もしかして自分は何かを表現できるのではないかと思えるようになった。

好きな作家や感銘を受けた書物に関する、大人の感想文を綴ったもの。文芸批評家の物まねがしたいのですが。

『実習生』5 ~ 軽侮 ~

2016-10-13 21:49:48 | 日記
 蓮見は開口一番こう切り出した。
「まず今日は最初に、3日間勤務してみて中学校の教員に対して感じたことを一人ずついってもらおうか」
 すると自信過剰気味な実習生の山門がさっそく挙手をする。
「はい、山門先生」
 蓮見は、またこいつかといった煩わしさを感じながら、発言を促した。
「私は思うんですが、教科書の指導内容が少し易しすぎる気がするんです。ゆとり教育なんていいますが、できる生徒にはさらに高いレベルの内容を教えるべきだと思うんですが」
 蓮見は朗らかな表情で応えた。
「ほう。内容が易しいか?でも、その内容だって理解できていない子どもがけっこういるんだよ。ところで今日の山門先生の授業で、生徒たちはどれくらい理解できていると考えてるかな?」
「はあ、8割以上の生徒は理解したと思っています」
「山門先生、それは違う。あなたは、自分が分かっているということと、生徒が分かっているということを混同しているようだ」
「はあ?」
「君は授業中にこんな質問をしたね。『みんな分かりました?』と。すると、クラスの多くの生徒が、はーい!と答えたね。でも、ほんとに分かっている生徒は半分にも満たないはずだ。」
「いえ、僕は多くの生徒が理解できたと確信しています。あの説明で生徒が分からないはずはないと…」
「うーん、君は授業中に黒板の前でしゃべってばかりいないで、机間巡視をすることだ。子どものノートを見たまえ。そうすれば、分かる」
(おそらく進学塾あたりでバイトでもしているのだろう、妙に自信過剰になっている。いかにも教員志望の学生らしい。あこがれだけでつとまる仕事ではないのだ、と蓮見は心の中で独りごちた)
 山門は少々うなだれた様子でそれ以上は何も言わなかった。校長に意見することの方が、リスクがあると考えたようだった。
 同じように、実習生坂口の保健体育の授業にも、蓮見は遠慮なく意見をぶつけた。授業に何の工夫がなくても体育の授業は子どもに人気がある、しかし楽しいばかりでは授業にはならない。安全配慮義務についての注意が薄い、等々校長としての教育に関する見識の深さを見せつけるような指摘を繰り返した。いわばショック療法である。この坂口という男はなかなかのイケメンである。それで女生徒たちからは結構人気があるようだ。そこで蓮見の厳しさのねらいは、生徒たちからちやほやされて喜んでいるような軟弱な態度に活を入れるためだった。
 さて、次はいよいよ神崎の番となった。穏やかだが、厳しい授業に対する校長からの厳しい指摘に、先ほどから顔を下に向けて聞いている彼女だった。
 「次に神崎先生、あなたの番だが。神崎先生の授業はとても感心した。よく授業のための教材研究をしましたね」
 不意に褒められたせいか、神崎は少し拍子抜けした感じだった。どんな厳しい指摘をされるのか、不安混じりに覚悟していたはずである。神崎は顔を上げて、蓮見の目を見て、少し照れるような表情をして見せた。しかし笑顔はなかった。
 「あれほどの授業ができるとは実習生としてはなかなかのもの。平家物語の世界を、絵画で示すということが生徒たちのイメージづくりに効果があったと私は思う」と、神崎早紀を褒め称えるようなことばを蓮見は述べて、彼女の表情を眺めた。
(ことさら彼女だけを褒めるというのもどうかと思ったが、やはり蓮見には彼女を特別扱いしたいという感情が溢れていた。)
しかしひょうじょうをながめるというより、蓮見は彼女の黒い上着の下に身に着けている白いシャツの胸元に目がいってしまっていた。
ボタンの間隔の具合なのか、胸元が必要以上に開いた状態だった。蓮見は思い出していた。あの17歳当時の、神崎早紀の豊満すぎる胸を…いや、その乳房は今、年齢とともに、さらに艶のある曲線を描いているのかもしれぬ。あの乳首が斜め上に反ったような、形のよいバストが、その中に内包されていることだろう。蓮見に欲情の種火が点ったようだった。
 「私は指導教員の先生の指示でやっただけで、自分で工夫したわけではありません」と神崎早紀があっけらかんとして答えた。彼女の胸元に意識の大半が奪われていた蓮見は慌てた。彼女が返答してくることを忘れて、彼女の乳房の妄想に、心を奪われていたのである。
 蓮見は少し狼狽して、その返答に不自然な間が生まれてしまった。
「うん、いやそれでもよくできた授業だったよ。君たちはまだ実習生なんだから。このようにお互いの授業のよさを出し合って、参考にして、自分のこれからの授業に生かすように努めて欲しいね」
 蓮見は、神埼早紀に対する指導中の自分の不覚を恥じる気になり、とっさに実習生3人が共有すべき一般化されたまとめを告げた。
「でも、校長先生。私はこの数日間でとても感銘を受けたことがあります」と、突然、神崎早紀がしゃべり始めた。
「ほう、どんなことですか?」
 蓮見は興味をそそられたふりをして、その理由を尋ねた。
「先生方がほんとに毎日真面目に働いていらっしゃることです。世間では今でも学校や教師に対する不信感は強いと思いますが、先生方はほんとに毎日頑張っていらっしゃる、ということです」
「そう感じてくれたのなら校長としても大変うれしい。よく“学校の常識は世間の非常識”などといわれ罵詈雑言を浴びせかけられることがありますが、それでも教員は子どもたちのために日々頑張っている。そんな姿を実習生のみなさんにも感じていただきたい」
 得意満面な表情を浮かべて蓮見がそういったときに、神崎早紀はふっと嘲笑したような笑みを浮かべ、こう言い放った。
「校長先生はどうなのですか?生徒たちのためにどのように頑張っていらっしゃるのですか?」
 実習生の素直な疑問から発したことばならそれなりの回答をするのだが、蓮見には神崎早紀のことばの裏に、質の悪い嫌みがあるような不愉快さを感じていた。教頭時代の蓮見の所業に対するあてつけではないのか。蓮見は表情をこわばらせた。そして淡々と答える。
「教員たちが頑張っているのも、私が年度当初に先生たちに示す学校経営要綱に基づいてのことだ。生徒に対して教員は直接指導を行うが、私は方針・計画づくりを通して、間接的に生徒の教育に携わっているということだ」
「なるほど、よく分かりました。ありがとうございました」とそっけなく神崎早紀は言った。さらに
「私は小学生や中学生の頃いつも思っていたんです。授業をやってるときに校長先生はいったい何をしてるんだろうって」と付け加えた。
 蓮見は、神崎早紀が学生ゆえの社会性や知恵のなさから、こんなことを素直に尋ねているのか、それともやはりかつての二人の関係に対する、私への軽侮が皮肉に変わったのか、峻別がつかなかった。
 また不自然な間が生まれたとき、このタイミングとばかりに、実習生の山門がいう。
「校長先生、ありがとうございました。授業の反省会がそれぞれ今からありますので。これで失礼します」
「そうだったね。それではまた頑張って」
 蓮見は冷静な態度で、今日の校長の講義の終わりを促した。
「ありがとうございました」
と三人が口調をそろえて言った。そして三人揃って出口の扉の方に移動していく。
 神崎早紀が立ち上がるときに、黒いスーツのスカートが太股の中央部まで捲れ上がっているのを、手早く直した仕草が目についた。どこまでも白い肌と形のよい脚。またも女子高生当時の神崎早紀の若すぎる肢体が、欲情をそそる痴態と変化して、再び蓮見の脳裏に浮かび上がった。
 実習生の三人が出て行った後、蓮見はゆっくりと目をつむり、神崎早紀とのセックスを鮮明に思い出そうとしている自分に気づいた。
 あろうことか、蓮見の下半身は、誰が見ても明らかなまでに、ズボンの中で怒濤の勢いを誇っていた。




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