恐怖症

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得意と好き 中退と卒業

2017年04月05日 | 日記
何も起きてないがまた書く



得意と好き


こんな言い方をすると嫌みったらしいが、小中学生の時はまあまあ優等生だった。明らかにガリ勉みたいなやつではなく、40人クラスで上から少なくとも10番までにはいる、そうでなくとも13, 14番くらいには座しているレベルの学力だった
この辺りはスマホのガチャで言えば、(N HN R HR URのレア度で)HR。かなり上々の人生だった


特に英語に開花し、テストではかなりの高得点、むしろそれが当たり前になっていた。しかし得意な英語が仇となり、ある部分で挫折した。今でも覚えてる、「to不定詞」だ。“I went to the park to play tennis.”(テニスをするために公園に行った。)とかの後ろの“to”だ。今となってはなぜ挫折したのか分からないが、しばらく理解できない日が続いていた
ただどうにかその状態を脱したが、後にまた同じことになる



高校時代はさっきのレア度で言えばNである。これは前の記事に書いた通りだ、「闇」であったと

ここから科目の得手不得手がはっきりしてくる
理科系は昔から苦手だったが、目もあてられない状況とまではなっていなかった。中学の社会系もそこまでではなかった
1年生の時は地理をやったが酷かった。2年の世界史は本気でやると誓った……しかし誓っただけでそれは惨状であった、過去最低の点数を取っていた。100点満点のテストで20点に届かない時もあった。もうこの時点でセンター試験に地理歴史は使っちゃダメだと気付かされた

……あとで思ったが恐らくカタカナの人名地名が覚えられなかったのだろう
(それが関係してるかは分からないが、中国の「遼東半島」を「リャオトン半島」などとするカナ表記が大嫌いなのだ。“Ryaoton”か“Ryaotong”みたいに見えるが、正解は“Liaodong”である。より正確に言えば“Liáodōng”と上げて高く発音するだが、「リアオ」とか「リャオ」とか表記ゆれのあるカナ表記をしなくていいだろうと思うのだが(以下省略…気になった人は……う~ん、最近読んだものの中では、中京大学の明木先生が出してる本なのでそれやwikipediaを参照されたし)



3年ともなると選択科目が増える。英語が得意だから英語を選んでいたが成長が見られなかった
英検も2級を持っているが、どうも成績が一定以上伸びない。むしろ平均レベル ―60, 70点台くらい― まで下がっていることもあった
そして分かった。英語が得意なのではなく好きなのである、と

つまり好きだからある程度、文法や単語を覚えるのが苦にならないため教科書の本文を丸暗記してるに近かったのである。……いや、このことは薄々思っていた。テストでもたまに本文の穴埋め問題を「あのページの下のほうに書いてあった文か…確か"of"が入ってたな」とかで解いてることもあった。教科書の本文というのは教科書らしい文に作られているのである。選択英語の教科書は応用の文章である、文章のレベルが高く途中で分からなくなるのである。もちろん得意だと思ってるので分からないと言っても、ちんぷんかんぷんのレベルではない
英検をギリギリで合格したのも同じ理由である。学校のテストは事前に文章を見ている。英検は過去問で対策するが当日の問題は当日しか見られない

最後の力を振り絞ったのはセンター試験だろう。当たり前だが初見の文章だ。これが前にも後にも最善の結果だった
これより先、大学の英語の成績も決して悪くはなかったが、ずっともやもや気持ちで取り組んでいた

その時は得意なはずなのになぜなぜなぜと恐怖…は言い過ぎかもしれないが、懐疑の念でいっぱいだった。今思えば「スランプ」という言葉で片付くだろう
「趣味を仕事にするな」と聞いたことがある。昔は意味が分からなかったが、時間が経って理解した。得意なもの・好きなもので挫折を味わったときのダメージは非常に大きい


大抵の人と同じく今は英語から離れてしまっている
中学・高校の先生がよくこう言っていた、「30分でいいから英語は毎日やりなさい」
まさしくその通りだと今は痛感できる。当時は夏休みとかの長期休業中ふれていなくても忘れることはなかった。大学の必修英語の単位を取ってからは英語には関与していない。というより正直に言えば高3あたりからやや苦痛に感じていたので解放感があった。その結果……忘れた。もちろん英語が嫌い・苦手という人よりかは覚えてる自信はあるが単語や熟語は相当飛んでしまっているのは事実である

「30分でいいから英語は毎日やりなさい」という言葉は真意であるということは伝えておく







中退と卒業


大学入ってから3年まではHNくらいである。少しよくなったかな…のレベルである
4年でおかしくなったのは前の記事参照。N以下である


実は知り合いに大学を中退した人がいる。知らせ自体は突然に聞かされたが疑問には思わなかった。必修科目の再々履修をしたり徐々に学校に来なくなったりという兆候があったからだ(ただ本当に中退するとは思っていなかったが)

その第一兆候があった時は当たり前のように引き留めた。真剣にこう言った、「何バカなこと言ってるんだ、学歴が中退になるんだから留年してでも卒業だけはしろ」と
しかし3年になって思い悩み自分も「中退」を考えた時に分かった。「その人の人生なんだから、助言はしても強制はしてはいけない」
自分も何回も何回も中退を考えた。この決断が1, 2年の時ならもっと思い悩まず下せたと思う。3年にもなると半分は過ぎているのだ、一年にかかるお金だって安い洗濯機なら買えるとかの金額ではない。それが十数台買える金額なのだから、そんなことしたら今までのお金が無駄になると日々葛藤していた

結果として、自分は卒業できた。わざと留年するか院に進んで先送りにしてしまうか悩んだが、これ以上お金をかけるくらいなら卒業だけはしてしまえという謎理論で卒業した。「卒業した」だけである。将来尚未定、漢文調に読めば、将来尚いまだ定まらず、である
Nより下である。暗黒の高校時代にもこんなになるとは思っていなかったし、高校から確実に右肩下がりの急転直下である


さて、いま何をすべきか……





ちなみに中退した人の将来は知らない。訊いたことはあるがはっきりと答えなかった、多分同じ状況だろう……自分もはっきりとしていないのだから深く追求はできないし、したくもない
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