油屋種吉の独り言

オリジナルの小説や、随筆をのせています。

こんにちは。 エピローグ

2016-10-08 14:12:43 | 小説

 前世の記憶など普通は年端もいかないうち
に忘れてしまうというのに、よほど山本文雄
との縁が深かったのだろう。
 聖人はおかげで十歳を過ぎる頃までしなく
てもいい苦労を重ねることになった。
 学校はずる休みするし、先生のいうことは
聞かない。
 弱い者いじめは日常茶飯事だった。
 「おっかあ、俺さ、ちょっと病気じゃねえ
かと思うんだけど」
 思春期に入った十四歳のときめったに母親
に相談などしなかった彼が、台所でキャベツ
を千切りにしているまり子に弱々しい声をか
けた。
 「なによ、聖人。よく相談してくれたね。お
母さんとっても嬉しいわ。あのね、聖人が今
苦しんでいるようなことは誰でも一度は経験
することよ。心配することないと思う。じき
に治るから」
 「へえ、そうかい。でもさ。俺が何かをし
ようとするたびになんだかごちゃごちゃとこ
うるさいんだぜ。どこのどいつか知らねえじ
じいがよう」
 「こうるさい?じじいって、おじいさんの
こと?そんな声が聞けるんだ?」
 「ああ」
 驚いたまり子はすぐに聖人を街の名のある
医者のところに連れて行った。
 おもい病でなければと気がかりだったが、診
察の結果は異常なし。
 だがいくらか不眠を訴えたので、
 「この薬をのんでいればじきに良くなるで
しょう。聞こえなくなればすぐにのむのをや
めてください」
 と、睡眠導入剤を処方された。
 彼はその頃不登校の真っ最中。
 昼間は家にひきこもり、外出するのは決まっ
て夕方からであった。
 お医者さまに診てもらったからか、「声」
はしだいに遠びていき、しまいには何も聞こ
えなくなった。
 気分がとても良くなった聖人は、その日も
近くの公園に散歩にでかけた。
 秋の日は暮れるのが早い。
 六時になるとすっかり暗くなった。
 月が出ていない。
 ブランコをゆっくりこぎながら目をつむる
とまぶたの裏に誰かのシルエットが浮かんだ。
 はて、どこかで逢ったような・・・・・・。
 それがしだいにはっきりしてくる。
 彼はその正体を見るのが怖い気がしたから
ぱっちり目をあけた。
 その瞬間聖人は驚きのあまりあっと叫んだ。
 こんなばかなことが起きるのだろうかと右
手で両眼をこすった。
 生まれてからずっと今の今まで彼を悩ませ
ていた声が肉体をともなって出現したことが
すぐにわかった。
 七十がらみのお年寄り。
 腰を曲げぐっと白髪頭を聖人に向かって突
き出し何か言いたそうな目をしている。
 だが歯を食いしばり、口を閉ざしている。
 まるで自白を強要される容疑者のようだ。
 何があっても絶対にしゃべるものかと心で
決めているように見えた。
 おかしなじじいだぜ。今までさんざん俺に
ぐちぐち言ってたくせによう。
 聖人はそう思い、ぷいと頭を横に向けた。
 それでも老人はあきらめない。
 地に足が生えたように動かなかった。
 三十分は軽く過ぎ去っただろう。
 「しょうがない。それじゃあいさつでもし
てやろうか。こんにちは、じゃないな。やっ
ぱりこんばんは、かな。おい、じいさん、あ
んたの家はどこなんだい。ぶらぶらしてちゃ
ろくなことないぜ。なんなら俺が送って行っ
てやろうか」
 聖人はさっさとブランコから下りると地面
にしゃがみこんだ。
 「さあ、じいちゃん、背中にのりな」
 すぐに聖人は自分の背中に老人の重みを感
じたがあまりに軽い。
 「どうしたの。家でご飯を食べさせてもらっ
てないみたいだよ。かわいそうなじいちゃん
だな」
 聖人は公園の出入り口に向かってゆっくり
と歩いた。
 いつの間にか木々の向こうが明るくなって
いた。
 大通りを行きかう車のライトのせいだろう。
 「もう少しだよ。公園を出たらね、はきは
き口をきいてくださいね。でないとぼくこまっ
ちゃうからさ。いつまでもあんたをおぶって
いなくちゃならないなんてさ。いやなんだ」
 なぜだかわからないが、しだいに自分の胸
がジンジン温まってくるのに聖人は気づいた。
 背中で老人が泣いているらしく、聖人のとっ
ときのポロシャツが濡れていた。
 それでも老人を叱る気になれない。
 彼はそんな自分が不思議に思えた。
 「ありがとう、ぼうや」
 「あっやっと口をきいてくれましたね。い
いえどういたしまして。でもおれ坊やじゃな
いんで」
 ふいに背中が軽くなった。
 聖人は驚いて地面にしゃがみこんだ。
 両手で背中をさぐったが、誰ものっていな
かった。
 (了)
 
 
 
 
 
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