考えるのが好きだった

徒然でなくても誰だっていろんなことを考える考える考える。だからそれを書きたい。

掃除とお勉強の共通点

2008年09月03日 | 教育
 掃除の仕方で勉強のレベルがわかる。勉強も掃除も同じである。掃除をするのも勉強も、「課題意識」を持たないと自分で出来るようにならない。部屋はきれいにならない。勉強は出来るようにならない。

 先生に言われて、ここを掃きなさい、ここを雑巾がけしなさい、と言われてやれば、確かにきれいになる。しかし、指示者がいなければ掃除ができないのでは、本当に掃除が出来たことにならない。
 勉強も同じである。自分は何をどのように出来るようになりたいのかは、部屋をどのようにきれいにしたいのかと同じである。

 単語を覚える、文法を勉強する、文章を読む、書く。全てが課題で、一人一人、出来が違う。自分が自分の「指示者」になれるような勉強方法を取れ。人から細かく具体的に言われて勉強をするようでは本物になれないだろう。

 「今の子は、細かく言わないとしない、できない」とよく言われるが、言えば言うほど、言うからかえって逆に出来なくなるということがある。
 「効率よく勉強させるためには、言ってやらないと時間ばかり掛かって成果が出ないから可哀想だ」とも言う。しかし、自分で勉強ができるようになることが、人生において「最も効率良い学習方法」を身に付けたことになるのではないか。

 成功は失敗なしでは決して達成できないものである。子供の頃は失敗をしても許される時期である。どんどん失敗すればいい。それで試行錯誤を繰り返して自ら学ぶ能力を育成していけばいい。ちょとした道標や方法だけ教えてやって、あとは自分で考えさせた方がいい。人から習ったことは広がりを持たないが、自分で学んだことはどんどん広がりを持っていくものだ。勉強の基本は、そこにある。で、その方がずっと楽しいものである。

 養老先生が面白いのは、道標を与えてくれるからである。そこから私は勝手に「妄想」を広げる。養老先生の脳味噌は、私の脳味噌のずっと先の方にある。届かないから面白いのである。私は、自由に広がっていくことが出来る。ブログに作文を書くのもその面白さからである。
 
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