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尊厳のある死とは

2011年09月16日 | 本や音楽、講演などなど
在宅ケアセミナーに参加。

市内の在宅ケアに関わる方々が集うセミナー。
隔月の第三木曜日に開催。なので某会の例会とかぶるのです(スイマセン)
今日の隣席には部長、斜め前には会派長、横には県議という顔ぶれ。

本日の演題は「高齢者の終末期〜どうやって生きる事を支えるか〜」

重たいテーマだと思いますが、私もその分野に携わらせて頂き15年。ケアハウスなのでターミナルケア(終末ケア)はかなり限られますが、それでも利用者様の最期に向かい合う事はあります。

在宅施設でも積極的にターミナルをやる、というのは結構なハードルだと思います。
正直弊社でも対応しきれていない。

ただ「施設の気持ち一つだ」という発言にはそうだよなあ・・・と思いました。


「尊厳死=その人らしい最期」を迎える一つの分かれ目が経管栄養に踏み切るかどうか、というところがあるのではないでしょうか。

私も祖母を数年間介護しましたがALSで経管栄養、気管切開、尿道バルーン。
全身が硬直した寝たきりの状態。胃ろうからはミルク、痰の吸引、それは看護師だった母の決断でしたが、祖母が無くなって暫くしてから後悔めいた話をしていました。

そして「私には管は通してくれるな」とも。

その人、その家族、それぞれの死生観・価値観・思いがあるでしょうから、善し悪しを議論できる問題ではありません。

しかし経管栄養に踏み切るかどうか、という場面には、ドクターやケアワーカーはどのようなカンファレンスを行うのだろうか・・・と考えてしまいました。


以下資料より引用


高齢者にとって、私たちは人生最後に出会う人

”かけがえのない大切な命のケアを赤の他人に委ねる事は、この世の最大の試練の一つだと言えるかもしれない。病人は、神聖冒すべからざるものを犠牲にして、あなた方の技能や手順に身をゆだねる”

ウィリアム・オスラー




明日の会議でスタッフに呼び掛けてみようと思います。

貴方に会えて良かったと、と思われるような人になりなさい。
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4 コメント

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Unknown (弥咲)
2011-09-17 06:34:08
最後の言葉


貴方に会えて良かったと、と思われるような人になりなさい。

死んだ親父につねづねいわれていた言葉

みさきという男がいて良かったといわれる男になれ。

今の介護に携わる俺の人生に大きく影響を与えた言葉。

少し涙が出ました。

心に刻み込んでいこうと思いました。
Unknown (takatosi)
2011-09-17 08:47:55
弥咲>

コメント感謝(^^)
新しい環境で頑張ってる?

弥咲は勉強して資格もちゃんと取ってるし、着実にやってると思うよ。

周りの人たちをちょびっとづつ幸せにして下さい

単車の調子は?
俺のショベルは既に置物と化している(笑)
Unknown (弥咲)
2011-09-17 20:25:20
オルタネーター故障でさっき入院しました(TT)

VIBESまでには多分大丈夫かと・・・

だめでも行きますけどね
Unknown (takatosi)
2011-09-18 09:07:37
オルタ逝ったか

もうエボも立派な旧車だよね〜

バイブズ楽しんで!

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