油屋種吉の独り言

オリジナルの小説や、随筆をのせています。

どん欲 その4

2017-05-17 13:08:01 | 小説

 彼女の唇が洋介の唇にそっと触れ、離れる
ときにプチュッと音がした。
 「どう、いい気持ち?」
 洋介は、はあっと息をはき、
 「そんなこと聞いて、どうする。俺はあん
たのこと何も知らないんだ。蚊に刺されたく
らいにしか感じないね」
 「まあ失礼。このあたしがキスしてあげて
るのに。それじゃこれならどう?」
 言葉とはうらはらに、彼女は二番目のキス
をすぐにしない。
 怒りをおさえているのだろうか。
 女の体がわなわなと震えた。
 この女、どう考えても尋常ではない。第一、
俺が、今、この公園にいることをどうして知
ってるのだろうか。さっき、闇の中で彼女の
姿を見失ったばかりではないか。
 不審に思った洋介は、いくども、自分に問
いかけてみた。
 ひょっとしてこいつは、もののけ、それと
も・・・・・・?
 何かとんでもないことが起こりそうな気配
がして、洋介は、思わず
 「なむあみだぶつ」と、唱えた。
 女はうふっと笑い、
 「それって、なんのまね。あたしには通用
しないわよ、ぜえんぜん。ほらこうしたらど
うなるかな」
 突然、彼女は彼の頭にかみついた。
 大して歯を立てない。
 けものがするようなやりかただ。
 「なんだい、それ?ひょっとして、ヒール
みたいに俺を食べようっての?」
 「ご想像におまかせえ」
 彼女は、あま噛みをくり返した。
 食欲は大いにあるらしく、彼女の唾液が彼
の髪の毛をぬらす。
 それがあまりに多いので、髪の毛をつたっ
て流れ、ポトポトと彼の顔にしたたり落ちた。
 「もうやめなよ。できないことは。大食い
番組みたいなわけに行かないぜ」
 「そうでもないわよ」
 ふいに、女の口がガクッと音を立てた。
 あごが外れた感じだ。
 洋介の頭は大人のわりに小さめ。
 女がガクガクやるたびに、それが彼女の口
にのみこまれ、奥へ奥へと入りこんで行く。
 ふにゃあっ、ふうっ。
 ふいに猫の鳴き声が、彼の耳にとどいた。
 「ちょっ、ちょっと。やめてよ、あたし猫
ってだいっきらいなの。あっ、足をひっかい
たわ」
 洋介にからんでいた女が、突然、彼の体か
ら離れた。
 じりじりとあとずさっていく。
 「どうしたんだい。さっきの威勢は。案外
意気地なしなんだな。猫ぐらい。どこにだっ
ているじゃないか」
 「お願い、その猫、どこかに追い払ってし
まってっ」
 「さあ、どうするかな。俺、猫って大好き
なんだけどね」
 洋介は右手をズボンの右ポケットに入れる
と、もぞもぞさぐった。
 この夕方、居酒屋で食べた枝豆の残りをむ
ぞうさに入れたはずだった。
 ポケットの底にくっついていたのをつかみ、
手でさやを器用にむくと、ころころと手のひ
らにのせた。
 「さあおいで。いいものあげるから」
 「ちょっとやめてよ。手なずけるのは」
 「だって、ほっとけないもの。腹をすかし
ているみたいだし」
 「ひいっ」
 女は叫び声をあげた。
 ほんとに嫌いなのか、それともよほどの猫
アレルギーなのか、彼女はじりじりとあとず
さり、公園の茂みに姿を隠してしまった、 
 どれくらい時間が経っただろう。
 しおれた花のように、彼はただひとりベン
チにすわっていた。
 公園の隅の茂みが、何やらざわざわ音を立
てている。
 何か大きい体を持つものが、ここから立ち
去ろうとしているらしい。
 だが、彼は怖くて近づくことができない。
 しばらくして、ぴちゃぴちゃ、音がした。
 何かが水を飲んでいる気配だ。
 洋介の目が暗闇に慣れたせいか、公園の水
たまりで小さくて黒いものがうごめくのが見
えた。
 ひと組の光る眼が、洋介を見た。
 ふた組、そして三組と・・・・・・。
 一匹や二匹じゃない。
 数えきれないほどの生きものたちが、彼の
ほうに向かってくる。
 「ようすけ、よくわかったでしょ、女はこ
わいって。でれでれしちゃってさまったく。
さあクロおいで。よくやったわね、お前たち
もね。口なおしにおいしいものあげるからお
いで」
 洋介の背後で、さくらの声がした。
 どうしてここにさくらが出て来るんだ。
 彼は何度も首をひねった。
 
 
 
 
 
 
 
 
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