旅とエッセイ 胡蝶の夢

亜細亜の旅日記、オリジナルエッセイ。投稿では万年佳作か特別賞。
まずはアンコール遺跡群

オマーンとイエメン

2015年08月29日 12時01分28秒 | エッセイ
オマーンとイエメン

 オマーン、イエメン、行ったことある人、手を上げて。おっ、今手を上げた人すごいな。サウジアラビアもそうだが、あまり観光で行くような国じゃあないもんな。イエメンの首都はサヌア、高原にある町だ。オマーンの首都はマスカットで、港はサルタン・カブース(またはミナカ・ブース)という。どちらも仕事で二十年以上前に行ったことがある。オマーンは1-2泊、イエメンは一週間弱いたが、どちらも一泊100ドルはする最高級ホテルに宿泊するビジネスの旅だ。自動車の部品を売る商売だが、オマーンは駄目(そもそも日本車が少ない。人も車も少ない。)で、イエメンでは直ぐにではないが、湾岸戦争でサウジに輸出出来なくなった時に、20フィートのコンテナ1本分の貴重な注文をくれた。イエメンではまた内戦が始まったね。自分が訪れた時は、内戦が終わって統一イエメンが出来ていたが、首都郊外の路上には戦車(ソ連製T54だろう。)の残骸が残っていた。
この国の男達は見るからにケンカ(戦争)が好きそうだ。社会主義だ、民主主義だ、イスラム原理主義だ、主義主張は武器弾薬を手に入れるための方便であって、本質的には部族間闘争なのではないかな。アフリカ諸国、ソマリアなんかはそうだよね。意識は戦国時代なのね。なにしろ平時でもイエメンの男達は、守り刀を胸にぶら下げライフルを肩に担いで街を歩いている。いいのかよ。最初見た時はたまげたぜ。またイエメンはシバの女王の国だと言われている。一説にはエチオピアだとも言うが。
中東には多様な民族が暮らしている。慣れてくるとアラブ人、イラク人、イエメン人と見分けがついてくる。あとインド、パキスタンからの移民労働者が多い。フィリピンからも男性は修理工、女性はお手伝いさんやホテルの従業員としてたくさん来ている。国によっては人口の半分以上が移民だったりする。インドはヒンズー教徒かシーク教徒、フィリピンはほとんどがカトリック教徒だ。アラブの富豪のイメージは強くて、確かに半端でない金持ちがクエート、UAE、サウジにはいるが、それはほんの一握りで産油国ではない中東の国は貧しい。神様も不公平なことをする。油田が国境線の内にあるかないかで、天と地の差が出てしまう。他に産業といっても元々遊牧と交易と略奪で暮らしてきた土地だからね。
話しは変わるが40年前のタイは、隣国で産油国のマレーシアに比較するとたいそう貧しかった。列車で国境を越えると、人々の服装や家屋で差が目についた。しかし現在のタイは目覚しい経済発展をして、マレーシアを国力で上回り、タイの通貨のバーツはマレーシアのリンギットよりもずっと強い。タイは人口が多くて国土が広く、農業が基幹産業として国の基盤を支えている上に工業化に成功した。平和が続き子供たちの教育に力を注いだのだろう。ところが中東では土地は広大だが、雨が降らないため一部のコーヒー栽培等を除いて、農業が成り立つ場所が限られ人口が少ない。サウジのような大きな国でも衣料品から歯ブラシのような日用品まで、ほとんど全てが輸入品である。メード・イン・サウジアラビアは石油と羊肉の他に何があるんだろう。
さてオマーン、わずか数日首都にいただけで何が分かるの?自分でもそう思うけれど、まあこの国の入門編、見たことを書くね。まずオマーン人、これがね、どんな人達なのかよく分からない。訪問した客(当時勤めていた外資系の兄弟支社、イギリス系)で会った連中は全員Yシャツを着たインド人だったんだ。オマーンの入国審査は厳しいもので、自分は空港でつかまった。違法な物を持っていたからなんだけど、何だと思う?それは子供のお土産として買ったディズニーの『ダンボ』のビデオテープだ。へっ?何でダンボが駄目なの?偶像崇拝?ダンボはガネーシャじゃあないよ。と言っても始まらず、別室に連れていかれ預かり証と引き換えに出国まで空港預けとなった。
あの時、お客さんに迎えに来てもらったのか、自分でタクシーに乗ってホテルまで行ったのかは忘れたが、街に近づくにつれ変な物が見えてきた。最初は丘の上に立つ数匹のヤギ、と言っても立派な内側に湾曲した角を持つ野性のヤギのリアルなオブジェだった。これはいいね。道は舗装されたしっかりしたものだが、通行する車がほとんどいない。ここは北朝鮮か。ヤギの次は人口の滝だった。車がカーブを曲がるとそれは突然現れた。視覚効果をよく考えている。横15m、高さ20m位のザバザバ流れる滝で、つたのような装飾を施されていた。まあ滝というよりは、壁噴水とでも言おうか。水量は半端なく、落ちた水はまたポンプで上へと持ち上げるらしい。しっかし何これ、今見ているのは運転手と自分だけじゃん。
街に入ると更に奇妙なオブジェが次々に現れた。例えば太った小男ほどもあるアラビア風の壺が宙に浮き、そこから水が出て下の大瓶に流れ込む様を形作った、原色ギトギトの作り物。素材は不明、その水は実際に流れている訳ではない。そんな奇怪な創作物が次々に現れ、まるで白昼夢を見ているようだ。うっ悪酔いしてきた。何しろ街には人が少ないので、つぶれたテーマパークだな、こりゃ。極めつけは街の中心にある広場で、一万人は集まれるようなスペースの一方に宙高くモニュメントが立ち、その前にはとてつもなく大きなモニターが置かれ、何故かサッカーの中継が流れている。広場には2-3人の子供がモニターを見るでもなく石段に腰掛けている。まあ表は日中40℃はあるから、用がなけりや出ないわな。
この広場には夜になって涼しくなってからも行ってみたが、相変わらず閑散としていた。観客のいない大広場ではモニターから流れるサッカー中継のアナウンサーの声が夜空に吸い込まれていた。この国の人は、サルタンがこんな訳の分からないものに金をつぎ込むのを、どう思っているんだろう。と思ったら近年、政権こそ変わらないが国民の民主化の声に押されて議会制に移行している。今行っても変な作り物なんて無いじゃん、と言われても困る。撤去されちゃったんじゃないかな。そんな気がする。さてオマーンはこれ位にして次、イエメンへ行こう。なおオマーンの南部では、フラミンゴの群生する湿潤な地方があるそうだ。
イエメン、一言で云ってアラビアンナイトの世界だね。首都のサヌアは近代的な街と、道を隔ててオールドタウン(旧市街)に分かれている。オールドタウン(街全体が世界遺産)を歩けば、旅人は数百年前に簡単にタイムスリップする。土で造った窓の少ない角ばった家屋が、丘の上に立ち並び、ひげをたくわえ頭にターバンを巻いた男達はみな、胸に湾曲した守り刀をぶら下げている。美しい鞘に納まった太い刀だ。弾丸帯を肩から斜にかけライフルを持つ男が歩いているが、表情はおだやかだ。これでハイラックス、ランドクルーザーがラクダに代われば完璧なのだが。誇り高い男達は、異国人の自分を見ても特別な興味は示さない。
皆、口の中で何かをクチャクチャ噛んでいる。ビンローか?違うな、葉っぱだぜ。これはカートという、見たところありふれた緑の小さな葉で、例えて言えば、ツバキの葉の色を薄くして柔らかくしたようなもの。小枝についたのを一枚づつむしって噛む。ひたすら噛んで、葉のエキスを飲む。その繰り返しだ。客の店でも午後からターバン男達が、車座になって広い部屋にオーナー以下二十人ほど座り込み、黙々とカートを噛む。ほっぺたの片方がカートのカスで膨れている。最後はたまったカートの残骸を吐き出して捨てる。全部は飲み込まない。ソマリアでは飲み込むようだが、ここでは吐き出す。自分も何度かこのカート宴会に加わったが、静かなものだ。
この青臭い葉っぱをいくら噛んでも何の変化も起きない。イエメンは当然イスラム国で酒は一滴も飲まず、タバコも意外と嫌われることがある。でも何が良くてカートなんだ。二回ほど参加して止めてしまったが、男共は仕事を放り出して何時間も席を立たない。カートも品質がピンからキリまであるそうだが、毎日あれだけ口にして体は大丈夫なのか。この国の男の平均寿命はかなり短い。ずっと後になり、高野秀行氏の『謎の独立国家 ソマリランド』を読んで始めて分かったのだが、カートは噛み続けて2時間3時間とたたないと効いてこないそうだ。効き始めると気持ちがpeacefulになり高揚してくるようだ。高野氏は止められなくなった。それじゃあ惜しいことをした。もっと粘ればよかった。
さてイエメン、この国の街は面白い。男は皆ひげを蓄え、頭にターバン、片足に胴体が入りそうなダボダボズボン。サイズが2つ違うだろ、というゆったりした上着、暑いのにチョッキを身につけている者が多い。そして刀にライフル、服装は完全に中世だ。女はあまり歩いていないが、黒ダボ服に包まれ、顔を覆っているので、若いのか婆さんなのかも分からない。アリババと40人の盗賊、という絵本があれば、アリババを除く40人の盗賊が、てんでんばらばら街を歩いているようなものだ。イエメン人は一般的に小柄な人が多いから、小粒の盗賊団だ。魔法のランプの大男は歩いていない。市場がまた楽しい。東南アジアでは主役の女どもがいなくて、売り手も買い手も男ばっかり。それにしても何でも安い。しっかりとした中国製の子供服が、三百円とか四百円で売っているので、子供達のお土産に数枚買ったが、帰国したらどれもサイズが小さくて着られなかった。まさか2週間の出張で子供がみるみる大きくなった訳でもあるまい。自分の頭の中の子供が実際より小さかったんだろう。
食事も安かった。街の食堂の中も男ばっかりで、羊肉のハーブ煮込みといったような物だが、たいしてうまくはない。男達はとても親切で、言葉の通じない異国人の自分に微笑みかけ紅茶をおごってくれた。マーケットはもっと良く見たら面白い売り物が色々とありそうだが、遊びに行っている訳ではないので、そんなに時間をかけられなかった。彼らはアラビアにいるのに、アラビア数字を知らない者が多く、米ドルは絵柄の顔で額を覚えている、という話を読んだ。
ただ2015年現在、イエメンは内戦が再発したようだから、大変危険なので行かないほうが良いよ。だけどインド洋に浮かぶソコトラ島には、世にも奇妙な木が生えている。引っくり返して木を土に埋め、根っこを上に突き出したように見える。他にもこりゃ地球じゃないな、というような奇抜な植物が生えている。一度インターネットで見てごらん。
イエメンは砂漠を3ヶ月かけて超え、エルサレムのソロモン王を訪ねたシバの女王の国。乳香やコーヒーの故郷。人々は三千年も前から、ラクダの隊商とダウ船によって、荷を東西に運び商う有名な商人の末裔。今でこそ石油が出ず貧しいが、古代では北方のアラブ諸族などは砂漠の盗賊団くらいにしか見ていなかった誇り高い人々なのだ。



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インカ帝国の皇帝

2015年08月19日 20時03分30秒 | エッセイ
インカ帝国の皇帝

 自分は中高一貫、私立の進学校で男子校の出身だ。面白くも何とも無い学生生活だったな。愛校精神はゼロに近い。ブレザーにネクタイ、周りの学校の不良共からすればカモネギで、カツアゲの絶好のターゲットだ。男子中学生、高校生なんて油虫みたいなものだ。
 何でこんな話しを始めたかというと、今、増田義郎氏著、中央公論社の『インカ帝国探検記』を読んでいるからだ。この本、予想した通り実に面白いのだが、これは歴史の時間に油虫共には決して教えられない。インカ帝国の創立者で初代皇帝マンx・カバックとか、最後の方の皇帝マxコの反乱とかを授業で話したら、収拾がつかなくなるのは目に見えている。全く君たちの頭の中にはそれしかないのか?Yes その通り、頭の中にはそれしかありません。
 社会科の時間、マジメがスーツを着たようなxx先生は、小柄なおじいちゃん(生徒から見ればの話しだ。)で東大出だそうだ。たぶん同級生には大臣や社長になった奴もいるだろう。このxx先生、学生の時には文学を目指していたらしく、何かの時にサークルの集まりで川端康成に会ったことがある、と言っていた。今思えば普通にそう、と思うがその時の生徒の中で、その話しを信じた奴は一人もいなかったと思う。どこから見てもさえないxx先生とノーベル賞作家に毛ほどのつながりが有ったことが、想像すら出来なかったのだ。大都会に住んでいるとはいえ、僕らの生活の舞台は本当に狭いものだった。
 さてこの先生、意外と人気があり、みんなは名前の方のリイxと呼び捨てにしていた。まあ動物の名で呼ばれるよりはいい。或る時リイxは、授業中に生徒が回覧を廻しているのを珍しく見つけ、そのメモを取り上げた。それはたまたま、先生の人気投票だった。これも偶然だが、そのメモの中でリイxが若い先生を抑えて、人気一位だったんだ。まあ上位にランクするとは予想出来るが、一位とは意外。まあリイxの上にも生徒にも媚びない態度が評価されたんじゃないかな。授業は詰まらなかったもんな。
 さてそのメモを見た時リイxはニコっとした。いい顔だ。あのうれしそうな笑顔は忘れられない。何か良いことをした気分だ。しかし本人もよほど意外だったことだろう。きっと晩飯の時に奥さんに見せているね。リイxの先生生活は定年まであと数年だっただろうが、あの瞬間報われたんじゃないかな。って何の話をしているんだ、俺は。そうだ、リイxは政治経済の授業をやっていたんだ。
 その時油虫軍団は、そろそろ来るぞ、来るぞ、もう直ぐだと待ち構えていた。さんざん気を持たせて、その時はついに来た。「この△△港では一日にX万個のコンテナを~」突如「ウワー」と湧き上がる歓声に、「な、な、何なんだ、君たちは」何が起こったのか、さっぱり分からないリイxが狼狽する様を見て、もう一度大歓声。ね、本当にバカでしょ。


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秋田美人

2015年08月19日 19時57分11秒 | エッセイ
秋田美人

 あのね、今までに訪れた国や都市、世界遺産の数々の一覧、海や川で採った獲物の一覧とかを、ひまに任せて書き出すのは良い。しかしこれまでに関わりのあった女性一覧とかは止めなさい。人との関わりでは、きっといやな事を思い出すから。
 十代、二十代の前半では女の子とどう付き合ったらよいのか分からなかった。くどく、の意味が、「ねえ、やらせて」または「な、一緒にHしよ」と迫る事だと知ったのはずっと後だった。もちろん女の子の方でも性に対しての好奇心、欲望が強くあることは分かっていたよ。或る時、図書館の本の棚に囲まれた通路で、中学1,2年の娘が制服を着て、美術年鑑の大きな本を両手で抱え込み、ミケランジェロの全裸のダビデ像を食い入るようにして見ていた。俺はたまたま本の隙間からその姿を見て、ホーと思ったもんだ。でも俺より体が小さく力も弱く、きれいな肌をした彼女たちが本当に男に抱かれたいと思っているのか、確信が持てなかった。ほらよくあるじゃん。頭の中は変態モードでも、実際には絶っ対にイヤ。特に好きな子に自分の欲望を見透かされてきらいになられるのが恐かった。そんなだから大してもてない。
大学は歴史専攻で女子が1/3ほどいた。気になる子は数人いたのだが、その頃の僕らは男も女も奥手で、いくつかの恋愛失恋はあったがなかなかクラスの中からカップルは生まれなかった。後輩の子や合コンで知り合った子、何人かとデートをした。ところが当時の俺は臆病で(頭の中はギンギンギラギラなんだが)ちっとも手を出さないから、一度始めてのデートが終わった時に相手の娘がシクシク泣き出し、「もっと楽しいものかと思っていたのに」と言われて慌てた。
 さてクラスの同級生に秋田から来ている子がいた。大人しくて目立たない子なので、男共の話題には上らないがよく見るとかなりの美人だ。俺は最初から気になっていた。いいなと思っていた。でも彼女は飲み会とかには参加しないので、話をすることもなかった。そんな或る日、授業の後で彼女が真っ直ぐに俺に近づいてきて話しかけてきたのでドギマギした。用件は今度の日曜日に引越しをするので、手伝ってもらえないか、ということだった。二つ返事でOKした。
友人を交えて2-3人で指定された時間に駅に行き、引越しの力仕事をした。大した作業ではなく数時間で終わり、五千円もらって悪いくらいだった。彼女は、本人とはうって変わって活発で外交的な、これまた美人のお姉さんと二人で暮らしていた。友人がよせばいいのにダンビールを開け、中身まで片付けようとし、中から下着らしきものが出てきて彼女が悲鳴を上げたのを、ヤア昨日のように思い出した。フフかわいい。友人のバカ。ところがこの出会いはそこから一歩も進まなかった。彼女俺に気があるんかな、と気になりつつもほとんど言葉を交わすこともなく卒業した。
 不況の中就職した宝石セールスの会社は、同期が男5人女15人くらいで男も女も学生のころとはずい分違う連中だった。今まで会ったこともない人達がたくさんいた。仕事は夜遅くまで忙しく、たちまち鍛えられたくましくなっていった。女性ともフランクに話せるようになり、下手ながらもゲームのような擬似恋愛に参加した。ある朝目が覚めたら、女の子の家に男女数人で転がり込んでゴロ寝をしていて、頭の真上をパンツからヌッと出たきれいな足がまたいでいくのが見え、瞬間ここは天国かと思ったものだ。
 出張で札幌、仙台、熊谷と一年の内半分以上は地方で働き、どこでも若い女性はいくらでもいた。たまに東京に帰ったら同期の女の子が話しかけてきて、「今度ご飯でも一緒に食べない?」と言って来た。地味で少々ヤボったく今まで全く意識したことの無い子だ。一瞬間を置いてしまい、「オー、今度帰ったら電話するからな。」対象外ではあっても女の子から好意をも当たれればうれしい。「ヤッター、うれしい、待ってるね。」彼女本当にうれしそうな声を出すから、俺も笑顔になり電話番号をもらって、その時は連絡する気でいたのよ。だけど当時は本当に忙しかった。たまに夜時間が出来たら皆でワっと飲みに行くのが定番。あのころいつどこで寝ていたのか分からない。会社の寮もあったしな。除夜の鐘は会社で聞いた。彼女との約束などは直ぐに忘れ去り一年二年、地方の祭事が終わって東京に戻り一息ついた時、「あっ、あの子は休み?」「先月辞めたのよ。」その時になってあの約束を思い出した。アーしまった。あの娘は毎晩遅く家に帰って、どんなにかお誘いの電話を待っていたことだろう。本当にゴメン、切ないなー。
 そのころ秋田に出張した。秋田では2-3泊しかしなかったが、早速そこのスタッフと男女混合で飲み会、全くあの頃は毎日が祭りだった。飲み会の後でフト思い出した。秋田に来るのは初めてだけど、大学で同期だったあの子どうしているかな。彼女の電話番号は名簿があるから知っていた。何年振りか、結婚していたら直ぐ切ればよい。エイ、酔いに任せて電話をかけると、何と一発で本人に繋がった。彼女覚えていたどころか、今から会いたい、直ぐにそちらへ行くと言う。
 聞けば電車で二時間位かかるというじゃないか。秋田は広い。もう電車はそろそろ無くなる時間だ。まあまあまたその内に電話をするから、今日は止めよ。自分から電話をしておきながら、妙に強い彼女に押され、結局要領を得ないままで電話を切った。携帯の無い時代だった。たぶん今日逢わなきゃそれっきり。彼女のカンは鋭い。本当にそれっきりだった。次の日急に東京に戻る用事が出来て、俺はまた電話するという口約束を守らなかった。忙しさを言い訳にして、女の本気から逃げてしまった。全くいい加減な男だ。
 何か悪いことを仕出かした訳ではないが、何もしなかった俺は後味が悪い。あの日会っていたら、その後の人生変わっていたかもね。彼女は真摯で勇敢だったが、俺は意気地なしだった。まあせめて少しでも学生の時に何かあったならね。余りにも彼女のことを知らなかった。
 アー、アー重くなっちゃった。やはり女はウェットだ。もっともスーパードライな女もいやだな。切れ味悪く、ここで終わります。

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また中国人に間違えられた

2015年08月17日 20時56分54秒 | エッセイ
また中国人に間違えられた

 以前旅先でよく中国人に間違えられた。それだけなら多くの日本人が海外で経験していることだろう。よくチーノとかジャッキー・チェンとか呼びかけられる、あれだ。だが自分は中国人から中国語で話しかけられる。台北行きの中華航空の機内ではCAから中国語で話しかけられ(別に逆ナンパされた訳ではなく、飯の注文とかそんなのだ。)我是日本人、と言うとハッとして「すみません。申し訳ありませんでした。」って日本語出来るんだ。別にそんなにあやまってもらうこともないけど。また中国人に化けられたってちょっとうれしかったし。
 中国人の仕事仲間からは、全くどう見ても中国人にしか見えない、という意見と、いや目がちょっと違う、という意見があった。だいたい日本人の顔は振幅が大き過ぎるんだ。はるばる来たぜエジプト、カイロの博物館の片隅に友人のマxオカさんが立っていた。「あれ、何でマxオカさんがここにいるの?頭に変な布巻いて腰巻一丁で、しかもヤリを持ってるじゃん。にしても日に焼けたねー。」ヌビア人衛兵の立像でした。
 南米で中華料理屋に入ると、無愛想な小娘が水の入ったコップをテーブルにドンと置き、△♉×α□と捲くし立てる。漢字を追ってメニューを指差すと、またx○z※∃♋。えっ今ファンって言ったから飯だよな。ご飯をつけるかって聞いたんだな、と見当をつけトュイyesと答える。小娘はちょっと首をかしげ、この田舎者には北京語(?)は良く通じないのね、まあいいわとテーブルを後にする。さてさて似たような経験はあちこちでしてきたが、悲しいかな、当方片言しかしゃべれない。中国人に中国語で、街で道を聞かれたって分かるはずはない。
 小説家の阿部譲二が若い頃、中国人に化けていたら、連れの女が朝急に悲鳴をあげたそうだ。顔を洗っていた安部譲二は何が起きたか???顔を洗う時日本人は手を動かすが、中国人は手に水を溜め顔の方を動かすそうだ。日本人だとばれてたたき出されたそうだ。何故中国人に化けたかは忘れた。確かに遠くから見ていても、頭をコックリコクコク日本人はやたらに相づちを打つ。レストランで中国人は大声でしゃべり、テーブルクロスも床もぐしょぐしょに汚す。香港辺りでは酒を注いでもらったり、料理を取ってもらったりした時、テーブルの上に手を置き中指だけを上げ、テーブルをトントンたたく。指で頭を下げているのを表現するそうだ。あまり上品とは言えないな。
 あと歩き方なんかでも違うな。日本人はガニ股が多い。遠くから後姿を見ただけで見つけられる。顔だけではなくて、体の動かし方やしぐさは子供の時から身についているものだから、なかなか抜けるものではない。まあスパイになる訳ではないのだから、真似する必要はないのだが。
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台湾の女性

2015年08月17日 20時53分43秒 | エッセイ
台湾の女性

 2016年早々の台湾総統選の候補は、与党国民党が洪秀柱、野党である民進党が蔡英文、共に女性党首が立候補している。どちらが勝っても女性が国のトップになることは間違いない。いかにもこの国らしい。今まで40数カ国を旅してその内過半は仕事で訪れたが、台湾ほど女性が社会で活躍している国は他に見たことがない。ごく限られた範囲ではあるが、欧米の会社でも台湾ほどに女性社長、役員の多いところはちょっと無いね。中国でも日本よりは女性の担当者、役職者はずっと多いが、とてもじゃないが台湾にはかなわない。中国では男性優位だ。中国共産党の幹部を見ても、女性はお飾りだという印象があるでしょう。
 台湾では女性が責任をもってバリバリ働いているので、他の国よりも1.5倍元気な気がする。台湾の男が軟弱なわけではなく、女がでしゃばりだという印象は全くない。強いて言えばこの国は恐妻家が多いが、これは台湾に限らず中華圏では共通している。中国人の太々(タイタイ、大奥様)は強いのだ。
 だいたい男は女の上司がきらいではない。女に叱られる方が、オッサンからよりずっとストレスが少ない。男の子は小さい時からお母さんに怒られている。母親がガミガミ言っても大丈夫。何があっても母は味方だ。親父から説教されたら気が重い。また女性に褒められおだてられた男は、時として実力以上の力を発揮する。もう一度褒められようとシャカリキに働く。ブタもおだてりゃ木に登る。本気になった男がいかにすごいかは、スポーツの世界を見ればよく分かる。もっとも女もすごいが。ただあくまでも、うまく叱り上手に褒めることが肝要。よく家庭に入った奥さんがやっちまうように、1から10まで過去の事を持ち出してグチグチ責めたら、逆効果もいいところだ。良い女性リーダーは賢く上手に叱り、うまくおだてる。男の操縦法を心得て慎重に振舞うから、部下が嬉々としてついて来る。但しそのすぐれた女性リーダーが自分の旦那さんや子供に対しては、その能力を発揮しないでダメ女房、イカン母親だったりするのは、世の中ではよくあることだが。
 以前、羽田空港で窓拭きのチームを見ていたことがある。清掃といっても窓拭きは若い連中が中心で、4~5人がチームとしてテキパキとした仕事をする。ジジババの床清掃とは違う。短い時間で作業を済ませないと、次の飛行機の乗客がどっと出てくる。あるチームのリーダーは若い女性だった。リーダー以外は体格のよい若い男たちだ。このリーダーの女性はどうも中国人らしく、日本語のアクセントが少々おかしい。小柄な彼女は、一人赤いつなぎを着て、周りのグレーのつなぎを着た大男たちにポンポンと指示を出す。遠くから見ていて男たちが嬉々として働き、彼女を盛りたてているのが動きで分かる。こりゃ仕事が楽しいだろうな。実に気持ちのよい仕事をするチームだった。
 近代、現代の日本の社会はちょっとひど過ぎるよね。江戸時代以前は女性の城主もいたし、平安時代は母系社会で、古代には邪馬台国の卑弥呼、沖縄の女性族長、女天皇もいたのにね。日本も普通の会社で、もっと女性に責任のある仕事を任せれば、今よりずっと元気な社会になるんじゃないかな。台湾を見ていてそう思う。

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