稲毛聖書教会

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2016年11月20日 | 週報
二〇一六年十一月二十日 NO・四三―三四      聖 書 日 課   
   礼 拝 次 第        (日)イザヤ    四章(月)  〃    五章
         司会 高 澤兄(火)  〃    六章(水)  〃   七章 
         奏楽 慰 子姉(木)  〃    八章(金)  〃    九章 
招詞祈祷  詩編百二十六編五~六節   (土)  〃     十章
頌  栄  聖 歌三八四番             (お 知 ら せ)
信仰告白  使徒信条           ◎早天祈祷会(月~土)午前五時三十~五五分。
讃  美  讃美歌六二番         ◎二四日(木)午後二時より祈祷会です。
主の祈り                   ◎本日午後一時より「祈りのこころ」の読書会です。
交 読 文  詩編百二十三編        ◎本日午後責任役員会。
讃  美  讃美歌二七七番        ◎十七日(木)午前十時より故小村スエコ姉妹の告別式
献  金  感謝の祈り      高沢姉    が執り行われました。 
讃  美  聖 歌五七六番     
説  教  Ⅰコリント二章一~五節    わたしの言葉もわたしの宣教も、  
讃  美  聖 歌七二二番        知恵にあふれた言葉によらず、
祈  祷             坂本兄   霊と力の証明によるものでした。
頌栄祝祷  聖 歌三八三番                 Ⅰコリント二章四節
   
   十字架の事実を告げるあかし       
 今日の個所は、一章十八以下の主題である「神の知恵」につながる。ここまで語られてことは、神の知恵の内容は、十字架につけられたキリストが人間を救う力とである。さらに神の知恵の対象は、この世的に「知恵ある者、能力のある者、家柄のよい者」でない者を選んで救いにあずからせた。そして今日の個所では、神の知恵の伝達方法が取り上げられている。

 パウロの伝道の方法は、「優れた言葉や知恵」を用いてなされなかった。現代に当てはめれば、聖歌隊による素晴らしい讃美、美しい音色の楽器、効果的な演出などを用いて人々を魅了するという方法を用いるのではなく、どこまでも「十字架につけられたキリスト」をそのまま宣べ伝えたのである。これは先の神の知恵の内容・対象に合致する。人が救われてキリスト者となるのは、福音を聞く人が、すばらしい知恵の言葉や讃美に魅了されるからではない。語る人間の何かによってではなく、どこまでも聖霊の働き―霊と力の証明(四節)―によるのである。だから私たちもまた、キリストを証する時、巧みに語ることに心を用いるのではなく、単純にキリストの十字架を唯一の救いであると提示すればよいのである。そこにおいて事をなされるのは聖霊である。

 五節を新共同訳は「それは、あなたがたが人の知恵によってではなく、神の力によって信じるようになるためである。」と訳しているが、直訳すれば「それは、あなたたがたの信仰が人の知恵によらないで、むしろ神の力に基づくためである」となる。つまりここでは、新共同訳のように、信じる方法が問題になっているのではなく、私たちに信仰が与えられているのは、神の力によってであることが強調されている。だから三節で言われているように、たとえ福音を伝えるパウロが「衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安」な状態であっても、それは全く問題ではない。伝え手がどうであれ、福音の内容そのものが、神の知恵、力であり、それだけが人を救う事実は変わらないからである。それゆえ私たちもまた、単純にキリストの十字架を人類の唯一の救いとして伝えればよいのである。
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