大峰奥駈七十五靡の名称と道程 宮城信雅
十二 古屋宿(ふるやしゆく)
三本杉(さんぼんすぎ)とも云(いふ)と。これよりすこしく行(ゆ)きて水呑ノ金剛と云(い)ふあり、行仙(ぎやうせん)よりこヽまで水(みづ)なし、
この附近(ふきん)に、岩(いは)の塔(たう)、天倉(あまくら)、貝吹野等云(かいふきのとうい)ふ所(ところ)あり。
明治二十四年の本山入峯日誌(ほんざんにふぶにつし)には靡道(なびきみち)を全部通過(ぜんぶつうくわ)し、こヽより十津川村葛川(とつかはむらくずかは)
に出(い)でヽ一泊(はく)し更(さら)に、靡道(なびきみち)に登(のぼ)りて進(すヽ)みしと。



























































































































































