考えるのが好きだった

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何だかとんでもないことに

2008年02月18日 | 教育
なったようだ。
 英語が小学5年から必修化されたらしい。
 これでも一応は英語で飯を食ってる私が言う科白であるが、「バカじゃないか」。
 
 私は小学5年で初めて英語に接した。今、英語の読み書きが多少できるのは、英語の教員をやって、毎日のように「受験英語」に接しているせいである。小学生の時に始めたからでは断じてない。
 フランス語に初めて接したのは、中学2年のラジオ講座である。3ヶ月ほどで挫折するのを高校3年まで続けた。良かったのは、大学でフランス人講師に「発音が良い」と言われたことと、仮面浪人で授業に出なかったにもかかわらず何とか単位を修得した(で、中退した)ことくらいである。十数年前までは、「辞書があれば読める」と思っていたが、今は辞書があっても読めないだろう。

 外国語を、母語の抽象語も獲得してない時分から始めていったい何の役に立つというのだろうか。
 しかも、なぜ、「英語だけ」なんだ。英語ほどややこしい言語はない。発音とスペリングの整合性も少ないし、大和言葉(古語英語)と漢語(ラテン語由来)も存在する。記憶すべき量が多すぎる。
 文構造に関して、母語との相違が違いすぎる。負担が多すぎる。全てのコドモがすべきことではない。
 
 「英語の先生の集まり」(研修でも何でも)で、流暢にしゃべる先生の中に、そうでない人間(わたし)の言おうとすることをバカにして聞こうとしない人がいた。(まあ、私も教員のくせにしゃべるのが下手すぎたというのもあるんだけど。)話の中身を聞こうとしないのだ。人の話なんて、中身でなんぼじゃないか。自分は全然大した中身を言ってないのに。(これ、断言。)また、「あの先生の発音は良い」と真顔で発音のみに感心する先生がけっこうな割合でいる。発音なんて、それなりに通じればいいだけであろう。余り流暢だとかえって文化摩擦になることだってあるらしいじゃないか。我々は「外国人の英語」を目指せばいいだけの話だろう。媚びたいなら、発音も綺麗な方が良いだろう。---そうか、「媚びる」ための英語教育ということなのか。日本人としての矜恃なんて、言う方が間違いの世の中になったのだろうな。
 あ~あ。。
 

29 コメント

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Unknown (heisan)
2008-02-18 00:59:56
これでまた,「小学校の英語教員」の“全国的需要”が創出されましたね。
ただでさえ(政治上)教育に回ってくるお金は乏しいのに,これ以上無駄遣い(プラス現職教員の小役人的資質がまた一つ磨かれる)してどうするんだろう・・・。
なにかきっと,(僕たちには想像も付かないような)“秘策”があるに違いない(笑)
やれやれ (ちんとん漢)
2008-02-18 11:39:04
外国語も良いけど もう古典になった「たけしらべ」とか「奥の細道」など やるのがいいよ。
日本語なら いまの先生でも読めるでしょう。
読むべき書籍はまだまだたくさんありますよ。
英語なんか今の大学生のほんの少ししか出来ません。
その気になれば何語でもできるようになりますよ。
本人がその氣になるか。どうかで決まりますよね。
税金を無駄に使わないで欲しいですね。
     やれやれ ちんとん漢
英語で食う (ほり(管理人))
2008-02-18 20:53:58
heisanさん、コメントをありがとうございます。

小学校の英語教員って、大変ですよ。高校も大変だけど。(東大・京大・KO・上智(以外でも)の模範解答を示せと言われると非常に困るし、わたしゃぁ、イヤだ。笑)

お金がないから、「今の教員で研修してやれ」と言う方向に進むでしょうね。でもね、教員養成学部にそれなりに人員を送り込んでいる側としていうと、彼ら、決して英語ができるわけでないですよ。もちろん、国公立の「中学校英語」は、(たぶん)全国的にそれなりにかなり難しいことがあります。地元の優秀な子が、「自宅から通える大学」を条件に進学することが多々ありますから。

「私(あるいは、英語のできない人)が英語ができないのは、自分の能力が低かったり努力不足のせいでは断じてなく、『小学生の時に英語を始めなかった』せいだ」と思い込んでいる人が国家の中枢に多いか、また、世間に多いか、ということの現れに他ありません。

私なんてね、はっきり言って、猛烈な、もの凄い努力をしたんだからね。毎日2時間くらいはやりましたから。それでも、それでも、高校生レベルとして自信が持てたのは、「文構造の解読」だけでした、はい。ちゃんちゃん。私は自分のアタマの悪さを自覚しております。

初期指導として、いい加減な指導をして貰いたくない、と言う思いは強いですよ。
中学の英語が、たぶん、「大体通じればOK」みたいなんです。だから、いざ「正確に書く」となると、かなりいい加減。ほんのちょっとしたことでも注意しても、なかなか直らない。注意力散漫で、意識の外なんですよね、たぶん。
その状態で、「正しいニュアンスで伝えるためにはどうしたらいいか」なんて、どうなるんでしょう??大事なのは、そこだと思うのに。
「d」だって、何度注意しても、「棒書いて○」だし。「教養以前の教養」が疑われそう。。。

古典が大事 (ほり(管理人))
2008-02-18 21:02:09
ちんとん漢さん、コメントをありがとうございます。

ほんとにそうですね。美しい日本語を読ませた方が余程良いと思います。
でも、既に「教える側にいる若い世代」が、「日本語より英語」という教育観をもってるのではないでしょうか。「古典=古くさい=つまらない」とか。
教える側も、読めない人はかなりいると思います。明治の日本語が「擬古文」なんて言われるようですから。

自分の興味関心以外は、「試験のための勉強」になっていたからです。勉強が既に、「羅列」で「体系」だと思ってないから、英語は英語、数学は数学、古典は古典になる。
まあ、「教員になる層」には、そういう捉え方をする人の方が多いです、たぶん。
小学校英語は疑問 (madographos)
2008-02-19 00:36:58
私自身,幼稚園のときから英語を習わされていました。外国人の講師がいて,仲良く遊んではいましたが,英語の力は全くつきませんでした,というか,何をやらされているんだか,はっきりわかっていなかったのだと思います。中学に入ってから,発想の転換が必要で,余計わけがわからなくなり,英語が苦手になってしまいました。当人の資質にもよるのでしょうが,いろいろ聞いてみると,早期教育のおかげで英語が苦手になったという人,結構いるようですね。
発想の転換 (ほり(管理人))
2008-02-19 23:56:34
madographosさん、コメントをありがとうございます。

私は小学校の時、主語がIのときはamで、youになるとareになることがわからず、辛い思いをしていました。しかし、中学に入ったら、全く抵抗がありませんでした。

>早期教育のおかげで英語が苦手になったという人,結構いるようですね。

既に、二極化は起こっていて、中学校がヘッドスタートでなくなってるそうです。

人に因るんですよね。
教員の私が言うのも何ですが、語学は「才能」だと思います。(で、私にその才能はありません。)
「才能」のある人たちがよってたかって、自分たちが優位に立とうとしてるのかなぁと。
でも、「できない人間」がそういうことを言うと、「僻み」と思われるだけですね。
あ~あ。。。

Unknown (heisan)
2008-02-21 07:17:11
反論を覚悟の上で進言申し上げます。


> 私なんてね、はっきり言って、猛烈な、もの凄い努力をしたんだからね。

それは,努力の仕方が間違ってたんじゃないんですか?
Unknown (heisan)
2008-02-21 07:19:41
> 美しい日本語を読ませた方が余程良いと思います。

同意しますが,一方で,本屋に行くと,「英語熱と同じくらい“日本語熱”も高いよなぁ」って感じるのですが,いかが思われますでしょうか。
アタマが悪いんだからしょうがないじゃん (ほり(管理人))
2008-02-21 20:43:33
heisanさん、コメントをありがとうございます。

>努力の仕方が間違ってたんじゃないんですか?

だって、アタマが悪いんだからしょうがないでしょ!!
記憶力が悪いというのは、致命的ですよ。もう、とにかく、覚えるのが苦手なんだから。

また当時は、受験英語にしても今ほど体系化されておらず、羅列的な記憶中心でした。だから私には、余計に大変。
例えば、動名詞を取る動詞、to不定詞を取る動詞にしても、違いは全く書いてないし、先生も教えてくれない。でも、あまりに大変だから、しようがないから、じーーーっと見て、toの場合は、未来に向かってる感じ、まだやってないことが多いのかなぁ、ingの方は、やったこと、終わっちゃったことが多いなぁと思ったり。(今の参考書には、そういうことまでちゃんと書いてある。)
でも、限界がありました。限界ばっかり。

no more than, no less than, not more than, not less thanにしても、先生は「上から順に、しかも精々少なくとも、と覚えろ」と言って、終わり。だから、試験の時には、「順番を間違えないで思い出す」ののが大変でした。今の参考書には、違いが丁寧に書いてあります。
それから、今でも思い出すのが、lastの訳語。手元にまだ残ってる当時使っていた研究社の辞書には、「1続く;持続[存続]する、持ちこたえる:while our money ~sお金のある限り 2耐える、そこなわない、衰えない;持ちがよい、長持ちする:He will not ~much longer.彼はあとあまり長いことはあるまい。A camel can store enough water in its body to ~more than a week.らくだは体内に1週間以上もの水を貯えておくことができる。」とあって、moneyがlastするのと、waterがlastするのと、どうちがうんだ????と、実に悩みましたよ~。で、今の辞書は、ここのところ、ひじょーに明解な訳語が区別されている。それを見たとき、あれはなんだったんだよー、と思いましたが。まあ、長年の疑問は解けました。
今の辞書は、進化してますよ、ほんと。

単語集は、私が使ってたのは6000語で、これがまた大変。語源から推測するやり方も、まだ流行ってなかったし。でも、dではじまる単語にはイヤな意味のが多いなぁとかは思ったりしてたけど。conだと「一緒」って感じかな、とか。で、結局、覚えきれなかった。試験には何が出るか分からないから、絶えず、「覚え直し」をしないと「その時」にぱっと意味が出てこないし。「訳せ」だとやっぱり意味を覚えておいた方が良いし。で、単語の復習や構文の復習は欠かせなかった。おまけになかなか覚えられないくせにすぐに忘れる。綴りまでちゃんと正確に覚えてないと英作文だって書けない。それは困る。

あーーー、アタマが悪いって、ホント、大変。はぁ。。。

>「英語熱と同じくらい“日本語熱”も高いよなぁ」って感じるのですが,いかが思われますでしょうか。

結構なことではないですか。まあ、わざわざ新たにテキストを買わなくても、文庫で十分だと思いますが。

今不便なのは、実家にあった文学全集や古典文学大系等の全集物(ほとんど親の本)が手元にないことです。「ちょっと読みたい、調べたい」ときに不便なんですよね。

Unknown (heisan)
2008-02-21 21:51:23
> だって、アタマが悪いんだからしょうがないでしょ!!

アタマが悪いとは,ここでは
努力の仕方は間違っていないにもかかわらず,毎日猛烈に勉強しても大して成果が上がらない,
という状況のことを指すものだと思うので,ちょっと違うと思うのです。


> 記憶力が悪いというのは、致命的ですよ。

成果が上がらない原因は,記憶力だけに断定できるものではないと思います。
にもかかわらず,記憶力という単一の性能のみにその原因を見てしまうというのは,「記憶し“さえ”すれば良い」と無意識に思っていることの証左だと思うのですが。


> 結構なことではないですか。

私もそう思います。

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