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内田先生は教育者ではない

2010年02月03日 | 教育
今日の内田先生ブログ

>そんな暇があったら、その欠点だけらの人間にもどんな「いい点」があるかを考えた方がいい。
>これは私が30年にわたって教壇に立って、学生たちを教えてきて骨身にしみて学んだ経験則である。

>「集団の合意形成のために地道に努力すること」は「正しい目的地にたどりつくこと」よりも優先順位が高いと私は考えている。

 やっぱりね。

 人間の性向には、理科的な絶対的な態度を取る人と、社会科的な相対性、人間関係に軸足を置く人がいると思っているが(いっとき、よく記事にした。)、今日の内田先生ブログほど、この観点を如実に示したものはない。もちろん、内田先生は、後者である。この点、養老先生は、内田先生ほど軸足を社会科的な相対性に置いていない。

 それで、ちょっと興味深く思ったのは、「>これは私が30年にわたって教壇に立って、学生たちを教えてきて骨身にしみて学んだ経験則である。」である。
 う~ん。
 これは、彼が大学の先生として、あくまでも、学生の一人一人を個人として指導してきたのだなと言うことを意味するだろう。それで、私のような高校教員の感想とだいぶ異なろう。
 ついでにもう一つ言うと、それで、こっちの方が言いたいことだけれど、彼にしても、あるいは彼が所属する教育集団にしても、共に、たいした教育力を発揮しなかった、あるいは、内田先生が学生の変貌に気がつかなかった、かのいずれかである。
 まあ、要するに、彼は教育者ではないということだ。(内田先生、ごめんなさいね。)

 私の場合は、生徒を「生徒集団」として指導している。と、驚くべきことに、もちろん、私個人の力では決してないが、学校として指導する際、指導の目標や指導の仕方によって、生徒は、大きく変わるんですよ、はい。いい加減な奴だったのが、さほどいい加減でなくなる。鍛えられる、と言うことが起こる。えっ?と言うくらいに変わることだってある。
 でもさ、そのために「教育」があるのだから、当然である。
 逆に、悪くなるときだって、もちろん、ある。これ、ホント、実に面白いくらいに悪くなるよ。ただし、悪くなるケースは、通常はオモテにでないからわからないだけである。その中から、おそらく、その後の人生において苦難の道を歩み続けなければならない者も出てくる。
 公教育に従事し、「生徒集団」を対象とする身にとっては、そういう生徒個人の数は、なるべく少なくしたい。いくら「集団の合意形成」で人が幸せになろうと、公教育という観点でいうと、レミングの集団は、断崖から落っこちては困る、ということだ。

 この観点で言うと、内田先生は教育者ではない。
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3 コメント

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IP知られたくないんですが (ずっと愛読者)
2010-02-04 02:18:14
>私の場合は、生徒を「生徒集団」として指導している。と、驚くべきことに、もちろん、私個人の力では決してないが、学校として指導する際、指導の目標や指導の仕方によって、生徒は、大きく変わるんですよ、はい。いい加減な奴だったのが、さほどいい加減でなくなる。鍛えられる、と言うことが起こる。えっ?と言うくらいに変わることだってある

これ真実ですね。ほり先生は真の教育者です。これが判らない人たちが教師をやってくれるとほんと困るんです。何事も「自己責任」で片付けてしまうんですから。大人(教師)が本気で取り組めば生徒は本当に伸びるんですよね。
集団の意味 (ほり(管理人))
2010-02-05 00:17:23
ずっと愛読者さん、コメントをありがとうございます。

コメントをいただいても、IPはわからないです。安心してください。

生徒は教師集団によって大きく変化します。
彼らの判断は、「多数決は正しい」なので、一人の先生が注意したり叱ったりしても聞き入れませんが、多数の先生が指導すると、変わる。笑っちゃいたいくらいに変わりますよ。どっちの方向にも。
でも、こうした事実は、意外に知られていない。というか、気がつく人もあまりいない気がする。
だから、何かの良い成果も、悪い成果も、単独の教員の成果だと思ったり。
そんなわけないです。

自分勝手で、本能に忠実に行動できることを「自由」だという判断が多すぎますね。まあ、一般社会は、その価値観で動いているから、そう思う人が多いのかな。

Unknown (文月)
2010-02-16 17:26:19
ほりりん、こんにちは。
>彼らの判断は「多数決は正しい」なので~
多数決は、必ずしも正しいわけではない。正しくない場合もある。
ということを生徒たちに教える必要がありそうですね。

>多数の先生が指導すると~
多数の先生が、正しくなく、少数の先生が正しい場合もあるでしょう。
それも生徒たちに教える必要がありそうです。

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