油屋種吉の独り言

オリジナルの小説や、随筆をのせています。

いやな予感 その2

2017-06-17 23:41:56 | 小説

 イサムが住む町営住宅の近くを、大川が流
れている。
 タケルは、その川の土手にある道を、歩い
て家まで帰るつもりらしい。
 「お前、どうしてこんな道を、わざわざ通
って行くんだ?」
 「べつに、いいじゃんか」
 タケルは、イサムの眼を見ないで言う。
 大通りを自転車で来れば良かったのに、と、
イサムは言おうとして喉まで出かかった。
 だが、タケルの気持ちを考え、言いそびれ
てしまった。
 タケルは上着のポケットに両手をつっこみ
とぼとぼと歩いた。
 すぐにでも、自分の気持ちを明かしてくれ
るものと期待していたイサムは、いらいらし
はじめた。
 タケルが歩いて来るのに驚いたのだろうか。
 鴨が二羽、川岸のよしの中から飛びだして
行った。
 彼もびっくりしたのか、立ちどまり、鴨の
行方をじっと見つめた。
 もうタケルなんて知るもんか、友だちがい
のないやつめ、と、イサムは、道端にすわり
こんでしまった。
 携帯をずぼんのうしろポケットから取り出
すと、時間がニ、三分経ったことを確認した
イサムは、もはや我慢もこれまでと思い、立
ち上がった。
 土手わきの笹やぶの向こうに、すくっと立
っている建物の群れに向かって、イサムは小
走りに歩きはじめた。
 家に帰りついたイサムは、応接間のソファ
にごろんと横たわり、まるで謎解きをするか
のように、ああでもないこうでもないと、い
かにも重そうなタケルの課題を想像してみた。
 しかし、タケルが何も言わない以上、その
糸口さえ見つからない。
 頭を悩ますだけむだだと、テレビをつけた。
 しばらく経つと、
 「ただいま」
 小学六年生になる妹のかおりの元気な声が、
玄関で聞こえた。
 まだ、あたりは明るい。
 ひょっとしたら、タケルがもう一度現われ
るかもしれないと思い、イサムはテレビを見
はじめた。
 そのうちに、彼はうとうとしはじめ、いつ
の間にか眠ってしまった。

 タケルが暮れなずむ土手の道をずんずん歩
いて行く。
 タケル、タケルと、イサムは大声で呼びか
けているつもりだが、彼はふり向きもしない。
 タケルは、まるでだんまり虫というお化け
にとりつかれたようだ。
 イサムは、タケルの体が、今にも丸くなり、
彼の背中から、無数のハリがとびだしてくる
錯覚にとらわれた。
 おれにも、満足に打ち明けられないような
悩みをかかえているのか、と思うと、イサム
は悲しくなった。
 見る間に、タケルは土手の道をはずれ、わ
きにあるの背の高い草むらに分け入って行く。
 そっちに行くと、深い森の中だ。
 イサムは驚きのあまり、おおい、どこへ行
くんだよう、と大声をだしたいと思った。
 だが誰かに首をしめられたようで、苦しい。
 結局声にならない。
 「おにいちゃん、おにいちゃん。ごはんだ
って」
 妹の声も、夢のつづきか、と、イサムは疑
ってしまう。
 そっと眼をあけると、彼女がイサムの体を
揺すっていた。

 次の日曜日の午前中は、野球部の活動があ
った。
 きっとタケルが出て来るに違いないと、イ
サムは思ったがむなしかった。
 そして月曜日。
 その日も、タケルは学校を休んだ。
 三日経っても四日経っても、彼は登校して
来ない。
 タケルの机と椅子は、教室のまん中で、主
人がやって来るのを待ち受けているばかりだ
った。
 イサムは思いあまって、学校帰りに、タケ
ルの家を訪ねることにした。
 彼の家の近くに住んでいると言う、クラス
友だちの女の子に、ていねいな地図を描いて
もらい、イサムは、迷いながらも、タケルの
家に着くことができた。、
 イサムが、おそるおそる、彼の家の裏手を
のぞいてみた。
 すると彼が話していたとおりの風景が広が
っている。
 竹林がざわざわと風にそよいでいた。
 「カゼをこじらして、タケルは入院してる
のよ」
 玄関先で、彼の母親が、表情を暗しながら、
しゃべった。
 「せっかく来てくれたんだから」
 イサムは、彼女に、お茶とケーキのもて
なしを受けた。
 「どうもありがとう」
 イサムは頭をさげ、玄関から外にでた。
 病気じゃしかたないや、と自転車に乗ろう
とペダルに右足をかけようとした。
 「ぼく、ぼく」
 誰かが呼びとめた。
 「はい?」
 声がする方を見たが、納屋があるだけだ。
 気のせいだったかと、イサムはペダルを踏
みなおした。
 納屋のひさしがのびているあたりは、影が
いくらか薄くなっている、
 そこに人のいる気配があった。
 イサムは眼をこらすと、黒い紋付に羽織姿
の年輩の男の姿をとらえた。
 左手に提灯を下げている。
 今どきめずらしい服装だな、と、イサムは
ぼんやり、その人を見た。
 「ぼうや、タケルは、家に帰ってないんだ
よ。もうしばらくになる。かわいそうなタケ
ルを探してやってくれないか」
 イサムとその老人は、十メートル以上離れ
ている。
 にもかかわらず、老人の声はジンジンとイ
サムのイサムの胸にひびいた。
 イサムは、その老人を、見たことがない
 タケルから、彼のことをああだのこうだの
と聞かされたこともなかった。
 タケルのじいちゃんはいるにはいたが、す
でに帰らぬ人だった。
 
  
 
 

 
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