八兵衛のセカンドライフ

46歳で脳幹出血し19年、今年65歳の男性。
果たして70歳までに悲願成就の歩行なるか?

脳幹出血した当日

2011年05月10日 13時51分20秒 | 脳幹出血
「ピーン、シューッ」
後頭部で細いガラス管が破れて、ガスが漏れるような音が聞えた。
その瞬間に立っていられなくなり、その場に倒れ込んでしまった。
平成10年1月14日の朝。
カーテンの隙間から雪が数cm積もっているのが見え、その日は大雪になった。

10秒20秒も経たないうちに、みるみる身体が動かなくなってきた。
まず右手右足が、全く動かなくなった。
生まれて初めての経験だったが、ひょっとしたらこれが脳卒中?
寮の隣室に助けを求めようにも、低くア~ウ~音しか発声できない。
え~? どうしよう。
明日は成人式の祝日だし、このまま死んで行くのかなぁと頭をよぎった。

倒れて30秒もたっただろうか。
倒れた目の前に、さっき会社へ年休連絡した電話器のコードが見えた。
まだ微かに動いた左手で、必死にコードを手繰り寄せて、
さっき連絡したばかりの会社へなんとかもう1度電話できた。
もう極々小さくしかア~ウ~音を発声できなかったが、
直前の電話で年休取得したばかりだったので、私の異変に直ぐ気が付き救急手配してくれたのだった。

倒れてから4,5分もたっただろうか、救急車のピーポーが聞えて、
駆けつけた救急隊員と寮母さんの気配がした。
しかしもう両手両足はピクとも動かず、古井戸に落ちたように視野が小さく狭くなり、
大きな声は微かに遠くに聞えるけど、ア~ウ~音も何も発声できなくなっていた。

単身赴任寮が板橋だったから帝京大学病院に搬送されたと思った。
ICUへ搬送される時、両側わきの下を氷袋で冷やされた事までは覚えている。
あとは意識が途切れてしまって、記憶がない。

八兵衛=45歳11ヶ月、単身赴任7年目のこと、病名=脳幹(橋)出血

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