内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

街吹く風が皆休もうよと囁いている ― 夏休み日記(10)

2017-07-26 18:28:52 | 読游摘録

 今日、朝方は今にも雨が降り出しそうな曇り空で、気温もプール開門の午前7時の時点で16度前後でした。こんな天気のときに朝から屋外で泳ごうという人はあまりなく、いつもより空いていて、とても快適に泳げました。それでなくても、多くの人がヴァカンスに出かけてしまうこの時期、夏なのにプールはかえって空いているというのがフランスの都市部の市営プールのいいところです。
 昼からは晴れ間が広がり、それにともない気温も上昇し、夕方には22度に達しました。湿度は逆に下がり、50%を切り、気持ちのよい爽やかな風が樹々を揺らせる中、大学まで書類を取りに自転車で行ってきました。もうキャンパスに人影はまばらで、路面電車の大学の最寄り駅も閑散としていました。
 それはまるでこの期間は皆休んでいいんだよと街吹く風がいたるところで囁いているかのようです。自宅から大学へのいつも通勤路をまわりの景色に目をやりながらゆっくりと往復する間、その風の囁きをずっと聞いていました。
 今年の二月三日の記事で紹介した Mickael Lucken 先生の中井正一論 Nakai Masakazu. Naissance de la théorie critique au Japon, 2015 を今さきほど読み終えました。中井正一の知的伝記を縦軸としながら、同時代の他の日本の哲学者・思想家・歴史家・文学者・画家・劇作家の時代との関係を横軸にすることで、中井固有の思想的立場を明らかにし、大正期から戦争期を経て中井が亡くなる50年代初めまでの近代日本哲学史を、同時代の欧米哲学思潮との関係・差異を丁寧に検証しながら辿り直した労作です。多くのことを私は本書から学びました。
 来週の集中講義でも次の一節を取り上げ、技術と批判思想との関係について学生たちと議論するつもりです。

Le principe, comme on l’a déjà vu, est la généralisation de la pensée critique qui suppose le rejet des conceptions hypostasiées, théophaniques de la vérité. Le reste est affaire de technique. Nakai ne méprise pas cet aspect, au contraire. Il a beaucoup réfléchi aux questions d’organisation, car, au fond, technique et pensée critique sont synomymes (op. cit., p. 213).











 

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