洋介はそれをそっと取りのけると、上着一枚脱いださくらの姿が現われた。

 薄白いシャツを着ただけで、ほそい両腕で、黒猫のクロをしっかり抱いている。
 黒いブラジャーが透けて見え、さらには胸の谷間が彼の視界に入り、思わず彼は両眼を
閉じた。
 猫の匂いに混じって、さくら独特の匂いが漂ってくる。

 きゃしゃなからだのくせに、おっぱいだけは大きいと、いつもより大げさに驚く。
 彼は、未だに、彼女のすべてを知らないでいた。
 おかしな話だが、ふたりはいつも別々に寝ていて、めったに添い寝したことがないので
ある。

 「結婚するまで、あれだけは絶対にだめ」
 さくらの厳しいひと言に、洋介の野性が束縛されていた。

 「ちょっとちょっと。さくら」
 遠慮勝ちに、彼は、彼女の右肩を、つんつんとやった。

 彼は、夜どおし、服を着たまま横になっていた。
 「ううん、なんなの。ママ、もう少し寝かせてよ。ゆうべ遅かったんだから」
 寝ぼけているのか、彼女はごろんと向こうむきになった。

 さすがに、本物の野性は違う。
 黒猫はぱっと目を覚まし、彼女の胸もとからぬけ出して行くと、玄関ドアのあたりで小
さい声で鳴いた。
 外に出たいのだろう。
 そう思った彼は起き上がり、猫を追った。

 いつの間に猫の食事を用意したのだろう。
 小皿に、キャットフードが山もりである。
 クロは床にはいつくばると、ガリガリ食べはじめた。
 すごい食欲だ。この点はあの女に似ていると思っている洋介の背中に、突然、ボンと何
かやわらかいものが当たった。

 「ようすけ、おまえ、ひょっとしたら、ひょっとしたら」
 彼女が言いよどんでいる。
 「ばか。そんなことあるもんか。俺はお前のことよく知ってるし、好きなんだから、勝
手なことやるわけないだろ。ゆうべは自分が好きこのんで俺のわきに来たんだろう」
 「あっ、そ。それならいいの。それならいいんだよ」

 彼女は枕もとに脱ぎちらかした上着を、そそくさと身につけると、
 「食パンでも焼くから」
 と、台所に立った。
 食卓についてからは、ふたりは終始無言。
 この日は、日曜日で、洋介はめずらしく宅配の仕事が非番。
 あわただしく、部屋を出て行く必要がなかった。

 彼は、さくらがいれてくれたコーヒーをじっくり味わおうと、マグカップのみみをつか
み、ゆっくり口もとに運んだ。
 香ばしい香りが、部屋にただよう。
 いやなことを、すっかり忘れ去るつもりでぼんやりしはじめた。

 「ちぇ、いい気なもんだよ、まったく。このいろおとこめ」
 ふいに彼女が悪態をついたのを耳にし、彼は、一瞬、ぎくりとしたが、知らんふりを決
めこんだ。

 きっと何かを思い出したのだろう。
 もう一言、彼女が何か言ったら、即、部屋をでるつもりになった。
 彼がちらと彼女の方を見ると、いつものように彼女は顔をあからめ、わきを向いた。
 
 キツネ色に焼けた食パン二枚に、バターをたっぷりつけてから浅めの皿にのせると、彼
女は、彼の目の前に、その皿をおいた。

 感謝のつもりで彼はこくりと首をたてにふり、わきにある男性週刊誌を手にとってパラ
パラとめくった。

 「もうかっこばっかりつけてさ。女の裸の写真ばっかり。きのうだって、わたしの目の
前で」
 彼女がぼそっとつぶやいた。
 とたんに、あっしまった、という顔をして、あわてて洗面所に向かう。

 それを合図にしたかのように、彼はそそくさと部屋をでた。
 あんなわけのわからないことがあったんだから、むりもない。
 彼は階下につづく階段を、ゆっくりした足取りでくだりながら思った。
 
 
 
  

 
 
 
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