中小零細ファミリー企業版 『長寿幸せ企業』の実践経営事典2017

『長寿幸せ企業』を目指す中小零細ファミリー企業経営者の社長就任から引退までの様々な迷いを解いてくれる「経営人生の参考書」

第4章『長寿幸せ企業』への取り組み(6)伊與田覺先生から学んだ「人間学」

2017年04月25日 08時44分13秒 | 第4章『長寿幸せ企業』への取り組み

第4章『長寿幸せ企業』への取り組み

(6)伊與田覺先生から学んだ「人間学」


 恥ずかしながら、私は60歳を超えて伊與田覺先生(注1)のセミナーを受講するまで「人間学」と「時務学」のほんとうの意味を知りませんでした。


 「本末」で言えば「本」は道徳を学び習慣にすること、つまり「徳性」を身につけることです。この「徳性」が欠けると、いくら「末」に当たる「知能(知恵)」や「技能」があっても、ほんとうの意味で世の中のために役立ちませんから、人々に支えれ永く続く経営者や企業にはなれません。


 「本」を「人間学」と呼び、「末」に当たるのを「時務学」と呼びます。知識や技術を学ぶことです。これがなければ行動実践しても「知能(知恵)」や「技能」には至りません。
 もちろん、「本」が良くて「末」が良くないということではありません。どちらも重要ですが、機織りをするときの「縦糸」と「横糸」の関係です。「経」は縦糸で「緯」は横糸のことです。縦糸がしっかりしていないとどんないい横糸をつかっても丈夫な布は織れません。
 事業も同じです。『長寿幸せ企業』として永く続く丈夫な企業であり続けるためには、経営者のみならず、『長寿幸せ企業』を目指す企業に関わるすべての人々が「時務学」だけではなく、「人間学」も学び続けなければなりません。

   
 ちなみに『新字源(注2)』で「経」を開いてみると、なりたちは「機(織り)に縦糸を張ったさま」とあります。意味は「たていと」のほかに「いつも変わらない道理」という意味も載っています。

 私が「再建の神様」と信奉する二宮尊徳や「日本資本主義の父」と言われている渋沢栄一も四書の大学や論語から人間学を学び、尊徳は「道徳を忘れた経済は犯罪だが、経済を忘れた道徳は寝言である」と「道徳経済一元論」を唱え、渋沢は「大学」の「富は屋を潤し、徳は身を潤す」を軸とした「論語と算盤」を著しています。

「道徳のない経済は悪であり、経済のない道徳も悪である」「道徳経済一元論」(二宮尊徳)

「論語と算盤」「両潤」富は屋を潤し、徳は身を潤す(渋沢栄一)

 

 近代なって、松下幸之助が
「『事業は人なり』と言われるが、これは全くその通りである。どんな経営でも適切な人を得てはじめて発展していくものである。いかに立派な歴史、伝統を持つ企業でも、その伝統を正しく受けついでいく人を得なければ、だんだんに衰微していってしまう。経営の組織とか手法とかももちろん大切であるが、それを生かすのはやはり人である。どんなに完備した組織をつくり、新しい手法を導入してみても、それを生かす人を得なければ、成果も上がらず、したがって企業の使命も果たしていくことができない。企業が社会に貢献しつつ、みずからも隆々と発展していけるかどうかは、一にかかって人にあるとも言える。(注3)」
と言い、石田梅岩の「石門心学」から続く商人道こそが日本の老舗企業、永続企業、の心柱になっています。

 

 倒産の危機を経験した経営者が望むのは、あの地獄の苦しみを二度と味わいたくないということです。そのために私の【経営再建プログラム】でやっていることはその作業そのものが難しいわけではなく、継続すること自体が難しいのです。
 習慣を変えることは難しいのですが、歯を磨く行為と同じで慣れればなんということはありません。【経営再建プログラム】でやってきた簡単なことを継続することが、危機的状態から正常企業→優良企業→無借金企業への最も重要なこととわかれば、誰でも続けることができるのです。

 

『長寿幸せ企業』の挑戦権を得るためには人間学と時務学を学ばなければなりません。

「勉めざる者の情に三あり。

曰く、吾が年老いたり。

曰く、吾が才鈍なり。

然らずんば即ち曰く、吾が才高し、学成れりと。」 (吉田松陰 山田右衛門への手紙(注4))

 学ばない人の言い訳には、
もう年をとりすぎているので遅すぎる。
才能がないから学んでも仕方がない。
学ばなくてもそんなことくらいは自分で出来る。

という意味ですが、よく耳にする言葉だなと思えば、経営危機に陥り、【経営再建プログラム】に取り組んでいる経営者が課題を期日までに提出出来ないときに口にする言葉です。


 【経営再建プログラム】での私のアドバイスは、特に能力が必要なのではなく、「習慣」になるまでは面倒くさい、やりたくないことばかりなのです。残念ながら、プログラム参加者の半数以上は脱落していきますが、これをクリアーされた企業だけが短期間で危機脱出し、正常企業→健全企業→優良企業→幸せ企業へと着実に歩めるのです。
 倒産の崖っぷち企業を5年余りで無借金優良企業に再生させたある俯瞰塾会員の経営者は
「勉強すればするほど、経営の難しさを痛感するが、ますます経営が楽しくなってくる」
とおっしゃられています。この経営者は、学び続けないとすぐにもとの木阿弥になることをよく理解されています。

 同じく同書で松蔭は「清狂に与ふる書」で孟子の言葉を引用しています。

「山径の蹊(こみち)、しばらく介然として之を用ひずんば而ち路を成す。

為間(しばら)く用ひずんば、則ち茅(かや)之を塞ぐ。」

 まさしく、『長寿幸せ企業』へ到る原理原則のひとつは、「人間学」と「時務学」を学び続け、当たり前のことを愚直に行動することです。

 

注1 いよたさとる 大正5年高知県に生まれる。学生時代から安岡正篤師に師事。論語普及会を設立し、学監として論語精神の昂揚に尽力する。著書に『「大学」を素読する』『己を修め人を治める道「大学」を味読する』など(致知出版社HPより抜粋)

注2 角川学芸出版 「角川新字源改訂版」 p772

注3 PHP総合研究所編 「松下幸之助【一日一話】仕事の知恵・人生の知恵」621p102

注4 出典:「松蔭の教え」 ハイブロー武蔵著(総合法令出版)

 

 次回は、第5章 健全企業の経営実学「人間学」の

(1)「人間学」と「時務学」(仮題)を予定しています。

 

 このブログ、「中小零細ファミリー企業版 『長寿幸せ企業』の実践経営事典2017」は井上経営研究所が毎週火曜日に発信しています。

 井上経営研究所(代表 井上雅司)は
2002年、「追いつめられた経営者の心がわかるコンサルタント」を旗じるしに、赤字や経営危機に陥った中小零細ファミリー企業を『経営再建プログラム』で再生させる「経営救急クリニック」事業を創業。さらに再生なった中小零細ファミリー企業を俯瞰塾などの実践経営塾と連動させて、正常企業から、健全企業、無借金優良企業にまで一気に生まれ変わらせる企業再生手法を確立。2010年、長寿永続健全企業をめざす中小ファミリー企業のための「『長寿幸せ企業』への道」事業を開始。


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一人で悩まないでください!

 「心の富」を無くさない限り必ず再起のチャンスがあります。  形のあるものを手放すことが再起への最短距離です。時間が掛かっても迷惑をかけた方々に対して道義的責任を果たせる近道なのです。  「倒産」は犯罪ではありません。  「倒産」という言葉の響きは実態とかけ離れすぎているのです。「倒産」という言葉は一人歩きしすぎています。一般の方は倒産の実態についてあまりに無知すぎるのです。自分自身の世界で倒産を空想しないで下さい。倒産は事業にとっての最後の権利なのです。もがき苦しんでいるあなたを救ってくれる最後の手段なのです。  もちろん私は「倒産」など薦めているわけでは決してありません。 私の仕事は医師と同じく経営危機に陥った会社の検診をし、適切な薬をお渡しし、時には手術を施して健康体にすることです。 しかし病気に末期症状があるように事業にも薬や手術ではどうにもならない状態があります。こうした状況になっても会社や財産を手放そうとしないことが再起へのチャンスさえも失わせることになるのです。  「捨てなければ得られない」 重荷を捨ててみてください。今までのことが嘘のように安寧な生活を得ることができます。貧しくても心の平和や充足感からこそ新しいエネルギーが沸いてくるのです。

井上経営研究所代表者のプロフィール

 井上 雅司(いのうえ まさじ) 1951年和歌山県生まれ。 早稲田大学教育学部卒業後日本航空開発株式会社を経てスーパーマケットを創業。20余年の経営の後倒産。自らの経験を踏まえ「倒産から学ぶ『経営実学』」を研究。自分と同じ体験をする人を一人でも少なくしたいの信念のもと「追いつめられた経営者の心がわかるコンサルタント」を目指して、2002年、「経営救急クリニック」井上経営研究所を設立。2002年、「追いつめられた経営者の心がわかるコンサルタント」を旗じるしに、赤字や経営危機に陥った中小零細ファミリー企業を『経営再建プログラム』で再生させる「経営救急クリニック」事業を創業。  さらに再生なった中小零細ファミリー企業を俯瞰塾などの実践経営塾と連動させて、正常企業から、健全企業、優良企業、無借金企業(超優良企業)そして、企業に関わる多くの人が幸せになれる「幸せ企業」にまで一気に生まれ変わらせる企業再生手法を確立。  2010年、永続幸せ企業をめざす中小零細ファミリー企業のための「『長寿幸せ企業』への道」事業を開始。

はじめに(2010/09/19・2016/10/4加筆)

 私の企業再生コンサルタント業は「後悔」からはじまりました。26歳で脱サラして創業した会社を48歳のときに倒産させてしまいました。  今でこそ大きな糧となっていますが、当時は「なんで人より何倍も勉強し、働いてきたのに自分の会社が倒産という結果になってしまったのか。」と毎日「忍辱」「辛酸」「後悔」の日々で「何が足りなかったのか?」と問い続けているうちに自然と企業再生コンサルタント業に踏み入りました。  「自分と同じ思いをする中小企業経営者を一人でもなくしたい」という思いで、自らの体験を「反面教師」としてスタートしました。  当初、倒産の危機にある会社を救い出すことが業務の中心でしたが、後にお話しする『経営再建プログラム』などを経て、倒産の淵から這い上がってこられた企業の中から「引き続き経営のアドバイスをしてもらいたい」というご要望があり、「俯瞰塾」という会を創り、フォローしていくことになりました。  設立当初は、優良会社や無借金経営を目指したわけではなかのですが、なぜかその中から高い確立で優良会社や実質無借金会社が生まれてきました。「俯瞰塾」会員に特別な指導をしたというわけではなく、【新規事業開発】以外は、それまで実行してきた、経営危機から脱出するための「経営再建プログラム」を継続実行してもらっただけでした。  倒産の危機を経験した経営者が望むのは、あの地獄の苦しみを二度と味わいたくないということです。そのためにプログラムでやっていることはその作業そのものが難しいわけではなく、継続すること自体が難しいのです。習慣を変えることは難しいのですが、歯を磨く行為と同じで慣れればなんということはありません。【経営再建プログラム】でやってきた簡単なことを継続することが、危機的状態から正常企業→優良企業→安心企業(無借金企業)への最も重要なこととわかれば、誰でも続けることができるのです。まさに「心が変われば、・・・」 です。  私のすべてのクライアント様は大変な経営危機を乗り越えてこられた方ばかりなので「二度とあの苦しさは味わいたくない」という方が多く、「大きな会社にしたい」というよりも「強い会社にしたい。優良会社にしたい。無借金会社にしたい。」ということを目標にされてきましたが、いざ夢までみた無借金会社になってもそれほどの達成感を感じないことがわかってきました。  クライアント様も私も「何か違う!これが求めてきたものか?」と言う感覚でした。  そんな新たな目標を模索している中で、2006年冬と2008年春に衝撃的な本に出会いました。「千年、働いてきました」(野村進著・角川書店)と「日本でいちばん大切にしたい会社」(坂本光司著・あさ出版)です。クライアント様にもお配りしたり、お勧めしたりして、会社のあり方についてお話をしてきました。  人間が生きていて一番うれしいことは他人のお役にたてること、必要とされることす。それならば、経営者にとって、他人のお役にたて、必要とされる会社を創り、継続していくことが最大の使命ではないでしょうか。売り上げを拡大していくことや最大の利益を上げること、利益を蓄積していくことはすべてその使命のための必要条件や手段にすぎません。  顧客、取引先はもちろんのこと従業員や経営者一族まで、小さな会社に関わっているすべての人が幸せになれ、そうあり続けられる会社、すなわち「幸せ会社」になり、「幸せ会社」であり続けること。これを達成できれば経営者は最高の幸せが得られるはずです。  わたしの使命はそのお手伝いを出来ることです。 その最大テーマが 「長寿で幸せ会社なるための中小零細企業経営の『原理原則』の研究」なのです。              このブログ「中小零細ファミリー企業版 『長寿幸せ企業』の実践経営事典2017」はそのためのラボ(研究室)のような存在です。

井上経営研究所とは

 井上経営研究所は中小零細企業の再生・再建から健全企業化、さらに『長寿幸せ企業』への道をお手伝いする経営コンサルタント事務所です。  ホームオフィスは、紀伊半島の最南端から少し北西(大阪寄り)に戻った 南高梅や紀州備長炭で有名な自然に恵まれた「みなべ町」という小さな町にあります。この町から日本全国にクライアント様を持ち、対応させていただいています。私、井上雅司がこの不便な田舎価値を起点にビジネスを展開している理由は、プロフィールをお読み頂ければお分かりいただけると思いますが、私が人生の危機に陥った時、全てを掛けて私を助けてくれた、年老いた両親がいるからです。  また、コンサルタント事務所といっても、総務以外は、すべてのサービス業務やプログラム診断業務はもちろん、経理も、このホームページ作成も、全て私一人で対応させていただいています。  というわけですので、無料相談といえどすべて私が直接責任をもって対応させていただいています。