経堂緑岡教会  説教ブログ

松本牧師説教、その他の牧師の説教、松本牧師の説教以外のもの。

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別の道を歩む人生

2015年03月31日 | 説教その他

マタイによる福音書2章1~12節

降誕節第一主日礼拝 2014年12月28日

                     伝道師 八重樫捷朗

 

  

まことの光を求めて

  最初に救い主の誕生を祝って拝みに来たのは、祭司長たちでも聖書に詳しい律法学者たちでもなく、遠い東の国の異邦人である占星術の学者たちでした。占星術の学者は、星の動きを見極めながら真理を求める人たちでした。彼らは天上においてまばゆいばかりの光の星に、ただならぬものを受けとめたに違いありません。彼らはその知識と経験のすべてを傾けて、今までとは違う新しい王が生まれるということをその星の動きによみとったのでしょう。遥か遠くの地に旅立っても、その方と会いたいという思いが、彼らの人生の決断として芽生えたのでしょう。彼らは行く先を知らずしてまことの光「真理」を求め、心に秘めた希望を持って、新しい真理に向かう道を一歩踏み出しました。

 彼らはまずユダヤの都エルサレムに向かい、ヘロデの宮殿を訪れます。しかしエルサレムでは王として生まれた幼子に出会うことはできませんでした。彼らの予測、判断、知恵、知識、努力などそのすべてはイエスとの出会いとして実りません。星に導かれながらも、人間的な、あまりにも地上における価値判断に身をゆだねて道をたどってきた学者たちの挫折が示されています。しかし、不安と恐れ、戸惑いと混迷、挫折の中で、昔から伝えられてきた聖書の語りかけが、学者たちの行くべき所を新たに示し出しました。

  ユダヤ人の王誕生の知らせを聞いた時のヘロデ王の不安と幼児殺害の事件は、人間の罪の極みの中での救い主の誕生を表しています。そこで学者たちが目にしたのは、飼い葉桶に眠るイエスの姿、それはいかなる意味においても強さ、力、権威というものとは縁のない者の姿をした「メシアの姿」でした。学者たちはことごとく自分の思惑がひっくり返されるにもかかわらず「喜びにあふれて」幼子を拝む礼拝がそこに生まれます。

 三人の学者が象徴する伝説と捧げ物(黄金・乳香・没薬)とはもともと彼らの商売道具で、これまで自分が大切にしてきた物、かけがえのない物を主の前に差し出して生きるということです。

 

別の道を通って

 幼子イエスを礼拝した学者たちは12節「夢のお告げ」に従って「別の道を通って」帰る人に変えられたのです。幼子を王として拝した時に、価値観の転換が起こったと考えられます。彼らはもと来た道を帰らず、別の道を歩み出したのです。その際にも、新しい道を歩む決断が求められます。その道には新たな困難があるでしょう。しかしそれはイエスを心に迎え入れて生きる者の道です。イエスを自分の生の拠点にして新しく生き直すことです。この学者たちのように二千年の歴史を通じて代々の人々が、この物語の中にイエス・キリストとの出会いを与えられ、自分の生きる新たな道を見出してきたということです。かけがえのない物を主の前に差し出して主を礼拝することによって、何よりも私たち自身が、これまでしがみついて生きてきた自分から解放されるのです。

 

ヘロデの道とイエスの道 

マタイによる福音書では「滅びに通じる門は広く……そこから入る者が多い。……命に通じる門はなんと狭く……それを見いだす者は少ない」(7章13~14節)とあります。私達は少なからず力の信奉者としてヘロデが歩いた道を歩もうとします。豊かさに向かう権力への道、自分の置かれた地位への執着心を持ちますが、そのような道は決して命に至る道ではありません。ヘロデの目指した広い道に対比された狭い道とは布に包まれた幼子イエスに向かう道で、ヘロデの道は不安と恐れ、憎しみがあり喜びや平安、平和がない、私達が歩みがちな道であります。イエスの誕生は滅びに至る道とは違う別の道がこの世に出現したということです。力の原理とは違う原理が示されたということで驚くべき価値観の転換が起こります。

神学者ボンヘッファーは次のように言いました。「私達人間はヘロデの側に立っているのに対し、神は幼子イエスの側に立っている。しかしイエスの降誕によって新しく出現した新しい道を歩むものでありたい。」

 

究極の捧げ物は自分

まことの光を求めて旅した学者は、イエスを礼拝したあと別の道を通って帰って行きました。私達もまことの光を求めて毎週礼拝を捧げます。私もまことの光を確認したくて神学校に入学しました。四月からの伝道師の生活は別の道を通って帰って行く人生のようです。しかしイエスの道を歩む人生を望みながら、なかなか自分を捧げきれませんでした。

紀元前BC、紀元後ADという暦の数え方はイエスのご降誕が基準になっています。ADはイエスを主とするhis・ story(ヒストリー)としての西暦年の始まりです。私達はhis(イエス)の道に出会って各々my・storyを歩み出します。イエスと出会い別の道を歩み出した、人生の方向転換をした歴史上の人物は、シュバイツァー博士はじめ数えきれません。

 12月26日に恒例のクリスマスプレゼントを山谷伝道所、寿センター、桜本教会に届けに行きましたが、そこで身近な人々の人生にそれを知ることができました。信仰は自己放棄であり断念であります。私達の仕方で貧しいイエスに似た存在になることを学びました。

ある神学者は、信仰というのは人間が自分自身のもとにいることをやめて、自分を中心とすることをやめて、自分の外にある中心に向かって生きることだ。すなわち「自分自身から目をあげて生きること」と言いました。自分を捧げて主のために生きること、自分中心の生き方と決別して、かけがえのない自分を主の前に差し出して、これからは救い主イエスを自分の生の拠点として新しく生きるということです。神の子イエスの誕生を祝って、この世で人として生き給うたイエスの御霊が現在を生きているわれわれの人生を導いていることを信じて、新しくスタートをしたいと思います。

 

 

 

 

 

日本キリスト教団 経堂緑岡教会

〒156-0052 世田谷区経堂1-30-21

Tel:03-3428-4067 Fax:03-3428-3377

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世界に平和

2015年03月31日 | 説教その他

ルカによる福音書2章1~20節

マタイによる福音書2章1~11節/詩編85編9~14節

キャンドルサービス 2014年12月24日

                             牧師 松本 敏之

 

 

 

 2014年も終わろうとしていますが、振り返ってみますと、今年も決して平和な年ではありませんでした。ウクライナ東部においては、ウクライナ軍と親ロシア派軍の戦闘が日増しに激しくなっています。シリアにおいては、アサド政権と反政府勢力の軍事衝突が続いています。アフガニスタンにおいては、タリバンの抵抗がなお続き、インドとパキスタンの間では、カシミール地方をめぐり軍事衝突があります。その他の地域においても、大小さまざまな紛争があります。

 そうした中、パキスタンのマララ・ユスフザイさんが、インドのカイラシュ・サティアルティさんと共に、ノーベル平和賞を受賞したことは明るい未来を予見させるうれしいニュースでした。マララさんは、1997年生まれの17歳の少女です。彼女は、去る12月10日、ノーベル平和賞受賞の際、すばらしいスピーチをしました。

 「私たちは教育を渇望していました。なぜならば、私たちの未来はまさに教室の中にあったのですから。……ですが、こうした日々は続きませんでした。観光と美の地であるスワートが突如として、テロリズムの地と化したのです。400以上の学校が破壊され、女性たちはむちで打たれました。人々が殺されました。」

マララさんはこう続けます。

 「私たち子供にはわかりません。なぜ『強い』といわれる国々は、戦争を生み出す力がとてもあるのに、平和をもたらすことにかけては弱いのでしょうか。なぜ、銃を与えることはとても簡単なのに、本を与えることはとても難しいのでしょうか。なぜ戦車をつくることはとても簡単で、学校を建てることはとても難しいのでしょうか。」

 

私は、この言葉を読みながら、安倍晋三政権の「積極的平和主義」という言葉を、対比的に思い起こしました。安倍政権のいわゆる「積極的平和主義」とは、「自国のみならず、地域および国際社会の平和の実現のために、能動的・積極的に行動を起こすことに価値を求める思想」とのことです。手短に言えば、平和を実現するためには、ただ受身で消極的に待つだけではなく、再軍備の道を歩む必要があるということになろうかと思います。しかし果たして、そのようにして平和は得られるのでしょうか。

元来、「積極的平和」という言葉は、平和学の分野において全く別の意味で用いられました。ヨハン・ガルトゥングという学者は、単に「戦闘が行われていない状態」のことを「消極的平和」と呼び、それに対して、「戦闘状態がないだけではなく、人間の生のあらゆる領域において、望ましい満ち足りた状態、何かが欠けたり、損なわれたりしていない状態」のことを「積極的平和」と呼びました。それはまさに、旧約聖書の預言者たちが語った「シャローム」の状態と言ってもよいでしょう。「シャローム」という言葉は、通常は、「平和」と訳されますが、「平和」の他に、「平安」「無事」「健康」「和解」「繁栄」とも訳せる言葉です。そういう「積極的平和」状態を作り出すことが本当の「積極的平和主義」と言わなければならないでしょう。

その道は、安倍政権が声高に訴えている「集団的自衛権」の行使容認、「集団的安全保障」とは正反対の道であります。

 

ナチス・ドイツと真正面から向き合った神学者ボンヘッファーは、1934年にファネーでの講演で、興味深いことを語りました。

 「いかにして平和はなるのか。政治的な条約の体系によってか。いろいろな国に国際資本を投資することによってか。すなわち、大銀行や金の力によってか。あるいは、平和の保障という目的のために、各方面で平和的再軍備をすることによってであるか。違う。これらすべてのことによって平和は来ない。その理由の一つは、これらすべてを通して、平和と安全とが混同され、取り違えられているからだ。安全の道を通って[平和]に至る道はない。なぜなら、平和は敢えてなされなければならないことであり、それは一つの偉大な冒険である。それは決して安全保障の道ではない。平和は安全保障の反対である。安全を求めるということは、[相手に対する]不信感を持っているということである。そしてこの不信感が、ふたたび戦争を引き起こすのである。」

1934年と言えば、今から80年前です。このボンヘッファーの言葉は、何と預言者的でしょうか。

マララさんは、こうも語ります。

 「私には二つの選択肢がありました。一つは黙って殺されるのを待つこと。二つ目は声を上げ、そして殺されることです。私は後者を選びました。声を上げようと決めたのです。」

これこそがボンヘッファーの言う「平和への冒険」の道、ガルトゥングのいう「積極的平和」を生み出す道でしょう。それは、安倍政権の積極的平和主義とはまさに真逆の道であります。キング牧師も「真の平和とは、単に緊張がないだけではなく、正義が存在することである」と語りました。

 

詩編85編に、こういう言葉があります。

 「わたしは神が宣言なさるのを聞きます。

主は平和を宣言されます。……

慈しみとまことは出会い

正義と平和は口づけし

まことは地から萌えいで

正義は天から注がれます。」

何と美しい言葉、何と奥深い言葉でしょう。「正義」と「平和」が口づけするのです。

人は戦争をする時に、いつも正義のために戦争をするのだと言います。

しかしその正義は本当の正義ではありません。「平和と口づけ」していないからです。一方、差別され、抑圧されている人に我慢を強要しながら平和を口にするのは、本当の平和ではないでしょう。その平和には正義が存在していないからです。

 

 「慈しみ」とは、愛です。「まこと」とは真実です。主が宣言される平和のもとでは、愛と真実が出会い、正義と平和が口づけするのです。イエス・キリストは、まさにこの言葉が受肉したような方でした。

しかしこのような平和を実現しようとすると、私たちは逆風の中を歩むような経験をさせられます。私たちは自分の立場を安全地帯に置きつつ、自分の人生に差し支えのない範囲で、何か行動を起こそうとする傾向があるのではないでしょうか。日本やアメリカのような国においては特にそうかもしれません。世界の子どもたちに教育を保障する行動についてもそうでしょう。動きが鈍いのです。

マララさんが「慈悲あまねく慈愛深きアラーの御名において」というあいさつをもって講演を始めたことは印象的なことでした。私たちも宗教の違いを超えて、彼女の呼びかけに「アーメン」と唱和しながら、それに応えていきましょう。

 「みなさん、これで終わりにしようと決めた最初の世代になりましょう。誰もいない教室も、失われた子供時代も、無駄にされた可能性も。男の子や女の子が子供時代を工場で過ごすのも、もうこれで終わりにしましょう。女の子が幼いうちに強制的に結婚させられることも、戦争で子供の命が失われることも、子供が学校に通えないことも、これで終わりにしましょう。私たちで終わらせましょう。この『終わり』を始めましょう。今、ここから、ともに『終わり』を始めましょう。」

 

 

 

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栄光は神に

2015年03月31日 | 説教その他

ルカによる福音書2章8~14節

マタイによる福音書22章41~45節

クリスマス礼拝 2014年12月21日

                    牧師 松本敏之

 

今年のクリスマス、経堂緑岡教会では、「栄光は神に。世界に平和!」というテーマを掲げました。この言葉は、『讃美歌21』246番から取られたものです。この賛美歌の7節に、「天使といっしょに たたえて歌おう/『栄光は神に。世界に平和!』と」とあります。

これは、宗教改革者ルターが自分の子どもたちのために作ったとされる賛美歌です。最初は別のメロディーでしたが、1539年に現在のメロディーが付けられ、ドイツで最も愛されるクリスマスの歌となりました。こう始まります。

 「天のかなたから はるばる来ました/うれしい知らせを 伝えるためです」

『讃美歌21』では全7節ですが、ドイツ語の元の歌詞は全部で15節もあります。ルターの家庭で、前半を大人が歌い、後半を子どもたちが歌ってクリスマスツリーのまわりを踊ったという言い伝えがあります。ルター自身は、この賛美歌を公同の礼拝(大人の礼拝)のものとは考えていなかったようですが、その後の教会は、クリスマスの喜びの純粋な告白として大切に礼拝の中で歌い続けてきました。

多くの音楽家がこの賛美歌に基づいた音楽を作っています。中でもJ・S・バッハは、この旋律に基づいた多くのオルガン曲を書き、また「クリスマス・オラトリオ」第1曲の終曲でも、この賛美歌を用いました(第13節)。

以前の『讃美歌』(101番)の「いずこの家にも めでたきおとずれ/伝うるためとて 天よりくだりぬ」という歌詞は格調がありましたが、元来が子どもたちの歌であったことを思えば、『讃美歌21』で、この賛美歌が子どもたちの手に戻ったと言えるかもしれません。

 

 「栄光は神に。世界に平和」は、天使たちの歌(ルカ2・14)に基づいていますが、その前に、天使はこう告げていました。

「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。」(ルカ2・11)。

メシアとは「油注がれた者」という意味ですが、「来たるべき救い主」の称号の一つでした。ちなみに「メサイア」とは、これを英語読みしたものであり、「キリスト」とは、メシアのギリシャ語訳です。

ユダヤの人々は、「来たるべきメシアはダビデの子孫より生まれる」と信じていました(エレミヤ33・14~16等)。どん底のような状況、暗闇の中で、過去の栄光の時代、ダビデ王の時代を思い起こし、自分たちの国はいつか回復して、あのダビデ王の子孫からダビデ王に匹敵する王がメシアとして現れる。そうした民族共通の希望を語り継いできたのです。それが彼らの考え得る最高のものでありましたが、主イエスはそれを粉砕されました(マタイ22・43~45)。キリストはダビデの子として生まれつつ、ダビデをはるか超え、むしろダビデの主と言うべき方であったのです。

私たちは毎年クリスマスを祝いますが、そのことの大きさ、すばらしさをどれほどわきまえているでしょうか。いや私たちはだれもその大きさを知り得ないのです。それは私たちのどんな待望よりも大きいからです。だからクリスマスはいつも新しいのです。クリスマスは私たちの待望が粉砕される時です。私たちの願いが期待はずれに終わるということではありません。喜びの粉砕です。より大きな、よりすばらしい出来事へと置き換えられるからです。

 

 

 

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ここから歩き出そう

2014年10月31日 | 説教その他

2014年6月15日青年月間特別礼拝

ルカによる福音書19章1~10節

青山学院女子短期大学宗教主任 吉岡 康子 牧師

 

 

 

最高な町の最低な人

エリコは素敵な町でした。交通の要所であり、たくさんの人や物が行き交う活気のある町でした。この町は「最古で最低で最高」と言われていました。最古――すなわち人類の歴史で最も早くから人々が住んでいた、つまり人が住みたいと思わせる所。最低――これもまた文字通り、海面より250メートルも低いのですが、温暖でオアシスとして潤っていた――それゆえ実際には最高の、人々憧れの町であった訳です。

さて、この町で文字通り「最低」な男とされていた人が、ザアカイでした。彼は徴税人のトップでした。当時の徴税システムとはかなりいい加減で、治められていたローマに決められた額さえ納めれば、あとはやりたい放題。あこぎな取立ては日常茶飯事といった様子で、徴税人という存在は、羊飼いと同じく「罪人」とされていました。誰かがやらなくてはならない仕事なのですが、その仕事をすればするだけ人々から避けられ、嫌われる、そうするとますます意地になって人々から搾り取る、といった悪循環におちいっていたひとりがこのザアカイであったのです。

 

頑張るザアカイ

そんな彼のもとに、ある日ニュースが飛び込みます。イエスさまがこのエリコの町にやって来られるというのです。それも、この方の弟子の中には元徴税人もいるそうだと聞いたのかもしれません。ザアカイの心はざわめきます。一目見てみようと駆けつけますが、時すでに遅し、大勢の群衆が押しかけていて背の低いザアカイにはイエスさまを見ることが出来ません。しかし、それだけが理由ではなかったでしょう。背が低いことは皆わかっていたでしょうから、誰かひとりぐらい、まがりなりにも町の有力者である彼を「さあ前へどうぞ」と言っても良さそうなものなのに、皆が完璧に彼を無視したのは恐らく彼への敵意が「無視」と言う形であらわれたのです。「愛することの反対は無関心」(マザー・テレサ)との言葉がありますが、この時ほどザアカイは自分が孤独で、人々の愛から遠いと身にしみたことはなかったのではないでしょうか。

しかし、話はここで終わりません。ザアカイはここで頑張るのです。まがりなりにもエリコの徴税所長まで這い上がった人物です。あきらめません。先回りして、イエスさまと人々を見下ろす格好の見物席となる、いちじく桑の木によじ登ります。そしてみんなを見下ろしてやるのは、さぞや気持ちが良かったでしょう。しかし、木の上で頑張っている彼の姿は淋しいものです。いじめられっ子がいじめっ子になって、そして孤独になっているのと同じ淋しい頑張りです。

ある人は「この時、ザアカイはエリコの町の誰よりも主イエスを待っていた」と言っています(宗教改革者M・ルター)。自分と神さま、救いなどは関係ないと思っていた、家族からも周囲からも思われていたのです。しかし、心の底には「神さま、私はここにいます!」との、声にならない叫びがあったのです。ザアカイ本人も気付かなかった、この心の声をイエスさまは聞き逃しませんでした。まっすぐザアカイの木の下に行き、そしてザアカイを見上げて温かい声をかけてくださるのです。

 「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい」(5節)。

 

変えられる喜び

ザアカイ、そんなところで頑張らなくっていいよ。私のもとに降りて来なさい。私はあなたを見つけるために、今日、来たのだよ。あなたは必要以上に頑張って、自分を大きく、高くすることはないのだよ。自分の足で立てるその場所に立ってごらん。ここから私と歩いて行こう。――イエスさまは優しく呼びかけてくださいます。

 このイエスさまの招きに応えて、ザアカイは大喜びで、主のもとに降りて行きます。そして主と共に喜びの食卓を囲むのです。町の人たちはこのことに文句を言います。しかしそんな周囲の雑音と関係なく、ザアカイはどんどんと変わっていきます。自分を豊かにしていた富は人々から奪い取ったものであったと、罪の告白がなされます。そしてそれを手放すことによって、本当に豊かな、主にある喜びの人生に踏み出していくのです。イエスさまに出会って、ザアカイは変えられたのです。

ザアカイはルカによる福音書では、イエスさまがエルサレムに行かれる前に個人的な出会いをした最後の人物です。しかし滑り込みセーフのようなこの出会いは、後に大きな実を結んだようです。教会に伝わる魅力ある伝説では、ザアカイはその後、初代教会の群れに加わり、さらには牧師になったと伝えられています。まさかあの人がと思われた彼が、主イエスに出会って変えられたのです。

 ザアカイを変えたイエスさまの招きのお声が今日、私たちにも響いています。

  私の、私の家族の、そして「まさかあの人が」と思われる「あの人」の名を呼んでイエスさまは招かれます。「急いで降りて来なさい!」それは「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである」(9、10節)との恵みを私たちが受け取るための招きの声です。

 

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信仰的な思慮深さ

2014年10月17日 | ルカによる福音書(2)

ルカ福音書による説教(76)

箴言4章4~9節

ルカによる福音書14章25~35節

        2014年6月29日         牧師 松本 敏之

 

(1)青年月間、青年期

 6月、私たちは青年月間として過ごしてきましたが、その最後の日曜日である今日は、江口晴さんが青年らしい証をしてくれました。自分が洗礼を受けた時のこと、その後の1年間のこと、彼女は自分のやりたいことを目指して努力し、そしてそれを見事に達成しました。「今振り返ると、この一連の私の突き動かされるような衝動は全て神様のお導きだったのだな、と感じます。」という言葉も印象的でした。青年らしいひたむきな思いと勢いを感じました。それだけではなく、自分が恵まれた環境にあったことを素直に認め、自分のようなチャレンジをしたくてもできない人が大勢いる世界の現実を見据えながら、そこで自分にできることを何かしたいという証もすばらしいと思いました。今後も、ぜひ信仰的な成長をしていただきたいと思います。

 青年期というのは、自分がこれからどういう人生を送っていくのかということを真剣に考え、悩み、それを克服していく時期でしょう。その時に、聖書の教えを知っていること、イエス・キリストを知っていることは、とても大きな意味があると思います。それと向き合いながら、自分はどう生きるのかを考えることになります。イエス・キリストを知っているということは、同時にその招きを知っているということでもあるでしょう。それがつながらない段階は、まだ生きたイエス様と出会っていないのかもしれません。その招きに、自分はどう応えて生きるのか。

ただその出会い方は、さまざまです。自分のほうから積極的に、「ぜひ弟子入りさせてください」という場合もあります。逆に「あまり弟子にはなりたくない」という感じで、逃げ回っていながら、最後には捕まってしまったという場合もあります。

私は、洗礼を受けたのは高校1年生の時でしたが、その時は、前者のような感じで、素直に洗礼を受けたいと思いました。当時の姫路教会の牧師が、「松本君も高校生になったのだし、そろそろ洗礼を受けたらどうかね」と言ってくれたので、それに素直に聞き従いました。

ただ牧師になる決心は、そう素直には行きませんでした。大学(立教)で、専門としてキリスト教の勉強をしながら、牧師に(だけ)はなるまいと思っていたようなところがあります。往生際が悪いですね。何となく、自分の将来を狭めてしまうような気がしましたし、牧師は経済的にも大変なようだからあまり選びたくないという思いが先だったかもしれません。その後、必ずしもそういう気持ちを乗り越えたわけでもありませんが、あることをきっかけに吹っ切れたような感じになりました。

 

(2)主に従うとは

 さて、私たちはルカによる福音書を断続的にではありますが、続けて読んでいます。今日の箇所は14章25~35節です。ここでのテーマは、「イエス・キリストに従うとはどういうことか」ということですから、青年月間に読むのは意義深いと思います。

これは、ガリラヤからエルサレムへ向かう途上での話です。「大勢の群衆が一緒について来た」(25節)とあります。その中には、真剣な人もあったでしょうが、自分勝手な思いでついて来た人も多かったようです。少なくとも、この旅が十字架へと向かう旅であることには、誰も気づいていませんでした。

 真剣な人の中には、ある種の対決の予感はあったかもしれません。彼らはガリラヤの人々です。主イエスは、ガリラヤの田舎からエルサレムへ出て、何かなさろうとしている。エルサレムの祭司たちとの対決か、あるいは逆にローマの権力との対決か。何かわからないけれども、漠然とした興奮はあったかもしれません。そこで、「そうだ。自分たちの存在を見せつけてやろう」と意気込んだかもしれません。しかしそうであったとしても、主イエスの思いとは随分かけ離れています。そこにあるのは自分中心の思いです。

 

(3)キリストとの関係が第一

イエス・キリストは振り向いて、「もし、だれかがわたしのもとに来るとしても、父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命であろうとも、これを憎まないなら、わたしの弟子ではありえない」(26節)と語られました。随分厳しい言葉です。しかもわかりにくい。いや言っていることは、わかるのですが、他の場所でのイエス・キリストの言葉と随分、トーンが違いますし、極端な言葉のように思えます。

ここに挙げられている、「父、母、妻、子供、兄弟、姉妹」というのはすべての家族ということです。夫が欠けていますが、それは男性中心に書かれているからでしょう。結婚している女性からすれば、真っ先に夫が入ってくるでしょう。

主イエスが「憎む」と言われたのは、どういうことでしょうか。他の箇所では、「敵さえも憎んではいけない。敵を愛せ」(マタイ5:44参照)と言われました。そうした教えと矛盾するように聞こえかねません。

ここでの「憎む」というのは、セム語的(ヘブライ語、アラム語など)な表現だそうです。(ちなみに新約聖書はギリシア語で書かれていますが、その背景にはヘブライ語やアラム語の影響があります。なぜならば、イエス様が話されたのは、アラム語でしたし、旧約聖書の主だった部分はヘブライ語で書かれているからです。)ヘブライ語やアラム語では、比較級を対立概念で示し、「より少なく愛する」ということを「憎む」と表すそうです。それならば、わかる気がします。背を向ける、身を引き離すということでしょうか。

そうでなければ、この言葉は、聖書の他の教え、例えば「自分の親族、特に家族の世話をしない者がいれば、その者は信仰を捨てたことになり、信者でない人にも劣っています」(一テモテ5:8)という言葉と矛盾することになるでしょうし、そもそも「あなたの父母を敬え」という十戒にも反することになるでしょう。

さらに「自分自身の命を憎む」ということは、自己嫌悪するというような意味ではありません。すべてのことに先だって、キリストとの関係を第一のものとする覚悟ができているかということです。

 さらに、こう言われます。「自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない」(27節)。これも強い言葉です。しかし拒否されたわけではありません。その覚悟が問われたのです。大勢の群衆がぞろぞろと、ついて来ている。これから先、どういうことが起こるのかもよくわきまえていない人たちです。事実、最後には、すべての人が逃げてしまうか、逆に十字架につけろと叫ぶ側にまわってしまいました。

 

(4)二つのたとえ

 主イエスは、ここで二つのたとえを語られます。

「あなたがたのうち、塔を建てようとするとき、造り上げるのに十分な費用があるかどうか、まず腰をすえて計算しない者がいるだろうか。そうしないと、土台を築いただけで完成できず、見ていた人々は皆あざけって、『あの人は建て始めたが、完成することはできなかった』と言うだろう」(28~30節)。

高い塔や大邸宅を建てる時には、それなりにきちんとした計画を建ててから始めるものだということです。

二つ目のたとえはこうです。

「また、どんな王でも、ほかの王と戦いに行こうとするときは、二万の兵を率いて進軍して来る敵を、自分の一万の兵で迎え撃つことができるかどうか、まず腰をすえて考えてみないだろうか。もしできないと分かれば、敵がまだ遠方にいる間に使節を送って、和を求めるだろう」(31~32節)。

これもなかなか興味深いたとえです。大軍と戦う時に、勝ち目があるかどうかを見越す。ここで、相手は二万、こちらは一万と規定していることは面白いですね。信仰の戦いとはそういう面がある。ただそこで、一万だから勝てないとは言っていません。一万でも勝てる見込みがあれば、それでよい。

この二つのたとえに通じることは、イエスに従っていくとは、自分のすべてをかけて取り組むような事柄、知恵も力も全部出し切るような事柄であり、大きな決心がいる、ということでしょう。

ただしそれは、信仰の歩みは人間の計算によって決められるということではありません。洗礼を受けて新しい人生の歩みをしようとする時、果たしてこれが自分の人生にとって得か損か、成功のきっかけになるかどうかを考えなさい、ということではありません。むしろ自分との関係で言えば、「自分の命であろうと、これを憎まないなら、わたしの弟子ではありえない」と語られていたとおりです。

さらにまた、このたとえは、途中で挫折するくらいなら、初めからやらないほうがよいということでもないでしょう。そうではなく、真実に、誠実に、主に従っていく道を、よく吟味しながら求めていくということです。それは人間的に計算高く生きることではありません。しかし無鉄砲でもない。熟慮が求められるのです。その姿勢について考えながら、生きていく。そういう姿を思い起こしながら、今日の説教題を「信仰的な思慮深さ」としました。

 

(5)知恵をふところに抱け

今日お読みいただいた箴言に、こういう言葉がありました。

「知恵を捨てるな

彼女はあなたを見守ってくれる。

分別を愛せよ

彼女はあなたを守ってくれる。

知恵の初めとして

  知恵を獲得せよ。

これまでに得たものすべてに代えても 

  分別を獲得せよ。

  知恵をふところに抱け

  彼女はあなたを高めてくれる。」

(箴言4章5~8節)

 

(6)信仰生活の戦い

信仰生活というのは、ある意味で戦いの連続であります。ひとつは不信仰との闘いです。自分の中で、それは絶えず、頭をもたげてきます。「こんなことをやっていて、一体何になるのか。教会で過ごしている時間や奉仕の時間は、無駄な時間ではないか。もっと別のことに有効に使ったほうがよいのではないか。そもそも信仰とは単なる思いこみではないか。」

あるいは逆に、信仰と言いながら、自分は信仰を利用しているのではないかという思いにとらわれることがあります。自分は不純な動機で、主に従っているのではないか。牧師であってもそうです。いや牧師であればこそ、自分は信仰を仕事のために利用しているのではないかと考えてしまうことがあります。

確かに信仰とは、そういうものではないでしょう。家族よりも、自分よりも、イエス・キリストを優先する。そして自分の十字架を負って従わなければならない。しかし、なかなかそうはなれないものです。それも現実です。そこで挫折して去るのでもなく、逆に開き直るのでもない。自分の中には、自己中心的な思いがあるのをわきまえながら、知恵をあおぎ、分別を求めて従っていくことが長続きする姿勢ではないかと思います。

「これでもうマスターした」ということではなく、絶えず自己吟味していく思慮です。時には、間違っていると思ったら引き返す勇気と判断をもつ。あるいは自分を絶対化せず、絶えず相対化しつつイエス様の弟子として生きていく。そういうことを吟味して思慮深く、しかも自分の限界をわきまえながら従っていくのです。

信仰とは一時(いっとき)のことではなく、一生の問題です。いや生と死を超えた問題でさえあります。でも信仰の道は、重くつらいものではありません。時々、確かにそういうこともありますが、少なくともそれだけではない。そこには、突き抜けた明るさと自由さがあります。解放があります。それは喜ばしい道です。

 

(7)塩気のなくなった塩

最後に「塩気のなくなった塩」のたとえが記されています。唐突な感じもしますが、ルカはこのたとえを、「主イエスに従う道」という流れの中で、ここに置いたのでしょう。「塩気のなくなった塩」は、もはや塩とは呼べないでしょう。「塩気のなくなった食べ物」であれば、塩をかければすむでしょうが、塩に塩気がなくなれば、意味がない。イエス・キリストは、この自己矛盾のようなたとえを用いながら、真実にイエス・キリストに従っていない者は、まさに「塩気のなくなった塩」のようなものだと指摘されるのです。クリスチャンとして生きることは、この世の中で塩のような働きをすることでしょう。「あなたがたは地の塩である」(マタイ5:13)と言われたとおりです。しかし私たちは、そこで本来の塩の役目を果たしているでしょうか。そうでなければ、もはや捨てられるだけということになります。

ここには随分厳しいことが書かれていますが、そこで戸惑っていても、あまり意味はないでしょう。そういう戸惑いの気持ちも含めて、すべてをイエス様に委ねて従っていく決心をする。その中で生きる道、本当に大切なことが示されるのではないでしょうか。

 

 

  

 

 

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