油屋種吉の独り言

オリジナルの小説や、随筆をのせています。

いやな予感 エピローグ

2017-06-30 17:59:44 | 小説

 久しぶりにタケルはぐっすり眠った。
 枕もとの目ざまし時計をみると、午前十時。
 母親をもとめて、あわてて台所に行ったが、
彼女はいない。
 タケル用の椅子の上で、彼になついている
飼い猫が一匹みゃああと鳴いた。
 朝食が用意されているらしく、彼が小学一
年生のときに街のデパートで母に買ってもら
ったドラえもんの絵つきのふきんが大好物の
オムレツの上にかぶせられていた。
 「タケルおはよう。よく眠れましたか。お
かあさんは勤めに行きます。学校のことは心
配しないでよろしい。担任の先生に電話を入
れておきましたから。きょうはお昼過ぎには
帰ります」
 との内容が、手紙にしたためられていた。
 彼女がこのように自分に気遣ってくれるの
は、初めてのこと。
 いつもいつも妹ばかりを可愛がって、と憎
しみにも似た感情を彼女にいだいていたタケ
ルは恥ずかしくなった。
 ふいにおなかがぐうと鳴り、彼はテーブル
の上で逆立ちしていたちゃわんやおみおつけ
用のおわんいっぱいに、ご飯とみそ汁をよそ
り食べはじめた。
 急に飼い猫が椅子の上からポンととびおり、
台所からぬけだして行った。
 「おかしなやつだな。いつだってそばにい
るくせに。食べ終えたらフードでもやろうと
思ったのに」
 どこから風が入ってくるのだろう。
 タケルの背中のあたりが、ふいにひんやり
した。
 「母さんがお前の気持ちをわかってくれて
良かったな」
 男の声が背後でして、タケルは口に入れた
オムレツのかけらが喉につまりそうになった。
 いそいで手じかにある牛乳パックをつかみ、
グラスに注ぐとごくごく飲んだ。
 父さんの声ではない。
 彼は配達の仕事がいそがしく、朝早く家を
でている。
 だったらいったい誰だろう。
 妙に親しげで、まるで家族に語りかける言
いっぷりだった。
 心臓をどきどきさせ、彼は後ろを向いたが
だれの姿もない。
 なんだ空耳かと彼は立ち上がり、汚れもの
の皿やちゃわんのたぐいを洗い場に置いた。
 スポンジに洗剤を沁みこませると、それら
を泡まみれにしてから水で洗った。
 「そうそうその調子だ。にんげん素直なの
がいちばんだ。母さん喜ぶぞ」
 またあの声だ。よし今度こそ正体をつかん
でやる。
 タケルは勢いこんでふり返ったものだから、
首がクキッと鳴った。
 「ほらこのあわてんぼう。筋を痛めるとあ
とがつらいぞ」
 相変わらず、透明人間がしゃべる。
 タケルは首を曲げたままいそいで手を洗い、
最寄りの椅子に腰かけた。
 左手で首筋をかるくもみながら、ゆっくり
顔をあげた。
 向かいの席に、竹林で出逢った老人がすわ
っていた。
 風も吹かないのに、白い着物が揺れている。
 「そ、そんなうそでしょ。もうぼくのこと
ばかにしないでください」
 タケルはそう言うつもりだったが、言葉に
ならない。
 ただ彼を見つめているだけだった。
 「ばかになんぞしないぞ。タケルちょっと
目をつむってごらん」
 彼があまりに優しげに言うので、タケルは
そのとおりにした。
 「もういいぞ。眼を開けて」
 タケルが眼を見ひらいた時、あっと言った。
 奥の間の遺影そっくりの男性が同じ席にす
わっているのだった。
 「じいちゃん。じいちゃん」
 タケルは悲鳴に近い声をあげた。
 彼の目から涙のしずくがぽろぽろこぼれ落
ちる。
 「いいんだ、いいんだ。泣かないでいいん
だタケル。いつだってな、わしもばあちゃん
もお前のことを見ているからな」
 「うん」
 タケルは深くうなずいた。
 祖父だということを確かめようと彼は奥の
間に行った。
 間違いない、父さんの父さんだった。
 茶の間がなにやら騒がしい。
 タケルが障子を開け、茶の間をのぞいてみ
ると、家じゅうの猫という猫が仏壇のなかを
のぞいているところだった。
 タケルはそのとき以来、必死で勉強に励む
ようになった。
 


 
 
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