俺の視線が動かないのに気付いたのだろう。
祖父が尋ねてきた。
「ダン、どうした、何か珍しいものでも見つけたのか」
咄嗟に、思わぬ言い訳が口をついて出た。
「川の水は、どこから来て、どこに、流れているのかな」
幼児口調で問い返すと、祖父は口元を綻ばせた。
「向こうを流れる川を、ようく見な。
西の山々に降った雨が、あの川に流れ込み、流れ流れて、
ずっと東にある海に流れて行くんだ」
「そうか、東の海に、雨が溜まるんだね。でも海ってなあに」
勘違いした祖父が海の話をしてくれた。
川沿いに東へ下ると海がある、と言う。
東の集落の更に東、途中で道が途切れているが、
山を越えて三日も進むと海なのだそうだ。
入り江や砂浜があって港や塩田を造るのに適している、とか。
初耳だった。
祖父の話しを聞きながらも、俺は行商人から目を離さなかった。
すると行商人がこちらに足を向けて来た。
橋を渡って中央の集落を目指すつもりらしい。
と、気になる別の人影を見つけた。
行商人から少し離れた後方に二人。
よくよく見ると、村人であった。
二人は時折、耳打ちしながら、行商人を尾行していた。
あれは十日ほど前のことだった。
村を訪れた領内巡視の役人が父に、
「このところ隣領にも盗賊団が出没するようになった」と語り、
「こちらの領地に流れて来るかも知れん」と注意を促した。
父はその日のうちに村の主立った者達を集めて、
盗賊団対策を話し合った。
その中に今、尾行している二人の顔があった。
盗賊団の下見の者が行商人に扮している、
とすれば全てに納得がゆく。
俺は安堵して視線を祖父に向けた。
「お爺さま、お腹が減った」
「そうか、そうか。屋敷に戻るか」
夜半から雨が降り始めた。
翌朝には本降りとなって、二日降り続いた。
六日目の深夜を過ぎた頃合いであった。
俺は胸騒ぎで目を覚ました。
なにやら・・・、勘を信じて五感を解放した。
脳内にモニターをイメージした。
巨大画面に村の全景を映した。
俯瞰図。
情報量が多すぎた。
そこで人のみの表示に切り替えた。
大勢が緑色で表示された。
動きがないことから寝ている、と分かった。
村内に怪しい動きはなく、平和に寝静まっていた。
侵入して来るとなれば西か北だろう、と当たりをつけた。
その西の集落の外側に見つけた。
多数の緑色と茶色、二色が点滅していた。
点滅は動いていることを裏付けていた。
緑色が人、茶色は馬。
三十数人と三十数頭。
賊の一団、と判断した。
賊は馬から降りて、手綱を引きながら進んで来る様子。
物音が一つとして漏れていないのは、
声を出させないために人と馬に枚を銜えさせている証。
熟れた連中のようだ。
どうやら連中には魔法使いがいないらしい。
通常、敵中を進軍する時は、
探知魔法が使える者を同道するのを常とするが、気配が全くない。
賊風情では雇えないのかも知れない。
まあ、それも無理からぬこと。
探知魔法を使える者は希少で、引く手数多なのだ。
代わりに偵察要員として獣人を雇うのだが、それもない。
賊の一団は村で飼っている犬・猫に騒がれぬように、
気配を消して侵入して来た。
西の集落を音もなく通過した。
連中の目指すところは分かっていた。
屋敷の蔵に違いない。
下見しているせいか、迷いがない。
下見の者が見逃している点が一つあった。
村には人ばかりではなく獣人もいる、ということだ。
数こそ少ないが、五家族を村人として迎え入れていた。
獣人の特徴は屈強・俊敏な戦士というだけではない。
目・耳・鼻が優れているので偵察・警備要員としても使えるのだ。
すでに獣人達が蠢き始めていた。
村人のうちの点滅する緑色が、それだ。
勘働きで賊の侵入に気付いたのだろう。
段取りに従い、夜目の利く彼らは灯りを点けず、
小声で村の家々を起こし回っていた。
前もって賊の襲来を想定していたので、無用の混乱は生じていない。
下の二階に寝ている父が、獣人の一人に起こされた。
屋敷内の長屋の男達は既に身支度を整え、
内庭で迎撃の準備を行っていた。
村人の一人が青い点滅に変わった。
場所からすると神社の宮司。治癒魔法の使い手。
獣人に起こされなくても漂う雰囲気から、それと気付いたのだろう。
彼は宮司としての役目柄、治癒魔法に特化しているのだが、
他の魔法が使えない分けではない。
ただ、本人が自覚しているように、何れもが低レベルなのだ。
おそらく今、この瞬間、探知魔法を発動したに違いない。
俺は低レベルの魔力を読み取った。
困った。
探知魔法が俺の五感開放に接触するかも知れない。
居場所の特定までは難しいだろうが、興味を持たれたくはない。
慌てて自分のスイッチをオフにした。
階下から上がってくる足音がした。
軽い足音からケイトと知れた。
獣人の娘で俺より二つ上。
ノックもなく、ドアが開けられた。
俺も夜目が利いた。
両手を上げて彼女を迎えた。
「まあまあ」とケイト、視線を合わせ、
「変な子よね。私達みたいに耳も夜目も利くんだから」呆れながら、
愛おしそうに俺を抱き上げた。
二つ上でも獣人の成長は早い。
見た目は、俺の五つ上の次兄・カイルと同じ体躯であった。
獣人は全身毛むくじゃら、という分けではない。
特徴は耳と尻尾、毛髪の色にあった。
男は尖った堅い耳と、長くて太い尻尾。
女は長くて柔らかい耳と、丸くて短い尻尾。
毛髪は男女ともに黄色。
他の部位は人と変わらなかった。
ケイトは俺を胸元に抱えながら、二人の兄達を起こして回った。
「声を出しては駄目だそうです。
分かったら、静かに一階まで下りますよ」
月明かりが盗賊団に味方した。
足元が見えるので誰一人躓くことなく、侵入は滞らずに行えた。
先頭の首領の口元は綻んでいた。
内心の喜びが隠せなかった。
なにしろ戸倉村はお宝の山のようなもの。
辺境の地にあるので今まで気にも留めなかったが、
領都で仕入れた情報によると、
戸倉村は米・麦だけでなく、牛・馬を飼い、その上、
木材・石材の加工に鍛冶をも行っているとか。
そして村最大の収益源は馬車の製造。
台数こそ少ないが、
製造される荷馬車・幌馬車・箱型馬車は最高の仕上がりなので、
商人達は高値でも喜んで仕入れるのだそうだ。
彼は村長の蔵には、お宝が眠っていると確信した。
それに時間が余れば、集落全ての家捜しも出来る。
略奪品を積む馬車もあるとなれば、さらに欲をかくもの。
馬車に余裕があれば、村人を拉致して奴隷としても売りさばける、と。
中央の集落は目前、彼は命じた。
「馬に乗れ。これより突っ走り、蔵を襲撃する」
一斉に鬨の声が上がった。
鼓舞する為だけに荒っぽい手段をとった分けではない。
手下一同の怒号と馬の嘶きで村全体を恐慌に陥れる目的もあった。
これまでは、この手法で相手側の士気を挫いた。
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祖父が尋ねてきた。
「ダン、どうした、何か珍しいものでも見つけたのか」
咄嗟に、思わぬ言い訳が口をついて出た。
「川の水は、どこから来て、どこに、流れているのかな」
幼児口調で問い返すと、祖父は口元を綻ばせた。
「向こうを流れる川を、ようく見な。
西の山々に降った雨が、あの川に流れ込み、流れ流れて、
ずっと東にある海に流れて行くんだ」
「そうか、東の海に、雨が溜まるんだね。でも海ってなあに」
勘違いした祖父が海の話をしてくれた。
川沿いに東へ下ると海がある、と言う。
東の集落の更に東、途中で道が途切れているが、
山を越えて三日も進むと海なのだそうだ。
入り江や砂浜があって港や塩田を造るのに適している、とか。
初耳だった。
祖父の話しを聞きながらも、俺は行商人から目を離さなかった。
すると行商人がこちらに足を向けて来た。
橋を渡って中央の集落を目指すつもりらしい。
と、気になる別の人影を見つけた。
行商人から少し離れた後方に二人。
よくよく見ると、村人であった。
二人は時折、耳打ちしながら、行商人を尾行していた。
あれは十日ほど前のことだった。
村を訪れた領内巡視の役人が父に、
「このところ隣領にも盗賊団が出没するようになった」と語り、
「こちらの領地に流れて来るかも知れん」と注意を促した。
父はその日のうちに村の主立った者達を集めて、
盗賊団対策を話し合った。
その中に今、尾行している二人の顔があった。
盗賊団の下見の者が行商人に扮している、
とすれば全てに納得がゆく。
俺は安堵して視線を祖父に向けた。
「お爺さま、お腹が減った」
「そうか、そうか。屋敷に戻るか」
夜半から雨が降り始めた。
翌朝には本降りとなって、二日降り続いた。
六日目の深夜を過ぎた頃合いであった。
俺は胸騒ぎで目を覚ました。
なにやら・・・、勘を信じて五感を解放した。
脳内にモニターをイメージした。
巨大画面に村の全景を映した。
俯瞰図。
情報量が多すぎた。
そこで人のみの表示に切り替えた。
大勢が緑色で表示された。
動きがないことから寝ている、と分かった。
村内に怪しい動きはなく、平和に寝静まっていた。
侵入して来るとなれば西か北だろう、と当たりをつけた。
その西の集落の外側に見つけた。
多数の緑色と茶色、二色が点滅していた。
点滅は動いていることを裏付けていた。
緑色が人、茶色は馬。
三十数人と三十数頭。
賊の一団、と判断した。
賊は馬から降りて、手綱を引きながら進んで来る様子。
物音が一つとして漏れていないのは、
声を出させないために人と馬に枚を銜えさせている証。
熟れた連中のようだ。
どうやら連中には魔法使いがいないらしい。
通常、敵中を進軍する時は、
探知魔法が使える者を同道するのを常とするが、気配が全くない。
賊風情では雇えないのかも知れない。
まあ、それも無理からぬこと。
探知魔法を使える者は希少で、引く手数多なのだ。
代わりに偵察要員として獣人を雇うのだが、それもない。
賊の一団は村で飼っている犬・猫に騒がれぬように、
気配を消して侵入して来た。
西の集落を音もなく通過した。
連中の目指すところは分かっていた。
屋敷の蔵に違いない。
下見しているせいか、迷いがない。
下見の者が見逃している点が一つあった。
村には人ばかりではなく獣人もいる、ということだ。
数こそ少ないが、五家族を村人として迎え入れていた。
獣人の特徴は屈強・俊敏な戦士というだけではない。
目・耳・鼻が優れているので偵察・警備要員としても使えるのだ。
すでに獣人達が蠢き始めていた。
村人のうちの点滅する緑色が、それだ。
勘働きで賊の侵入に気付いたのだろう。
段取りに従い、夜目の利く彼らは灯りを点けず、
小声で村の家々を起こし回っていた。
前もって賊の襲来を想定していたので、無用の混乱は生じていない。
下の二階に寝ている父が、獣人の一人に起こされた。
屋敷内の長屋の男達は既に身支度を整え、
内庭で迎撃の準備を行っていた。
村人の一人が青い点滅に変わった。
場所からすると神社の宮司。治癒魔法の使い手。
獣人に起こされなくても漂う雰囲気から、それと気付いたのだろう。
彼は宮司としての役目柄、治癒魔法に特化しているのだが、
他の魔法が使えない分けではない。
ただ、本人が自覚しているように、何れもが低レベルなのだ。
おそらく今、この瞬間、探知魔法を発動したに違いない。
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探知魔法が俺の五感開放に接触するかも知れない。
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軽い足音からケイトと知れた。
獣人の娘で俺より二つ上。
ノックもなく、ドアが開けられた。
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「まあまあ」とケイト、視線を合わせ、
「変な子よね。私達みたいに耳も夜目も利くんだから」呆れながら、
愛おしそうに俺を抱き上げた。
二つ上でも獣人の成長は早い。
見た目は、俺の五つ上の次兄・カイルと同じ体躯であった。
獣人は全身毛むくじゃら、という分けではない。
特徴は耳と尻尾、毛髪の色にあった。
男は尖った堅い耳と、長くて太い尻尾。
女は長くて柔らかい耳と、丸くて短い尻尾。
毛髪は男女ともに黄色。
他の部位は人と変わらなかった。
ケイトは俺を胸元に抱えながら、二人の兄達を起こして回った。
「声を出しては駄目だそうです。
分かったら、静かに一階まで下りますよ」
月明かりが盗賊団に味方した。
足元が見えるので誰一人躓くことなく、侵入は滞らずに行えた。
先頭の首領の口元は綻んでいた。
内心の喜びが隠せなかった。
なにしろ戸倉村はお宝の山のようなもの。
辺境の地にあるので今まで気にも留めなかったが、
領都で仕入れた情報によると、
戸倉村は米・麦だけでなく、牛・馬を飼い、その上、
木材・石材の加工に鍛冶をも行っているとか。
そして村最大の収益源は馬車の製造。
台数こそ少ないが、
製造される荷馬車・幌馬車・箱型馬車は最高の仕上がりなので、
商人達は高値でも喜んで仕入れるのだそうだ。
彼は村長の蔵には、お宝が眠っていると確信した。
それに時間が余れば、集落全ての家捜しも出来る。
略奪品を積む馬車もあるとなれば、さらに欲をかくもの。
馬車に余裕があれば、村人を拉致して奴隷としても売りさばける、と。
中央の集落は目前、彼は命じた。
「馬に乗れ。これより突っ走り、蔵を襲撃する」
一斉に鬨の声が上がった。
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手下一同の怒号と馬の嘶きで村全体を恐慌に陥れる目的もあった。
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