城郭探訪

yamaziro

延勝寺館(飯開(いびらき)神社遺構) 近江国(湖北)

2016年09月15日 | 平城

お城のデータ

所在地:長浜市(旧東浅井郡)湖北町延勝寺 map:

別 称:延勝寺館

区 分:平城

現 状:神社

築城期:室町期

築城者:

遺 構:堀・土塁・曲廓・

目標地:飯開神社

駐車場:飯開神社に路上駐車

訪城日:2016.9.9

お城の概要

「滋賀県中世城館調査報告」によれば、飯開神社一帯に三つの曲輪らしき遺構を持つ。神社境内・東側・そして北東隅に

境内の南側に水路(堀・池)があり、北東部と境内の東隣の竹藪には土塁の土盛がある。周囲より若干高い地形ではある。

お城の歴史

『江州佐々木南北諸氏帳』には、「浅井郡 延勝寺 住 日下善介・関谷宇平次・佐々木京極隋兵大塚末 川上長門守・佐々木浅井隋兵安芸守ト云 大橋善次郎」の名が見える。  

飯開神社 御由緒
当社の地域は都宇郷に属し、この郷の総社として信仰の中心であった。往古湖中に在るオコノ州に鎮座されていて境内には多くの大木が生い茂っていた。正暦3年の大洪水でオコノ州は湖底に沈み神社は流出して御神体は当地の野田浜に流れつかれたといわれている。この神迎へに神輿が担がれ途中今西のお旅所で御休息になり、夢の告げで現在の地に奉斎することになった。 社殿の造営は大治5年といゝ伝えている。
 鎌倉時代源頼朝の下知により荘園内の虫供養が行われ、当社に五十石が下附されそれ以来6月6日を虫供養の日と定め現にこの祭儀は存続している。小谷城主浅井家三代の崇敬篤く元亀元年長政は祈願を捧げ大刀並に躑躅胴鼓を寄進している。小谷城落城の際兵火に遭ったが、宝永3年代官西郷市正社殿再建の大施主となって再建した。

飯開神社には応永11年(1405年)の朱書銘のある神輿が伝えられている。

境内東側の池(堀か?)

東側の土塁

参考資料:滋賀県中世城郭分布調査、『江州佐々木南北諸氏帳』飯開神社由緒

 本日の訪問ありがとうございす!!

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