その歌手のステージが終わると伯父が立ち上がった。
身に纏っているのは傍目にも分かる、高級感漂う紺色のスーツ。
それを上手に着こなしていた。
「行くか」と、さっさと大股で劇場を出て行く。
その背中を毬子は追う。
出口で腕を絡ませると伯父は嬉しそうに立ち止まった。
「家は息子達ばかりだから、いつも慣れないな」
三人の息子達は何れも成人し、長男以外は東京で仕事をしていた。
「お嫁さんとは一緒に買い物とかしないの」
長男夫婦が同居していた。
「たまにはするが、腕までは組まない。照れるからな」
「私とは」
「照れるよりも嬉しい」
伯父は組む腕に力を込めた。
毬子よりも少しだけ背が高い。
「援交に間違われないかな」
「構わないわ。それで、これからどこに行くの」
「近くのカラオケに人を待たせている」
「誰なの」
「知ってる奴だよ」
伯父が案内したのは、二つ先のビルにあるカラオケ店。
先週、田原と入ったカラオケ店は駅の反対側にある。
この店はCD、DVD等をレンタルしている店の系列店。
伯父と一緒に個室に入ると見知った顔があった。
伯父の秘書が一人で歌っていた。
たいした声量ではないか。
入って来た二人に気付くと恥ずかしそうに歌を止め、毬子に会釈した。
「毬子さん、お久しぶりです」
「英二さん、貴男もお元気そうで」
彼の名前は榊英二。
榊家本家の次男だ。
二十代後半で、長身痩躯。
一目で鍛え上げられているのが感じ取れる。
牧場仕事だけの秘書ではない。
伯父の家は、今は北海道で牧場を営み、酪農を中心とし、牛肉も卸すが、
明治以前は京都のお公家さん、明治になると伯爵。
家柄は古く、様々な交友があり、多様な事業にも手を出していた。
それを取り仕切るのが榊家本家が率いる秘書団。
英二はその一人にすぎない。
毬子の榊家は、五百年ほど前までは公家の毬谷家に仕える青侍であった。
その頃は、時代の趨勢で下級の武士階級が勢いを増し、
朝廷や幕府が力を失い続けるばかりの室町時代終期。
公家でしかない毬谷家は苦しい生活であった。
ましてや使用人の青侍ともなると、悲惨の極み。
そこで榊家に連なる分家諸家は毬谷家の負担となる事を厭い、
榊家本家と袂を分かち、武家として生きる道を選んだ。
そして各地の新興大名に仕官をした。
全ての分家が戦国の世を生き抜いた分けでは無い。
大半は姿を消した。
生き抜いた中で最も僥倖に恵まれたのが毬子の榊家。
信長、秀吉、家康と主人を替え、ここ巣鴨に根を生やした。
毬子の榊家と毬谷家が再び縁を得たのは三十年ほど前。
北海道から上京した母が入学した大学の先輩に父がいたのが発端だ。
遙か昔、主従であった事情も知らずに二人は出遭い、恋に落ちた。
「お父さんの名字が榊姓であっても、疑問は持たなかったらしい。
まあ、五百年前の事なんて私も聞いてなかったから仕様がないよ」と伯父。
主従であった過去が毬谷家、榊家本家周辺で問題とされたが、
母は伯父を味方につけ、強引に嫁入りしたのだそうだ。
「普段は温和しいが芯は頑固だった。
一旦こうと決めると突き進むんだ」と伯父。
英二が床に置かれていたクリーム色のゴルフバックを持ち上げ、
ガラステーブルの上に置いた。
途端に毬子は嫌な気配を感じた。
それはヒイラギも同様だった。
そしてサクラも、「なんなの、この妙な気配は」と色めき立つ。
原因はゴルフバックの中にあるに違いない。
伯父が問う。
「マリ、プレゼントのゴルフセットだよ。
・・・。どうした、顔色が悪いが」
「いいえ、何でも」
「誤魔化さないで私には正直に話してごらん」
毬子は伯父と英二の顔を交互に見た。
どう伝えれば・・・。
伯父が待ちきれぬように口を開いた。
「野上家で辻斬りと立ち合い、
その後、疲れたように芝生の上に寝込んだそうだね」
「どうしてそれを」
警察と野上家の人々が伏せているのでマスコミさえ知らない。
「警察の報告書を取り寄せた」
「取り寄せた、・・・。」
伯父は当然のような顔。
「そう、取り寄せた」
時折、伯父は理解できない影響力を見せる。
ヒイラギが、「前々から変な奴だと思っていたが、ここまでとは」と笑い、
「正直に話した方が良いと思うわね」とサクラが勧める。
毬子は神妙な顔をした。
「笑わないでね。
私ね、ある種の気配が分かるの。
辻斬りと立ち合った時には、握った刀に潜む何かに取り憑かれそうになった。
私に取り憑こうと必死で柄伝いに登って来るの。
辻斬りと戦うよりも大変だったわ。
そして、このバックからも嫌な気配を感じる。中に何かがいるわ」
伯父は眉一つ動かさない。
頭から信じているらしい。
それは英二も同様。食い入るような目で毬子を見詰めていた。
改まった顔で伯父が言う。
「バッグを開けてごらん、分かるから」
毬子は躊躇いながらも言葉に従う。
バッグのファスナーに手を伸ばすと後は早い。
不足の事態に備えながら、さっとファスナーを開けた。
なんと、ドライバーやアイアンに混じって白鞘の日本刀が収められていた。
嫌な気配の発生源は白鞘に違いない。
伯父に目で、「掴んでごらん」と促された。
伯父の思惑が気に掛かるが、毬子を騙す人ではない。
今ここで理由を説明せぬのは、何か試したい事があるのに違いない。
それは、「この白鞘を抜けば分かる」と言う事か。
「昔から刀に潜むのを好む霊がいるわ。
これにも・・・多分そうね。
だから切っ先まで全部は抜かない、途中で止めるのよ」とサクラ。
ヒイラギは、「任せろ」と、さっきから万一の事態に備えていた。
戦う前から恐る恐るでは勝てる勝負も負けてしまう。
毬子は気合いを入れ直し、白鞘に手を伸ばした。
柄を掴んで目の高さにまで持ち上げ、両手で水平に持ち直した。
傍目には分からないだろうが、内部から怪しげな震動が伝わって来た。
まるで、『風神の剣』を思わせるではないか。
★
原発事故で埼玉県加須市に避難している福島県双葉町の町長が妙な事を。
これまで三億五千万近くもの義援金が届いたというのに、
未だ、町民には一円たりとも配分していないそうです。
理由は、お世話になったいる地域に謝礼をしたいとか。
その判断に迷っているようです。
避難して来ている双葉町から謝礼金を差し出されても、
地域の人達は喜ばないでしょう。
見返りが欲しくて双葉町を受け入れているわけではないのです。
「困っている人の役に立ちたい」という気持だけなのです。
それを謝礼金で汚されては・・・。
また、避難民の一人が児童売春、ポルノ禁止法違反で、
警視庁に逮捕された事から、
今月からの義援金の受け取りを辞退する意向を表明しました。
どこにも、如何なる時でも、腐った林檎はいるのです。
それを町民の全体責任にするとは・・・。
町長とか公務員は給与があるから義援金は不要かもしれないけど、
大半の避難民の皆さんは収入の当てがないのです。
それを・・・。
あぁぁぁぁ・・・。
困るのは
独りよがりの
正義感
★
ランキングです。
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身に纏っているのは傍目にも分かる、高級感漂う紺色のスーツ。
それを上手に着こなしていた。
「行くか」と、さっさと大股で劇場を出て行く。
その背中を毬子は追う。
出口で腕を絡ませると伯父は嬉しそうに立ち止まった。
「家は息子達ばかりだから、いつも慣れないな」
三人の息子達は何れも成人し、長男以外は東京で仕事をしていた。
「お嫁さんとは一緒に買い物とかしないの」
長男夫婦が同居していた。
「たまにはするが、腕までは組まない。照れるからな」
「私とは」
「照れるよりも嬉しい」
伯父は組む腕に力を込めた。
毬子よりも少しだけ背が高い。
「援交に間違われないかな」
「構わないわ。それで、これからどこに行くの」
「近くのカラオケに人を待たせている」
「誰なの」
「知ってる奴だよ」
伯父が案内したのは、二つ先のビルにあるカラオケ店。
先週、田原と入ったカラオケ店は駅の反対側にある。
この店はCD、DVD等をレンタルしている店の系列店。
伯父と一緒に個室に入ると見知った顔があった。
伯父の秘書が一人で歌っていた。
たいした声量ではないか。
入って来た二人に気付くと恥ずかしそうに歌を止め、毬子に会釈した。
「毬子さん、お久しぶりです」
「英二さん、貴男もお元気そうで」
彼の名前は榊英二。
榊家本家の次男だ。
二十代後半で、長身痩躯。
一目で鍛え上げられているのが感じ取れる。
牧場仕事だけの秘書ではない。
伯父の家は、今は北海道で牧場を営み、酪農を中心とし、牛肉も卸すが、
明治以前は京都のお公家さん、明治になると伯爵。
家柄は古く、様々な交友があり、多様な事業にも手を出していた。
それを取り仕切るのが榊家本家が率いる秘書団。
英二はその一人にすぎない。
毬子の榊家は、五百年ほど前までは公家の毬谷家に仕える青侍であった。
その頃は、時代の趨勢で下級の武士階級が勢いを増し、
朝廷や幕府が力を失い続けるばかりの室町時代終期。
公家でしかない毬谷家は苦しい生活であった。
ましてや使用人の青侍ともなると、悲惨の極み。
そこで榊家に連なる分家諸家は毬谷家の負担となる事を厭い、
榊家本家と袂を分かち、武家として生きる道を選んだ。
そして各地の新興大名に仕官をした。
全ての分家が戦国の世を生き抜いた分けでは無い。
大半は姿を消した。
生き抜いた中で最も僥倖に恵まれたのが毬子の榊家。
信長、秀吉、家康と主人を替え、ここ巣鴨に根を生やした。
毬子の榊家と毬谷家が再び縁を得たのは三十年ほど前。
北海道から上京した母が入学した大学の先輩に父がいたのが発端だ。
遙か昔、主従であった事情も知らずに二人は出遭い、恋に落ちた。
「お父さんの名字が榊姓であっても、疑問は持たなかったらしい。
まあ、五百年前の事なんて私も聞いてなかったから仕様がないよ」と伯父。
主従であった過去が毬谷家、榊家本家周辺で問題とされたが、
母は伯父を味方につけ、強引に嫁入りしたのだそうだ。
「普段は温和しいが芯は頑固だった。
一旦こうと決めると突き進むんだ」と伯父。
英二が床に置かれていたクリーム色のゴルフバックを持ち上げ、
ガラステーブルの上に置いた。
途端に毬子は嫌な気配を感じた。
それはヒイラギも同様だった。
そしてサクラも、「なんなの、この妙な気配は」と色めき立つ。
原因はゴルフバックの中にあるに違いない。
伯父が問う。
「マリ、プレゼントのゴルフセットだよ。
・・・。どうした、顔色が悪いが」
「いいえ、何でも」
「誤魔化さないで私には正直に話してごらん」
毬子は伯父と英二の顔を交互に見た。
どう伝えれば・・・。
伯父が待ちきれぬように口を開いた。
「野上家で辻斬りと立ち合い、
その後、疲れたように芝生の上に寝込んだそうだね」
「どうしてそれを」
警察と野上家の人々が伏せているのでマスコミさえ知らない。
「警察の報告書を取り寄せた」
「取り寄せた、・・・。」
伯父は当然のような顔。
「そう、取り寄せた」
時折、伯父は理解できない影響力を見せる。
ヒイラギが、「前々から変な奴だと思っていたが、ここまでとは」と笑い、
「正直に話した方が良いと思うわね」とサクラが勧める。
毬子は神妙な顔をした。
「笑わないでね。
私ね、ある種の気配が分かるの。
辻斬りと立ち合った時には、握った刀に潜む何かに取り憑かれそうになった。
私に取り憑こうと必死で柄伝いに登って来るの。
辻斬りと戦うよりも大変だったわ。
そして、このバックからも嫌な気配を感じる。中に何かがいるわ」
伯父は眉一つ動かさない。
頭から信じているらしい。
それは英二も同様。食い入るような目で毬子を見詰めていた。
改まった顔で伯父が言う。
「バッグを開けてごらん、分かるから」
毬子は躊躇いながらも言葉に従う。
バッグのファスナーに手を伸ばすと後は早い。
不足の事態に備えながら、さっとファスナーを開けた。
なんと、ドライバーやアイアンに混じって白鞘の日本刀が収められていた。
嫌な気配の発生源は白鞘に違いない。
伯父に目で、「掴んでごらん」と促された。
伯父の思惑が気に掛かるが、毬子を騙す人ではない。
今ここで理由を説明せぬのは、何か試したい事があるのに違いない。
それは、「この白鞘を抜けば分かる」と言う事か。
「昔から刀に潜むのを好む霊がいるわ。
これにも・・・多分そうね。
だから切っ先まで全部は抜かない、途中で止めるのよ」とサクラ。
ヒイラギは、「任せろ」と、さっきから万一の事態に備えていた。
戦う前から恐る恐るでは勝てる勝負も負けてしまう。
毬子は気合いを入れ直し、白鞘に手を伸ばした。
柄を掴んで目の高さにまで持ち上げ、両手で水平に持ち直した。
傍目には分からないだろうが、内部から怪しげな震動が伝わって来た。
まるで、『風神の剣』を思わせるではないか。
★
原発事故で埼玉県加須市に避難している福島県双葉町の町長が妙な事を。
これまで三億五千万近くもの義援金が届いたというのに、
未だ、町民には一円たりとも配分していないそうです。
理由は、お世話になったいる地域に謝礼をしたいとか。
その判断に迷っているようです。
避難して来ている双葉町から謝礼金を差し出されても、
地域の人達は喜ばないでしょう。
見返りが欲しくて双葉町を受け入れているわけではないのです。
「困っている人の役に立ちたい」という気持だけなのです。
それを謝礼金で汚されては・・・。
また、避難民の一人が児童売春、ポルノ禁止法違反で、
警視庁に逮捕された事から、
今月からの義援金の受け取りを辞退する意向を表明しました。
どこにも、如何なる時でも、腐った林檎はいるのです。
それを町民の全体責任にするとは・・・。
町長とか公務員は給与があるから義援金は不要かもしれないけど、
大半の避難民の皆さんは収入の当てがないのです。
それを・・・。
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