城郭探訪

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生津(なまづ)城 発掘調査現地説明会 近江国(伊香立)

2016年11月06日 | 丘陵城

現地説明会に長谷川博美氏(城郭研究家)も!

長谷川博美氏の踏査図を現地で拝見(Blog公開許可済)=滋賀県中世城郭分布調査9に掲載

長谷川博美氏の生津城俯瞰図

城郭探訪仲間の岩◆氏も

出土品品

説明会資料

現地説明会

 

 

戦国期の櫓台跡発見 大津の生津城遺跡

 野面積みの石垣が伴う櫓台の遺構(大津市伊香立生津町・生津城遺跡)

 滋賀県文化財保護協会は3日、大津市伊香立生津町の生津(なまづ)城遺跡から石垣を伴う櫓(やぐら)台や倉庫とみられる建物の礎石など戦国時代の城郭の遺構が見つかった、と発表した。櫓は大津市堅田と京都市左京区大原を結ぶ旧道「伊香立越え」を監視し、戦に特化した山城だったと見られ、同協会は「伊香立地域の中世城郭の一端を知る重要な成果」としている。

 生津城は1723年に膳所藩が編さんした地誌「近江輿地志略(よちしりゃく)」に「生津村の城山」と記され、城主は延暦寺に属した「林宗林坊(はやしそうりんぼう)」と伝わる。県教委が1980年代に行った分布調査で堀切跡などが見つかったため遺跡として認知されたが、築城時期や城郭構造は不明のままだった。伊香立浜大津線補助道路整備工事に伴い、7月から1500平方メートルを調査している。

 櫓台の遺構は曲輪(くるわ)北隅の最も高い場所で見つかり、斜面部2カ所には石垣が残っていた。石垣は直径50センチの築石の間に小さな石が詰め込まれた野面積みで、同地域が延暦寺の荘園だったことからも寺院に用いられた高い技術が城郭にも導入されたと見られる。土塁や深さ4・5メートルの堀切のほか、16世紀の土器片なども出土した。

 戦国時代、この地域は戦略的に重要な地点だったといい、県教委文化財保護課の木戸雅寿参事は「延暦寺攻めなど織田信長の湖西攻略の攻防の中で役割を果たした可能性がある」としている。

 6日午後1時半から現地説明会。近隣に駐車場はない。問い合わせは同協会TEL077(548)9780。

京都新聞【 2016年11月04日 11時44分 】

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