徒然なるままに、異議申し立て

文学・政治・思想・哲学など、心に引っかかる事柄について思ったまま、感じたままを綴る

今こそ思うがままに(3)――マスコミ・ジャーナリズムの役割は?

2017-07-18 09:42:57 | 日記
 朝食時や昼食時,情報番組やワイド・ショーを見るのを習いにしている。決まった番組を見るというより、次々とチャンネルを換え、面白そうな話題を取り上げているものを見るようにしているのだが、安倍自公政権下で特定秘密保護法や安保法制(集団的自衛権行使容認を中心とした)などが次々と強行採決されるに連動して、テレビのコメンテーターやキャスターの言動が次第に「萎縮」してきたのではないか、と思えて仕方がない。
 巷間言われているように、放送法を盾にとった(つまり、政権批判を繰り返すような放送局には、放送の許可を取り消す)高市総務大臣の発言――安倍首相や菅官房長官ら官邸幹部の意向を受けての発言だと思われるが――が根っこにあってのことだと思うが、「骨太の=安倍政権に批判的な」キャスターやコメンテーターの降板に代わって登場した「政府広報」、あるいは「自民党擁護」としか思われない発言を繰り返すコメンテーターが各局を掛け持ちしている現状は、明らかに権力批判を本質とする「第4の権力」であるはずのマスコミ・ジャーナリズムの役割を忘れたものであり、結果的には国民を「バカにした」ものになってしまっているということである。
 各新聞の「首相動向」欄を見ると、歴代首相もそうであったが、安倍首相は連日のように財界人やマスコミ人・ジャーナリストと会食していて、いつ昭恵夫人の「家庭料理」を味わっているのか、これでは「仮面夫婦」になってしまっているのも仕方ないな、と余計な心配をしてしまうほどである。おそらく、それらの会食費は首相の「交際費」(税金)から出ているのだろうが、高級ホテルのレストラン(個室)や高級料理屋の食事をごちそうになっていれば、「安倍首相批判・安倍政権批判」の筆先が鈍るのは人情で、読売新聞・産経新聞が政府の「御用新聞」化し、ほかの大新聞も政権批判が「穏便」になるのは、道理である。
 僕が、この欄で安倍自公政権のことを「安倍自公「ファシズム」政権」という言い方をするのも、第二次世界大戦を引き起こしたドイツ・ナチ(ヒットラー)政権や治安維持法(現在の「共謀罪」と酷似)を強化して15年戦争(1931年の満州事変から1937年の日中戦争を経て1941年の太平洋戦争、そして敗戦まで)へと突き進んでいった日本の絶対主義天皇制下の軍国主義)と似ているからに他ならない。
 この時代、個人の「自由」が大幅に制限されたことが象徴するように、「個人=私」よりも「公=国家」が最優先され、それは安倍自公政権が目指す「改憲」(自民党草案)と同じものだからである。街頭インタビューなどでは、「共謀罪は、普通の個人である私には関係ない」といったような発言をする人たちが多くみられるが、金田(迷走)法務大臣が言明したように、「普通の市民」も共謀罪の対象になるのである。1925(大正14)年制定の治安維持法でも、成立時には「一般の国民は関係ない。取り締まり対象は共産主義者(社会主義者・無政府主義者)=反天皇制主義者に限定される」とされていたのに、時代を経るに連れ三木清のような「自由主義者」も獄につながれたことが象徴するように、あらゆる反体制的な人を取り締まる法律と化してしまったのである。僕らは、この「事実」をもう一度思い起こすべきである。
 そんな「歴史の一齣」を繙いただけで、マスコミ・ジャーナリズムの役割がいかに重要かがわかるはずである。
 >努々日々の監視(関心)を怠るべからず、である
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 今こそ思うがままに(2)――... | トップ | 今こそ思うがままに(4)――... »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。