ことりのあしあと

ほんのわずかなじかん、立ち止まって耳をすませて自分を見つめたい。そんなあしあとをペタペタとのこしています。

4月の終わりに、近い空。

2012年04月28日 15時32分51秒 | 日記
気持ちの良い、4月の終わりです。

今日まで勤務で、しばらくおやすみ。
おやすみ前の4月の終わりがこんなに気持ちの良い陽気。

あぁ、なんてうれしい。

今日は走って帰る必要もない。
学校のまわりを少しお散歩して、陽の光をあつめる。

新しい環境で、新しいことばかりの4月。

そうなのだけれど、なぜだか、これまでのことを
まとめて整理していくようなひと月でした。

頭の中で考えていたことや、
出会った人との関係や、
長く追いかけてきたものや、
感じ続けていたことや。

これからはじまる次章のために、再構築し直す作業をひたすらがむしゃらにし続けた1ヶ月だったような。

何かがはじまる。
予感に満ち満ちた4月。
覚悟も、含めて。

勤務を終えて見上げた空は、青い。


よし、よくガンバった。
きっと、大丈夫。
歩き出せる。

導かれた道を私は確かに歩いてゆく。
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あたりまえの、晴れた空

2012年04月24日 20時38分14秒 | 日記

雨の週はじめに打ちのめされた月曜日。

青空がうれしい火曜日。
あたたかくなってコートを脱いだら、身も軽く、心も軽い。

空を見上げて歩く。
桜の季節、と、思っていたら、
花水木の盛りがはじまっている。

足元には桜の花びらのじゅうたん。


晴れた空、ありがたいなぁ。
あたたかい空気、ありがたいなぁ。
花々も木々も、ありがたいなぁ。

なんだか、やさしい気持ちになりたい今日。
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映画三昧、物語三昧

2012年04月24日 17時21分21秒 | 日記
暗くて天井の低い閉じ込められるように感じられて、
映画館を敬遠していた時期が続いていた。

この一年くらい、邦画を中心に、足を運べるようになってきて、
今年に入ってからは、洋画も大丈夫、と思えるようになってきた。
そうなると、観たいものを、観たいときに、欲張りになる。


「アーティスト」
http://artist.gaga.ne.jp/
無声映画は観なれていないけど大丈夫かな、と、不安を半分抱えつつ。
杞憂でした。
ジャン・デュジャルダンは、とっても名優だったし、
女優さんが愛らしかったです。
映画をまるごと楽しむ作品でした。


「マーガレット・サッチャー」
http://ironlady.gaga.ne.jp/
メリル・ストリープをはじめに観たのは、小樽の映画館。
生まれてはじめて観た映画「クレイマー・クレイマー」の中で。

見事でした。サッチャーの人物像が私の脳裏に定かではない
ということを差し引いても、サッチャーにしか見えない。

政治家としてとった政策がどうであったのか、
映画を観ながらも、それでいいのか・・・、と苦しくなる場面が多かった。
だけれど、時代を切りひらく大きな一歩を踏んだ女性としての苦悩には、
心を揺さぶられました。
ひとりの女性の、そして、彼女を用いることで近代化を一歩すすめた国の歴史をひとつ、学びました。


「ヘルプ」 
http://disney-studio.jp/movies/help/

新年にみた「サラの鍵」http://www.sara.gaga.ne.jp/
につづき、私の中では、ここ数年の中の大ヒット。
原作の小説がある映画を、良く仕立て上げるのは難しいけれど、
「サラの鍵」も、「ヘルプ」も、
本を読む以上に、活きた映画になっていると、思いました。
テーマも、内容も、分量も、小説で読み切るには
ぐっと力が必要なのだけれど、(どちらも完読できずにいる・・・)
映画は、魅せられて、のせられて、観切って、心に残り、響く。
これぞ、映画の効用。

********

正しさとは、何だろう。
時代によらない、他者によらない、社会の在り方によらない、
絶対的な正しさは存在するのだろうか。

アーティストも、サラも、ヘルプも
歴史を検証することによって得る、後づけの「正論」とは異なる、
人を慈しみ、人を敬い、今の輝きをそのままに抱きしめるような、
普遍的な「大事にすべきもの」を描き出しているようで。。。

理屈ではない、「それ」を、つかみとる力を養うことは、
人類が伝えゆく叡智の中の最たるもの。
国際紛争も、貧しい社会も、荒廃する国家も、
それをつかみそこねた結果ではないか、そんな気がしてならない。


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いい作品に出会うと、また、映画館に足を運びたくなります。

次の感動に遭遇するまでがんばろ〜、
と思う気持ちを、生きる勇気とよんでもいい。

昨日読んだ、小川洋子が
人は生き続ける限り、現実と折り合いをつけていくための物語を必要とする、と書いていた。
(『物語の役割 (ちくまプリマー新書)』)
小川洋子をひくまでもなく、そう。

そして、物語は、生きる勇気を励ます。
そうして編まれ続ける人の営みは、生きる勇気を励ます。

生々しく、分厚く、人の命の物語に触れていたいと、思う。
大事なものを探し続けるために。
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誰がためでもなく、小さく咲く花

2012年04月23日 06時51分25秒 | 日記

芝桜のもとからチューリップが一輪。
球根を植えたのは、もう二年も前のことなのに。

そして、今朝いまにも降り出しそうな
薄暗い空のもと、
水やりすらできずにいるシクラメンが
小さく花を咲かせていた。
二年にわたり、越夏、越冬したシクラメン。

私の手、私の目も、かまいもせずに、
静かに、咲いた。

淡々と命をつむいでくれているのが
ただただ、ありがたい。

ありがとう、の言葉さえ、うつろに流れていく。
凛と咲く花々を前に。
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植物的、読書

2012年04月22日 21時52分18秒 | 日記
本を、欲している。
のどが渇くように。

毎日、本のある空間に身を置いているのにも、かかわらず、なお。
通勤時間が短くなり、乗りかえが小刻みになり、
読む時間が少なくなった。

のどが渇くのです。

そして、読んだ先から、忘れていくのです。
何をよみ、何を味わったのか。
読んでいる瞬間の心地よさばかり。

まるで、植物が、生きるために、水と光を欲するように。
私の読書は、それに似ている。

書かれている内容が、頭に入り、
自らの思考を構築し、再構成していくのを、
血や肉となると言う。
動物的読書。
いまの私は、植物的読書。

水を欲し、光を欲して、
少ない時間をやりくりして本屋さん、図書館に足を運ぶ。
生きのびるために。
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