高齢者が長い踏切を渡りきれず、犠牲になる事故がなくならない。理想は立体交差化を進めて長い踏切をなくすことだが、費用の壁は高い。進む高齢化にどう対応すればよいのか。現場を歩いて考えた。

 

 東京都足立区にある東武伊勢崎線の踏切。今年2月6日の夜、自転車を押していた女性(当時76)が、北千住駅を出発した急行列車にはねられて死亡した。

 踏切は長さ23メートル。普通、急行、快速など様々な列車が通るため、線路は5本ある。警視庁などの調べでは、女性が2本目にさしかかったころ、警報機が鳴り始めた。後ずさるように引き返し、1本目まで戻ったところではねられた。音が鳴り始めてから遮断機が下りるまで約20秒、その約20秒後に電車が通過した。

 今年3月、25歳の記者が実際に歩いてみると、18秒で渡りきった。

 だが、近くの羽室万里子さん(76)は32秒かかった。2~3年前から足腰が悪く、背中もやや丸い。踏切内は急ぎ足で進むようにしているが、向かいからの歩行者や自転車は、止まらないとよけられない。「危ないからできれば通りたくないけど、買い物に行くには一番近道なので」

 踏切は北千住駅から約800メートルの場所にあり、朝夕は登下校の子どもや通勤する人、昼間は買い物客が多い。1時間に40分以上閉まることがあるとして国土交通省が認定する「開かずの踏切」の一つで、東武鉄道によると、ラッシュ時は1時間に49分閉まったままになる。遮断機が上がってすぐ、再び警報音が鳴ることも珍しくない。

 近所の遠峰良輔さん(68)は、渡りきれずに遮断機をくぐって外に出る人をよく見かけるという。「若い人はいいかもしれないけど、年寄りには不親切」と不満を漏らす。(米田優人、多田晃子)

 

 ■高架・地下化、費用の壁

 国交省は、歩行者の速度を成人並みの時速5キロ(秒速約1・39メートル)と想定し、警報機の鳴り始めから遮断機が下りるまでの標準時間を15秒としている。だが国立長寿医療研究センターの鈴木隆雄所長によると、75歳女性の平均歩行速度は秒速1メートル。高齢者は急がないと、長さ15メートル以上の踏切は渡りきれない計算になる。

 また、鈴木所長は「認知機能が低下した高齢者は、警報が鳴り出しても前に進むべきか戻るべきか瞬時に判断できない。パニックになっているうちに事故に遭いかねない」と指摘する。

 現状には、同じ国の機関からも疑問が示されている。総務省近畿管区行政評価局大阪府内で長さ15メートル以上の踏切20カ所を調べたところ、4カ所で遮断機が下りるまでに電動車いすが渡りきれない可能性があった。同局は昨年10月、「高齢者や障害者に配慮していない」と国交省近畿運輸局などに指摘した。

 遮断機が下りるまでの時間を延ばす手もあるが、国交省鉄道局は「開かずの踏切がますます開かなくなり、渋滞が悪化する」と否定的。線路の高架化や地下化で踏切をなくすことを目指している。

 開かずの踏切を含めた全国の「危険な踏切」は2007年4月時点で1428カ所あった。そのうち13年3月までの6年間でなくなったのは130カ所だけ。土地の取得や建設に巨額の費用がかかるうえ、地権者との協議に時間がかかり、なかなか進まないという。

 JR東日本は、約7千カ所ある踏切の約4割に障害物検知装置を付けているが、対象は車だ。歩行者用は「動物やごみにも反応するため、導入予定はない」という。閉じ込めなどの事例には、約6割の踏切に設置した非常ボタンで対応する姿勢だ。ただ、列車の停止まで数百メートルかかることもあり、「押した後は中に入らないで」と呼びかける。(工藤隆治)

 

 ■臨時の歩道橋を

 鉄道事故に詳しい関西大の安部誠治教授(公益事業論)の話 都市部の踏切事故をなくすには、究極的には立体交差化が有効だ。少しずつ進んではいるが、一気に解消するのは難しい。立体交差化までのつなぎとして、臨時の歩道橋を造ったり、高齢者向けに簡易エレベーターを設置したりする対策が必要だ。

 

 ■周囲が見守って

 踏切事故の遺族でつくる「紡ぎの会」の加山圭子代表の話 高齢者や車いすの人が長い踏切を渡ろうとしている際は、周りの人が渡り終えるのを見届けたり、声をかけあって一緒に歩いたりしてもらえれば。そうすれば、万一、踏切内に取り残されそうになっても、すぐに非常ボタンを押したり、周囲に助けを求めたりでき、事故を防げるのではないか。

 

 ◆12年度は死者121人(キーワード

 <高齢者の踏切事故> 2012年度に起きた全国の踏切事故295件のうち、60歳以上の通行者が巻き込まれたのは48%にあたる142件。死者数は121人で、ここ十数年ほぼ横ばいの状態が続いている。

 

 ■高齢者が巻き込まれた主な踏切事故

 <2014年1月 長さ:10m>

 神奈川県座間市小田急線で杖をついた認知症の女性(84)が死亡

 <13年11月 長さ:9m>

 東京都世田谷区の東急大井町線で手押し車を押した女性(96)が死亡

 <13年10月 長さ:12m>

 横浜市緑区のJR横浜線で倒れた男性(74)を助けようとした女性(40)が死亡

 <13年8月 長さ:22m>

 横浜市鶴見区のJR横須賀・京浜東北線で杖をついた男性(88)が死亡

 <12年10月 長さ:9m>

 大阪府豊中市阪急宝塚線で酸素ボンベのカートを引いた女性(73)が死亡

 <05年8月 長さ:41m>

 横浜市鶴見区のJR東海道・横須賀・京浜東北線で腰の悪い女性(80)が死亡