老い烏

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尼寺の場(2)――信じないオフィーリア

2011-08-28 23:10:23 | ハムレット

    尼寺の場(2)――信じないオフィーリア

 

G・バーカーの言うように、彼らのやり取りは、最初は長い間会わなかった恋人の会話としてスタートする。ハムレットはオフィーリアの愛を疑ってはいないが、彼を無条件で信頼しない彼女を許せない。二人の恋人はぎこちなく挨拶をする。オフィーリアから不注意な言葉が出る。

    オフィーリア  思い出にいただいたもの、前まえからお返し申し上げようと思っておりました。今、ここでお受け取りください。

 と言われては、甘く抱いていた彼女への感傷、期待は雲散霧消する。「贈り物を返すだと?!私との過去を忘れよというのか?」。ハムレットが受け取りを拒否するのは当然だ。

   ハムレット   いや、受け取れぬ。何も与えた覚えはない

 大事にしていたハムレットからの愛の贈り物を、本人から送った覚えはない、と言われれば、オフィーリアも過去を否定されたと逆に傷つく。「あの心は嘘だったのですか?」。だから逆襲にでる。 

   オフィーリア  誇りを知る者には、下さった方が情なくおなりになれば、どんなに貴い贈り物も貧しいものになってしまいますもの

 ハムレットは怒る。お前が私を避けていたのではないか。私の手紙を返したのは一体どういうつもりだ。今度は私の与えた愛の記念を返そうというのか?お前は何も分からず、私を信頼せず、今も何かを私から隠しているのではないか?

   ハムレット  はっ、はあ!  お前は正直(honest)か? 

(ここでハムレットは陰謀を思い出す、とウイルソンは書く)。

  オフィーリア   えぇ?

この後に、女の美しさと貞淑は両立しないと、母妃の結婚を頭においてハムレットはいう。そして

  ハムレット   俺もかっては、お前を愛していた。

  オフィーリア  まことに私もそう信じて(believe)おりました

  ハムレット   おれのことなど信じては(believe not)いけなかったのだ。・・・・・・おれはお前を愛してなどいなかったのだ。

  オフィーリア  それなら私はたいへんな思い違い(the more deceived)をしておりました

       ハムレットは彼女の反応に絶望して叫ぶ。これまでオフィーリアをyouと呼んでいたのが thouを用いるようになる(とG.バーカーは註に記し、注意をうながしている)。

  ハムレット   尼寺へゆけ。罪びとを生み増やす必要がどこにある・・・・・・・・・我々はみな大悪党だ。男など誰も信じ(believe)ちゃいけない――尼寺に行くがいい・・・(唐突に)親父さんはどこにいる?

  オフィーリア  家に。(ハムレットはさらに激怒するが、怒りをこらえて)

  ハムレット   馬鹿なまねは家の中だけで沢山だ。じゃこれで失敬する

  ポローニアスは家の中でオフィーリアに説教していればよい。私の散歩道に娘を出して、贈り物を返させようという「馬鹿なまねは」沢山だというのだろう。

  この段階では、彼は陰謀を気にしてはいないと考えられる。では何故ハムレットは、このあと再び戻ってきたのだろう。舞台の外で(廊下から出てから)彼は、オフィーリアの態度から、彼女も王の「道具」に使われているのを確信する。

オフィーリアは彼の愛情を裏切り、クローディアスの手先となった、との疑惑が彼の怒りを頂点に導く(D.ウイルソンのト書き)。再登場したハムレットは彼女を罵倒する。一度退場したハムレットが再び戻ってきてからの激しい暴言は、オフィーリアが罠かも知れない、との猜疑心から発せられたと考えられる。

退場してから再び登場し、より激しい言葉を浴びせ掛けるのは、この後の「居間の場」で、母ガートル―ドに対しても繰り返される(D.ウイルソンのト書き)。

  ハムレット   どうしても結婚するというなら、持参金がわりにこの呪いをくれてやろう。・・・・・・・・どうしても結婚したいのなら、阿呆と結婚しろ。・・・行け!尼寺へ、今すぐに。

  さらに戻ってきて呪う(ウイルソン)。

  ハムレット   おかげで俺は気が狂ったのだ。もう結婚などいらぬ―――既にしている奴はしかたがない。一人を除いて、生かしておこう。他の者どもは今のままどおり身を守るのだ。さ、行け、尼寺へ

  ハムレットが母妃とオフィーリアを重ね合わせていたのは、今更いう必要もない。彼の憎悪はガートル―ドからオフィーリア、女性、ついには性行為から生殖への憎悪にまで一般化される、と「宇宙的」にまで拡大して、野島らの崇拝者たちは解釈する。こんなハムレットを誰が期待していようか?

必要なのはハムレットの多弁の中で、彼が彼女に何を求め、何が拒否され、そのため激怒したのを理解するにある。オフィーリアの言動への、直接的な愛憎の葛藤が示されねばならない。彼の愛情を裏切った(と思う)彼女への失望感と孤独感が、彼を狂気のような激昂に至らせたと考える。

何よりもここでは、彼のオフィーリアへの絶望感、そして孤独感を優先させるべきだ。残念ながら彼女は、王子の絶望感も孤独感も理解できず、ただ泣き崩れるだけである。

オフィーリアはハムレットを愛していた。ただ彼が求めた事、何があっても「信じる事」は出来なかった。「愛する」と「信じる」ことは別物だから。愛は内発的でしばしば盲目であるが、信じるためには盲目であってはならない。外部状況を正確に(あるいは直感的に)把握して初めて可能だ。オフィーリアは状況を客観的に見ることが出来なかった。また直感的に外部状況を越える真実、ハムレットの愛を信じることも出来なかった。

彼のオフィーリアに対する失望は、自己への失望から、より切実な母への憎悪となっていった。これが「居間の場」に爆発する。

    

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ハムレット オフィーリア ウイルソン 二人の恋人
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