近江の城郭探訪

「近江を制する者は天下を制する」と京の都を目指す天下取りには、近江は京都の護りの最大の砦で、最後の砦。1300余の城館跡

安部居館 近江国(日野)

2016年10月19日 | 館跡

お城のデータ 

所在地:蒲生郡郡日野町安部居    map:http://yahoo.jp/dRa0bW

現 状:丘陵・山林

築城期:

築城者:安部居氏

区 分:居城

遺 構:曲郭・土壇

標 高:      比高差:m

目標地:念法寺

駐車場:念法寺の駐車場

訪城日:2016.10.10

お城の概要
 佐久良川の左岸の丘陵に安部居集落に安部居館は位置する。

佐久良城に近く、又桜内城丸山砦(澤山砦)に近く蒲生氏の家臣川原氏の居館か、

現在は、開発が進み要害の地とは考え難いが、往時、堂木氏・矢野氏・安部居氏で一帯の所領していたか?

お城の歴史

 

古代・中世/第6章 戦国時代の蒲生/第3節 蒲生氏の台頭/六角氏の家臣たち 

安部井氏は、上南城を本拠にし、市子庄に勢力を持った土豪である。

『近江蒲生郡志』巻参によれば,もともと現在の日野町安部居に住していたのでこの名があると記す

‥‥‥‥‥‥安部井頼国のひ孫秀家は、天文14(1545)には、さきの明応の戦いで荒廃した誓安寺の伽藍の復興を計画したが、果たせぬまま浅井氏の小谷籠城戦に参加して戦死てしまった。織田信長が湖北の戦国大名浅井長政が籠城する小谷を攻めたこの戦いには、安部井氏からは千田・橋井・西井・西村・青木・向井・西田・福永・川西など同属が多く参加したことが、高木行法の覚書に記されている。

 

「念法寺の由来」から安部居館は、還俗した川原五郎右衛門が見える。

参考資料:滋賀県中世城郭分布調査4・蒲生郡志・念法寺の由来(石碑)・遺跡ウォーカー

本日の訪問ありがとうございす!!

 

150年前のかご、稚児を先導 滋賀・日野の念法寺

 

京都新聞2016.4.4

 

修復を終えた駕籠を先頭に練り歩く稚児行列(滋賀県日野町安部居)

  滋賀県日野町安部居の念法寺に約150年前から伝わる駕籠(かご)の修復作業が終わり、3日の法要で、地域住民らにお披露目された。

駕籠は人の乗る部分が長さ1メートル、幅80センチで、内部の銘板から安政7(1860)年ごろの作とみられる。本堂の軒下に長年つり下げられて傷みが進んでいたが、昨年10月から門徒たちが手作業で修復し、約4カ月かけて完成させた。

 この日は親鸞750回遠忌法要が営まれ、若手門徒に担がれた駕籠が、時代衣装で着飾った子どもたち73人による稚児行列を先導し、同寺までの約250メートルを巡行した。

 川原了慎住職(48)は「子どもたちが地域の歴史を感じるきっかけになったのでは。今後も機会があれば展示したい」と話した。

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