城郭探訪

yamaziro

落合城 近江国(日野)

2017年04月03日 | 平城


お城のデータ

所在地:蒲生郡日野町松尾1丁目79 map: http://yahoo.jp/nJJxYN

区 分:居城

現 状:寺院

築城期:

築城者:落合氏

遺 構:宝塔

目標地:日野町立幼稚園・日野小学校グランドの西側・スーパー隣

駐車場:長福寺

訪城日:2017.4.2

お城の概要

日野町の旧街道の外れ(現官庁・学校域)、無住の長福寺が残存する。毘沙門堂・印塔(墓?)、地蔵尊が残る。

 『滋賀県中世城郭分布調査』その他城郭一覧には、「291落合城 蒲生郡日野町落合」と記す

『日野町志』には、落合城「落合因幡守城跡在長福寺とあるが、詳細不明」と記す。現在、蒲生郡日野町に落合集落が存在しない?

遺跡ウォーカーには、「滋賀県蒲生郡日野町落合 落合城」には、滋賀県城郭分布調査1、城。<立地>不明。<現況>不明。

お城の歴史

『浅井三代記』 磯山の城責落す事 http://yoshiok26.p1.bindsite.jp/bunken/cn14/pg422.html

翌日十七日未明より浦手へ向ひし堀能登守、新庄駿河守、野村伯耆守、同肥後守此四人の人々磯山に楯籠る松原弥三右衛門尉成久か城へ押よせ鬨を憧と作ける。城中よりも、二百五拾騎にて打て出て、明神山の上にてしばしか程はさゝへしか。味方六百余騎面もふらず切てかゝればこゝは防ぎがたき所なりとて、城へ引取り門をちやうとうち城を丈夫にかためたり。

 観音城には佐和山表へ敵働き出るとて、定頼卿諸卒引具し出張し給ふ。相つゞく人々には、進藤山城守、後藤但馬守、伊庭美濃守、目賀多伊豆守、蒲生筑後守、三上伊予守、平井加賀守、落合因幡守、永原安芸守、奈良崎源五左衛門尉彼を宗徒の大将として、都合其勢九千三百余騎の着到にて、十七日辰の一天に観音城を立て佐和山表へ進発すばや、前勢は清水村平田辺までみち/\たり。それより二手にわけ、一手は上道佐和山海道へ打むかふ。一手は海手へをしまはす。上道の士大将には進藤山城守なり。相つゝく人々には伊庭、目賀多、三上、蒲生、永原四千余騎にてかけむふ。 

長澤(ながさわ)神社 御由緒 滋賀県野洲市比江765

御由緒
社蔵の「長澤神社表録」によれば、大宝三年の創建と伝え、近江国司紀朝臣友安が朝廷に奉聞、官符を賜わって宮殿を造営、神田、封戸が附与され、正一位勲三等長澤三処太神の勅額が掲げられたという。境内の長澤池は、菖蒲の名所として名高く、高倉院の御宇安元二年五月ごろ、藤原俊成は、「長沢の 池のあやめを 尋ねてそ 千代のためしに ひくべかりける」と詠み、鎌倉将軍源頼朝は文治三年に禁制を立て、この池の「杜若」の無断伐採を禁じた。神田・封戸を当社に寄進した。
社殿は、文永年中に兵火にかかって焼失、のち建武年中に再建されたが、応仁の大乱のとき、落合因幡守の陣所となり、再び社殿・諸樓が焼失。
日野小学校グランド隣のスーパー
参考資料:『日野町志』『江州佐々木南北諸士帳』『浅井三代記』『滋賀県城郭分布調査1』『遺跡ウォーカー』『日本城郭大系11』。
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